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力の現実が支配する世界

(藤 誠志 2002年10月号)

藤 誠志

キッシンジャーの呪縛

産経新聞に、米中国交正常化三十年目に公開された中国の周恩来首相とキッシンジャー米大統領特別補佐官の極秘会談録が掲載された。この会談では、希代の戦略家といわれた周首相とキッシンジャー補佐官が米中関係回復の条件を探り合ったわけだが、わずか二十年前に朝鮮半島で死闘を繰り広げた両国が、ソ連という共通の敵を前に何が利益で何が障害かを本音で確認しあった会談のその詳細な内容に、私は圧倒され、世界はもとより東アジアにおける「力の現実」をまざまざと見せ付けられた。

この周・キッシンジャー会談は翌年にニクソン大統領訪中を控えた1971年10月に北京で行われた。米国は当時、中国と国交を正常化させたい理由として「対ソ戦略のため中国と手を組むことにした」とされていたが、本当は「ベトナム戦争の泥沼から脱するために中国との国交回復が不可欠だった」ことが今回の会談録で明らかになった。さらに、台湾問題についてはほとんど話し合われなかったとされていたのが、実際は会談の冒頭2時間以上が「台湾問題」で費やされ、キッシンジャー氏はあろうことか「台湾が中国と別の国として独立することを認めない」と明言するとともに、「いずれ中国と台湾が統合されることが望ましい」と述べ、「一つの中国原則」の主要部分を認めてしまったのである。これがのちのち米国の対中外交を束縛する「キッシンジャーの呪縛」となった。

戦後の歴史は核戦力を背景にした力のバランス

第二次世界大戦の末期から始まった冷戦は、1949年ソ連が核開発をするとともに厳しくなり、50年に北朝鮮軍の南進により始まった朝鮮での代理戦争の後、56年にハンガリー動乱が起こり、59年にはキューバ革命、61年にベルリンの壁が築かれ、62年1月ケネディ政権が誕生し、いわゆる「キューバ危機」をもって熱核戦争勃発の極に達した。62年10月、ケネディ大統領が「ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設中で、そのキューバにミサイル兵器を運ぶソ連の船舶に対して臨検措置をとる」と声明。ソ連が米国の要求を拒否。世界は熱核戦争による地球破滅の危機を初めて肌で感じ震撼した。刻々と近づくソ連船が米軍の海上封鎖線直前で針路を変更したため、この最悪の事態は回避された。この事件をきっかけに米ソ間で熱核戦争回避のための歩み寄りが進み、部分的核実験停止条約が結ばれホットラインが敷かれた。

一方、共産主義覇権争いと核技術の供与をめぐっての中ソの対立が激烈を極め矛盾を拡大させ、ついに64年に独自の核開発を成功させて自信を深めた中国は、69年春、ダマンスキー島の領有をめぐってソ連と武力衝突した。この中ソの対立がベトナム戦争にも影を落としてきたことをキッシンジャーは見逃さなかった。当時、米国は中国が後ろ盾となって延々と続き、もはや収拾の目途がつかなくなっていたベトナム戦争に手を焼き、撤退を画策していたのである。しかも、米国の敗北色をできる限り消し去りたいという思惑も強く働いていた。それで中国との極秘会談を取り決め、キッシンジャー氏が台湾問題を手土産に乗り込んだというわけであった。

米中関係の正常化により、ベトナムから中国が手を引き始めたことで、紛争は速やかに終わるかのように思えた。が、米中接近に焦りを感じたソ連の激烈な介在で当初の思惑は頓挫。75年まで戦争は泥沼化して続き、南ベトナム政府の崩壊と米国の敗退でようやく終結した。隣国にソ連寄りの統一ベトナム政権の出現を脅威に感じた中国と、台湾と引き換えに北ベトナムへの支援を控えた中国へのベトナムの怒りとで、78年には中国主導のポルポト率いる民主カンボジアにベトナムが武力侵入、79年2月になって今度は中国がベトナム北部国境へと侵入、中越戦争が始まり、カンボジアにベトナム支援のヘンサムリン政権の誕生となった。

こうした歴史的背景を見ても世界は遠交近攻し、絶えず力の論理に立脚し覇権争いをしていることが如実に分かる。そういった冷酷なまでの「力の現実」を世界に知らしめるこの極秘会談録を、日本の政治家や官僚にぜひとも一読してもらいたい。よって抜粋ではあるが、誌面が許す限り紹介しよう。

日本の経済発展を後悔し、厳しい対日観を示す両者 「危険な日本」

周恩来 現在の日本の経済発展を止めることは困難になっている。日本には第二次大戦の教訓から平和と中立の道を歩んでほしい。現状の資本競争の政策を続けるなら、早晩問題が生じる。経済発展が拡大すれば、自衛という名であろうと軍備拡張へとつながるだろう。

キッシンジャー これは米政府全体の見方ではないが、ホワイトハウスの代表的な見解だ。中国と日本を比較した場合、中国は伝統的に世界的な視野を持ち、日本は部族的な視野しか持っていない。

周 日本はものの見方が偏狭で、全く奇妙だ。島国の国民だ。英国も島国だが。

キ 日本と英国は違う。日本は自国の社会があまりに異質なので、社会を適合させ、国の本質を守ろうとする。日本は突然の大変化も可能で、三ヵ月で天皇崇拝から民主主義へと移行した。日本人は自己中心で他国に対する感受性に欠ける。日本の経済発展の方式は自身のためで、日本に対しては何の幻想も抱いていない。

