Make your own free website on Tripod.com

解剖 チャイナスクール(2)

(産経新聞朝刊 2002/05/20)

【人事構造】「中国の評価」を重視

「中日関係を打開するには、鈴をつけた人がその鈴を解いてほしい」

昨年九月十五日、阿南惟茂駐中国大使は中国外交部の王毅次官に呼ばれ、こう告げられた。会談の目的は、小泉純一郎首相の靖国神社参拝で悪化した日中関係の打開。王次官の発言は「関係を悪化させた小泉首相本人が関係打開に努力してもらいたい」というものだった。

そのうえで、関係打開の条件として、首相訪中による(1)歴史認識の確認(2)翌年以降は靖国神社を参拝しないことの明言(3)盧溝橋の抗日戦争記念館訪問−を提示したという。

阿南大使は、一方的に突きつけられた形のその要求を、外務省を通じてそのまま首相官邸に伝えた。「条件受け入れが困難であることは承知しているが、関係打開には歩み寄りもやむをえない」というのが大使の意見だった。その結果、「歴史認識の確認」と「抗日戦争記念館訪問」を受け入れ小泉首相の訪中は十月に実現した。靖国参拝に関する条件については首相サイドの判断で受け入れを拒否したが、日本の譲歩を求めた阿南大使の態度は「中国との友好関係を最優先するチャイナスクール」の姿を浮き彫りにした。

こうした姿勢は、昨年四月の台湾前総統の李登輝氏の訪日問題ではさらにゆがんだ形で表れていた。李氏側からは訪日のためのビザ申請書類が交流協会台北事務所に提出されたが、外務省は「申請および受理はない」と事実を否定した。この見解は、中国との関係悪化を恐れた当時の槙田邦彦アジア大洋州局長−横井裕中国課長のラインによって作成され、「中国のためなら事実まで曲げるのか」(政府筋)と激しい批判を浴びた。

外務省内でさえ「中国へのすり寄り方は異常」との声が漏れるチャイナスクール。その体質の背景には「出世するには中国から評価されるしかない」(外務省OB)という閉鎖的な人事構造がある。

例えば、阿南大使の場合、昭和四十二年に入省後、中国などで勤務し、六十二年に中国課長、平成六年に駐中国公使、九年にアジア局長と、つねに対中外交に関与してきた。チャイナスクールの主流は、同様に中国と本省を行き来しながらポストを重ねる。

しかし、事務方トップの事務次官は、ほとんど英米スクールの条約局経験者が占め、チャイナスクールの幹部はこれまで就任したことがない。本省では池田維駐ブラジル大使が官房長を務めたのが最高ポストだ。このため「チャイナスクールはポストの目標をまず中国課長におき、中国と強固な関係を築いたうえで、アジア大洋州局長、最終的には駐中国大使を目指そうとする」(外務省OB)という。

平成以降の駐中国大使は橋本恕(元−四年)、国広道彦(四−七)、佐藤嘉恭(七−十)、谷野作太郎(十−十三)、阿南(十三−)の各氏。かならずしも中国語研修出身ではないが、佐藤氏を除けば中国課長やアジア局長の経験者だ。

外務省幹部の一人は「チャイナスクールがみな中国べったりというわけではないが、主要ポストを無難にこなして階段を登っていくために中国との対立を避けるようになる」と指摘する。チャイナスクールを中心とした「親中路線の培養システム」が、日本の対中外交には存在している。(外務省問題取材班)

Copyright(C)2002- 「日本専門」情報機関(日本の情報の収集と保存)