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日本人はお人よしすぎないか

(岩見隆夫のホームページ 毎日の視点)

余韻さめやらないものがある。こんな刺激的なW杯狂騒曲が地球上で奏でられていることを知っただけでも、大きな拾い物をした気分なのだ。

ところで、少人数の集まりの席だが、韓国チームが四強まで勝ち進んだ快挙を、共催国の日本人は素直に喜んだかどうかが議論になった。

「日本にもう少し勝ってほしかったから、かわりに韓国が頑張ってくれて、これは文句なく大声援を送ったんじゃないの。われわれ、お人よしだから」

「そうかもしれないが、そうでないようなところもある。正直言って、準決勝で韓国が敗れた時はほっとしたね。大きな声では言えないけど……」

「それは確かにあった。日韓の実力にそんな違いはないと思っていたから、成績で差があきすぎるのは釈然としない。隣国だけによけい対抗心というか、やっかみが強いのかもしれないな」

そんなやりとりだった。マスコミは日韓の連帯のすばらしさを連日アピールし続けたが、内実は必ずしも単純ではなかった。

韓国の有力紙『東亜日報』の金忠植東京支社長は、

〈アジアの赤い虎たち(韓国チーム)の気迫、渾身の奮闘に送る(日本人の)喝采。それは、ねたみと葛藤の感情、偏見と嫌悪の言葉が支配してきた玄界灘を埋めつつある。……いまこそ、共同開催で高まった両国の連帯意識を生かす方法を模索する時だ。両国ともにすっぽり空いたグラウンドがある。……〉(七月四日付『朝日新聞』)

と書き、W杯アジア版を開いたらどうかと呼びかけている。もろ手をあげて賛成だ。共同開催という画期的な試みによって日韓にはかつてない太い絆ができたのは確かだが、間断なく努力を続けないと、絆はすぐに細くなる。国民感情はいつも揺れているからだ。

また、国と国の関係は、時代にかかわりなく表と裏があり、油断すると人間関係以上に冷え込むのも早い。最近、ギクリとしたのは、W杯の優勝戦から二日後の七月二日付『毎日新聞』に載ったワシントン共同電の記事だ。

それによると、米民間シンクタンク〈国家安全保障公文書館〉が、一九七二年のニクソン米大統領による歴史的な訪中の準備のため、キッシンジャー大統領補佐官が七一年十月、周恩来中国首相と極秘に会談した時の記録を入手し発表したという。

親日的リーダーの意外な偏見と限界

この会談は十月二十二日、北京の人民大会堂で四時間に及び、約四分の一が日本問題に費やされた。サワリの部分は、

周「日本は第二次大戦の賠償も払わず、戦争から利益を得た。日本の経済拡大は軍事拡大につながる」

キ「日本を経済的に発展させたことを今は後悔している。日本は部族的な視野しかない」

周「ものの見方が狭く、日本はとても変わっている」

などといった内容だった。

約三十年も前の発言録だからといって、軽くみるわけにはいかない。二人とも割合、親日的なリーダーとみられていただけに、いささかの驚きがある。ことに、七十九歳のキッシンジャー博士は、いまでも日本の全国紙に定期的に論文を発表し、なじみが深いが、意外な日本観を持っていることがはじめてわかった。

二人とも日本の経済発展に不安を覚え、それが米中関係改善の一つの背景になったことをうかがわせるが、もっとも気になるのは、日本を、

「部族的な視野しかない……」

とやや軽蔑的にみている点だ。部族というのは通常、未開で原始的、特定の地域内に居住する小規模な集団のことで、日本人はそうした島国特有の内向きな狭い視野しか持ち合わせていない、とキ博士には映り、周首相も賛意を示していた。

そんな目でみられても仕方ない面があるとも思うのだが、〈部族的〉はちょっとひどい、偏見に流れているのではないかという不快感が一方にある。多分、米中の日本人観はいまもこれと大差ない、とみなければならない。

一つ思い起こすのは、宮沢喜一元首相が書いている(『戦後政治の証言』)キ博士の印象である。宮沢さんは七五年、外相を務めた時だが、訪米して当時、国務長官の博士とはじめて会う。二人とも論客だから、熱っぽい議論をしたが、宮沢さんが日本に帰ってからも書面でいくつかの質問をしてきた。たとえば、

〈日本は終身雇用制が多いが、いつまでも安心して会社にいられると思うと、だれも一生懸命に働かないのではないか。どうしてうまくいっているのか〉

とか、

〈企業の意思決定はトップの責任のはずだが、日本では下から順番に判を押していって決まる。それでは思い切ったことができないのではないか〉

と。それに対して宮沢さんは、

〈今日のような技術革新の時代では、企業はたえず従業員の技術教育にお金をかけなければならないが、金をかけたあげくに、よそに行かれたのではたまらない。だから、雇用が安定していることは企業、従業員の双方にとってメリットになる〉

〈大きな危険をともなう決断は、みんなが参画して責任を分担する形ではじめて可能になることがある〉

などと返書で解説したという。

このやりとり、〈部族的な視野〉発言から四年後のことで、いかにもその延長線らしい疑問である。宮沢さんの答えに博士が納得したかどうか疑わしい。

〈彼は思想家だから、自分でおかしいと思う行動様式で日本経済が成功していることが理解できない。しかし、事実は動かせないのだから、どこかで自分が間違っている、と考えて、納得できるまで聞きだそうとするところがある〉

と宮沢さんは十一年前の著書で好意的に書いている。しかし、キ博士は日本の経済発展を〈後悔している〉と考えていたことがわかってみると、ただ好意的にだけみるわけにはいかない。日本人はお人よしすぎるのではないか。

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