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中国スパイ機関熾烈な対日工作 社会党議員や労組幹部に金品

(産経新聞朝刊 2002年5月2日 ワシントン1日)

中国スパイ機関熾烈な対日工作 米機密文書戦後動乱期、歴史の裏側で暗躍

共産党通じ革命を画策 社会党議員や労組幹部に金品

前田徹

朝鮮戦争直後から日中国交正常化前後にかけて日本国内で暗躍した中国スパイについての米国防総省機密文書が米国立公文書館から見つかり、戦後日本を舞台に展開された米中の熾烈(しれつ)な情報戦の実態が明らかになった。

中国は当初、日本共産党を通じた日本革命を画策し、中ソ対立が深刻化すると今度は旧社会党や労働組合の親中派工作に力を注いだほか、朝鮮半島危機を招いた米軍のプエブロ号拿捕(だほ)事件では自民党有力者に働きかけて情報収集に躍起となった様子なども赤裸々に描かれている。

機密文書は公文書館にある第二次大戦戦犯関係文書に交じって保管されていた。ほとんどは第四四一分遣隊や第七〇四情報隊など在日米軍防諜(ぼうちょう)部隊が国防総省に報告する形になっており、

(1)朝鮮戦争直後の一九五三年から六〇年代前半
(2)六〇年代後半まで
(3)六七年前後から七三年ごろ−と時系列に分類されていた。

まず分類(1)の一群の報告書によると、中国は四九年十月の中華人民共和国建国直後から、中国帰りの旧日本軍帰還兵に元在日中国人の工作員をまぎれ込ませて潜入させた。初期段階ではソ連情報組織の影響を受けた「H2機関」が在日米軍基地の情報入手を図り、その後は中国共産党が指導する中国からの帰還者組織「一〇一機関」が主導権を握ったことが報告されている。

当時、中国スパイ機関は朝鮮戦争で銃火を交えた米軍の情報収集に重点を置く一方、日本共産党に対する指導強化にあたっており、米軍基地に日共党員を浸透させる工作や、五四年二月には「一〇一機関」が日共党員に渡す拳銃二千丁の密輸に失敗したとの情報が報告されている。

また、五六年九月ごろ、中国銀行香港支店に中国と北朝鮮が共有する工作資金の秘密口座があったことを示す報告書があり、北朝鮮が中国と共同で対日工作を展開していたことをうかがわせる文書も見つかった。

分類(1)の文書は総じて朝鮮戦争直後の動乱の雰囲気を色濃く伝え、

分類(2)には中国スパイ組織の内部抗争や路線対立の模様などが報告されている。それに続く

分類(3)の文書は、▽日米安保改定と佐藤栄作首相訪米(六七年十一月)▽米軍の情報収集船が北朝鮮に拿捕されたプエブロ号事件(六八年一月)▽日中国交回復(七二年九月)−など変動する東アジアの情勢と密接にからむ。

ジョンソン米大統領が六八年十月にベトナム戦北爆全面停止宣言をしたさい、中国は米国のアジアからの撤退を予感し、その関連情報を日本外務省経由で入手できなかったとして日本における中国スパイ網のトップが情報源の人物を叱責(しっせき)したり、佐藤首相の訪米目的を探るため外務省内部の人物から情報を入手したことも示唆されている。

とりわけ目を引くのはプエブロ号事件で米国と北朝鮮が交戦する危険がでたさい、日本が参戦する可能性を探るため中国スパイ網が当時の三木武夫外相から直接情報を得るよう自民党有力者に働きかけ、情報収集に全力をあげた様子を伝える米軍第七〇四情報隊の六八年二月の一連の報告書だ。

結局情報入手に失敗するが、その一週間後に国会で社会党議員が日本参戦に関する質問を佐藤首相に突きつけており、報告書は中国情報機関が社会党に働きかけた可能性をにおわせている。

このほか、日本の労働組合幹部が中国側の招待で訪中し、多額の宝石類を持ち帰り、それ以降は親中派になったとする報告や、社会党参院議員がダイヤの指輪を中国要人から贈られるなど金品攻勢が行われていたことを示唆する報告もあった。

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