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軍拡中国の本質が見えない日本

(『月刊日本』8月号)

宮崎正弘(評論家)

闇の奥で増長するマフィア、軍閥、少数民族

激化する少数民族の独立運動

現象から中国を論ずることは、他の専門家に任せることにして、本稿で筆者は中国の「闇」に絞って論及してみたい。表題に掲げたマフィア、軍閥、少数民族は、いずれも幇(ぱん)と呼ばれる中国のパワー形成の中核要素である。

搶ャ平という睨みの効く「最高実力者」がいなくなるや、中国の権力構造は著しく安定を欠き始めた。同時に社会秩序が乱れ、治安も悪化の一途、とどまるところを知らない。

最高人民検察院は、九六年の刑事事件を前年比二七・三%増、八十二万五千人が起訴されたと報告している。なかでも殺人、爆破の凶悪犯が二十四万七千人、ここには「少数民族の反乱、政府転覆、国家分裂」などの「犯人」も含まれている。 中国では、チベット、内蒙古、そしてウイグルが少数民族問題の焦点である。

新疆ウイグル自治区が新中国の属国化したのは一九五五年のことで、四九年までに東トルキスタンという独立国だった。漢民族の大量流入によって、その後、人口千五百万人のうち四〇%が漢族となる。両民族のせめぎあいの戦争史の始まりである。長征時代の紅軍が、このイスラム圏で殲滅に近い大打撃を受け、以来この怨念を継いだ共産党はウイグル族への復讐を誓うようになったという説まである。

ウイグル族回教徒への苛酷な弾圧、拷問、処刑は十八世紀に侵略した清朝以来のもので、毛沢東の革命以後も、「帝国主義的版図」へのこだわりは変わっていない。ウイグル族の漢民族に対するすさまじい怨念は、その歴史的長さに比例している。 大半がイスラム教徒である新疆ウイグルの民は、教義上から社会主義を容易に受け付けない。これまでも地下で独立を志向する運動がくすぶり続けてきたが、ソ連崩壊、CIS独立という近年の変化とともにさらに活発化している。

とくに新疆ウイグル独立運動は日毎に暴力的になってきている。今年一月にも暴動は起きている。ウイグル族の強制捜査を開始した中国当局が、ウルムチ市で言動不審者を片っ端から逮捕し、拷問にかけた。「モスク(イスラム寺院)で祈祷中のウイグル女性が二人、射殺された」という噂に、大々的な抗議デモが組織され、暴動へとエスカレートした。当局の鎮圧部隊が血の弾圧をおこなったため、ウイグル族が銃、ナイフ、投石、こん棒などで応戦、ついに市街戦となった。

ウイグル当局は「テロ集団による計画的破壊行為」とし、死者は九人だけとした(新疆日報)が、四百人の遺体が一帯に散乱する大惨事だった。報復を恐れる漢族はパニックに陥り、脱出希望者が空港や駅に殺到。ダフ屋の切符は正規の価格の十倍にも跳ね上がった。当局は伊寧空港を閉鎖して緊急事態に臨んだ。

三十六万人のウイグル人が死亡?

西側のなかには、犠牲者の数はこんな程度ではない、とする報道がある。イギリスの『フォーリン・リポート』誌は、ウイグル暴動は「一万五千人のウイグル人がカラシニコフ銃や石器で武装して蜂起、二百人が殺され、数千人のウイグル人の若者が労改に送られた。一九四九年の占領以来七二年までに五百四十八件の暴動が記録され、すでに三十六万人が殺された」(同誌九七年二月二十八日)とした。

ウルムチ暴動では、デモに参加しただけで逮捕された。この日のウルムチ市は零下三十一度だった。催涙弾を打ち込み、逮捕した住民を倉庫や体育館に集めて冷水を浴びせたため、多数のウイグル人が凍死した。

新疆ウイグル自治区を統括する共産党書記は王楽泉である。王は爆破テロを「手段を選ばない独立運動」であるとし「略奪、反革命暴動および暗殺などのテロの背後に民族分裂主義者と違法な宗教活動者がいる」と断定、取り調べの強化を命じた。 この直後に、数台のバスが爆破されたこの事件は、時限爆弾を使用して、ウイグル族居住区内で起こっていることから、中国当局の謀略説がとりざたされた。

