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「日中戦争知られざる真実」(黄文雄著 光文社刊)書評

(「日中戦争知られざる真実」(黄文雄著 光文社刊)書評)

永山英樹台湾研究フォーラム事務局長

支那事変が大東亜戦争と同様、我が国のアジア解放の戦ひだつたことが、国民の間で必ずしも明らかにされてゐないのはなぜか。

その理由として挙げられるのは、戦つた相手が同じ東洋の弱小民族だつたことだらう。つまり支那への同情心からくる一種の後ろめたさが、歴史を見る目を曇らせてゐるのだ。しかもこの同情心は支那が阿片戦争で敗北し、列強の侵略の餌食になつて以来のものだから、極めて根強い心理であり情緒である。

さてこの近代支那の亡国の惨状についてだが、そのやうな危機は既に阿片戦争以前の18世紀末に到来してゐたと言ふのが本書の強調するところだ。つまり乾隆帝末期以降、この国では内戦が絶え間なく発生し、最早収拾不能の状態になつてゐたのである。

マルクスが

「中国の内戦は列強の侵略によつて齎された」

と言つたのは単なる彼の勘違ひであり、亡国の責めを負ふべきは列強と言ふより、殺戮と略奪を好む支那の民族性であり文明だつたと言ふ訳だ。

さうした事実を明らかにした上で、本書は次のやうに「日中戦争」を巨視的に捉える。

19世紀、「強者(つはもの)志向」の時代精神に基づき、列強の対支進出が本格化した。その間支那では、依然として太平天国の乱、辛亥革命などが続き、つひに中華民国と言ふ多政府内戦時代に突入して、混乱の極致に達した。そこに進出したのが我が国だつた。

我が国はかの「時代精神」に従ひつつも、あくまで東亜の平和秩序の構築を希求した。しかしその優しい民族性が仇となり、かへつて支那の侮りを受け、瞬く間に排外運動(支那人が全国の統一に向けて用ひる常套手段)の標的とされた。

このやうな諸勢力の挑発に乗せられ、我が国はおどろおどろしい内戦の渦へと引きずり込まれて行つた。

かうした形で開始されたのが支那事変だつた。連戦連勝の我が軍は1年半ほどで主要地域を平定し、苦心惨憺して国家再建を指導して人々に平和の価値を知らしめた。

かくて150年に及んだ内戦を見事終結させたかに見えたものの、又しても待ち受けてゐたのが汪兆銘=日本、蒋介石=英米、毛沢東=ソ連による三つ巴の内戦だつた・・・。

各国が支那の「ブラックホール」に呑み込まれたのである。あの戦争が「泥沼」と言はれた所以だらう。

本書は言ふ、

「日本は加害者ではなく被害者だ」

「中国人を殺したのは中国人自身。それを停止させた日本に中国は感謝せよ」と。

日本国民の支那に対する伝統的な認識や潜在的な情緒を抜本的に改めさせ、従来見えにくかつた日本近代史の基本的側面を的確に浮かび上がらせる、稀有の歴史文明論である。

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