三月七日には、開催中の全人代に狙いを定め、天安門に近い北京市西単でバスの爆破事件があった。西単は七九年の「民主の壁」としても有名な繁華街。同地区のショッピングセンターの前で牡丹園行きの路線バスが突然火を噴き、三名が死亡したとされる。当局は直ちにこのテロルを新疆ウイグルの独立派の犯行と断定した。

弾圧強化へ「国防法」を採択

中共中央の反応は愚かなほどストレートだった。もっとも警備が厳しいはずの全人代開催期間中に爆破テロを起こされてはメンツにかかわるといわんばかりに、各軍区から増援部隊を急派した。そのうえで、中央軍事委員会は蘭州軍区と北京軍区に厳戒体制を敷くよう命じた。

三月十四日にはそそくさと「国防法」を採択している。国防法には対台湾侵攻への武力行使を合法としたほか、チベット、ウイグルなどが独立運動をおこなった際の武力行使の正当性をわざわざ謳った。

明るみに出ている反政府地下組織の代表格として「東トルキスタン民族革命統合戦線」がある。代表を務めるムフリシという人物によれば、現在ウイグルには二十七の地下軍事グループが存在し、バラバラだった各派に近年統合の動きが出てきた。カザフなど四カ国は、ウイグル族と同じトルコ民族で、しかもイスラム教徒である。差別され、弾圧され続けた中国人への怨念を燃やし、いつか必ず独立達成をと意気込む。

イスラム原理主義の過激派グループは穏健路線に飽き足りず、「祖国の花火」を結成した。圧制を逃れ、トルコのイスタンブールに集結した政治青年たちは「東トルキスタン連合中央」を組織、対西側マスコミへのスポークスマン役を務めている。かれらの主張は、十八歳未満のすべての青年政治犯の釈放と五万八千人に及ぶ不当拘束者の即時釈放。トルコ政府に対しても「イスタンブールに東トルキスタン領事館の開設許可を」と訴えている。いかにも唐突に立ち上がった印象があるかもしれないが、彼らがソ連解体後のイスラム各国の独立に鼓舞されたことは想像に難くない。

武器と資金の流入に焦る共産党

こうした運動に武器は欠かせない。ウイグルへの武器の流入に注目しておこう。

反イスラエルの原理主義過激派には世界中からカネと武器が集まっている。九一年にイスラム原理主義と政府軍の内乱が発生した旧ソビエトのタジキスタンでは、すでに十万人以上が死に、数万人がアフガニスタンへ難民化した。タジクの首都ドシャンベは、ベイルートやカブールのように瓦礫の山と化し六百万人の人口のうちなんと九十万人が難民。ここにアフガンの新政治情勢が加わる。

ソ連と対峙していたころ、アフガン・ゲリラはパキスタン経由でスティンガー・ミサイルやM16ライフルを大量に入手した。これらのなかから、すでに二百六十発ものスティンガー・ミサイルが行方不明になっている。この一部がイラン経由でヒズボラ(レバノンにいるイスラム原理主義過激派)にまで流れたとイスラエルの情報機関モサドは見ている。

冷戦崩壊以降、中国の指導層にとって中央アジア・イスラム圏対策は焦眉の急だった。中共中央はつねに危機感に脅かされていたのだ。李鵬と江沢民が二回ずつ、それぞれ二週間近くかけてカザフ、ウズベク、キリギス、トルクメニスタンへ出向いて旧共産党幹部の指導者たちに会い、経済支援と引き換えにイスラム過激派の封じ込めを頼んで廻った。

カザフスタンを訪問した李鵬は「地下組織がカザフ領内で反中国的な動きを展開するのは許さない」と、ナゼルバエフ大統領に表明させている。「国境保全協定」を締結した両国は、九三年五月に早速、鉄道を開通させた。それでも抵抗運動は止まない。マフィアが猖厥し、治安が悪化しているロシアおよびCIS当局にとって、ウイグルの地下組織摘発どころではないという深刻な事情も一因であろう。こうしたイスラムの連帯に加え、トルコ人の民族的紐帯さらにイスラム圏からの資金援助と武器援助が続けば、タジク→ウズベク→カザフ経由で大量の武器がウイグルの地下組織に流れ込むのも時間の問題となる。

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