首相が示した日本の中立化について意見を述べるが、歴史の中には、ニ種類の中立しかない。ベルギーのように他の国々に中立を保障された国(即ドイツに占領された)と、中立を宣言し独自の強力な軍隊で防衛するスイスとスウェーデンのような国だ。日本が独力で国防を行えば、軍備拡張で周辺諸国にとって脅威となるだろう。現状の日米関係は実際には日本を束縛しており、もし米国が日本を解き放す皮肉な政策をとれば日中の緊張を引き起こす。日本との関係を緊密にせずに自立を促して米国が日中双方と関係を結ぶのはあまりにも短絡的で、米中はいずれも犠牲となるだろう。

日本が太平洋にある米国の従順な身内だと考えるような米国人はお人よしだ。米国は対日基本政策として、核武装に反対し、自国防衛のための限定的な再武装を支持し、台湾や朝鮮半島への軍事的拡張に反対している。

周 日本の核武装を望まないというが、米国が日本に核の傘を与え、他国の脅威となっているのはどういうことか。

キ 核の傘は日本に対する核攻撃に備えたもので、米国が攻撃に出る日本のために核兵器を使うことは自国のために使うこと以上にありえない。しかし、実際には日本人は迅速に核兵器を製造する能力を持っている。

周 それは可能だろう。

「日本再軍備と日米安保」

周 日本の防衛力を制限することは可能と考えるか。

キ 日本のアジア支配を回避するために第二次大戦を米国が戦ったのに、ニ十五年後には日本を支援しているという見方は適当でない。もし、日本に強力な再軍備拡張計画があるならば、伝統的な米中関係が再びものをいうだろう。

周 日本人を平和と中立に向かわせることはなぜよくないのか。

キ 日本が平和政策を進めることは問題視していない。日本が中立を目指すことは、軍備増強の結果をもたらすと考えているのだ。

周 日本は米国のコントロールなくしては野蛮な国家だ。拡大する経済発展を制御できないのか。

キ 軍事的側面以外では完全に制御できない。核時代には国が他国を防衛するのは条約のためではなく、自国の利益が問われるためなのだ。

周 日本の軍国主義が復活するのは望ましくない。日本をここまで経済発展させたのは米国だ。

キ 日本の経済発展が現実にあるならば、米中は太平洋の両岸で何をすべきかを決めなければならない。米中は愚鈍な楽観主義者ではないはずだ。

周 日本の多くの人々が日本の米軍基地の撤退を要求している。どう考えているのか。

キ 日本人が駐留軍の撤退を望むならいつでも米軍は撤退する。首相はその日が来ることを喜ぶべきではないと思う。米国が日本を経済大国にしたことを今日後悔しているように、中国もいつの日かそのことを後悔する日が来るからだ。

「台湾問題」

キ 米国は日本が台湾に軍事拡張したり軍事的影響を与えることを支援せず、反対する。また、日本の台湾独立運動支援の企てを阻害する影響力が米国にある。中国は台湾問題を国内問題と位置づけていることは理解している。

周 台湾問題は第二次大戦後に浮上し、すでに解決済みの問題だ。しかし、朝鮮戦争が起きるや、台湾と台湾海峡は米国の保護下にあると大統領が宣言した。大統領は核兵器に言及し、現にそこにあった。(中略)はっきりさせたいのだが、米国は台湾がすでに返還され中国の一部になったとみなしているのか。中国人民はどのように台湾問題を解決すべきだと考えているのか。

キ 首相のようなはっきりした考えは示せない。中国は一つであり、台湾は中国の一部であるとの中国の一貫した政策には反対しない。

キッシンジャーの呪縛を一掃し、世界支配の確立に邁進する米国

極秘会談録の内容は両者が本音を語っているだけに日本に対する見方が辛辣である。ところで、なぜ米中国交正常化三十周年にあたり、このような極秘文書が公開されるに至ったのか。こちらのほうが私には興味深い。

ブッシュ大統領が今年の2月23日に1泊2日という超短期間で中国を訪問したが、その日は1972年2月23日にニクソン大統領が訪中してからちょうど三十周年の記念日にあたる。このブッシュ大統領訪中の前後、米国のマスコミは「ブッシュ政権は今回の訪中を機に、中国との関係を過去30年間の束縛から解放し、新しい米中関係を構築していく」のではないかと論じている。つまり、ブッシュ政権は、これまでの対中外交が「キッシンジャーの呪い」に束縛されていたことをこの機密文書の公開により明かにし、今度の訪中で「米国は中国との関係を大きく変える」というメッセージを発信したということだ。

確かに昨年の9月11日のテロ事件以来、ブッシュ政権は「米国を敵視する国はどこであってもテロ支援国家と見なし、軍事制裁をする」と言い続け、一極支配体制の確立に邁進している。キッシンジャー氏以来の米中関係は、中国と良好な関係を維持することにより、13億人という巨大な中国の消費市場と格安な労働市場から、米国が経済的な恩恵を受けることを目的としてきた。

しかし、9・11以降の米国は、アフガンでのハイテク精密兵器の実験で自信を付け、北朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と呼び、大量破壊兵器の一掃のためには核の先制使用も辞さないと言及し、中国が親米を維持しようが反米に転じようが、どちらにも対応し「中国が悪の枢軸に入りたいなら、いつでも空爆をお見舞いするぞ」といった傲岸不遜な言動が出てきた。これはクリントンによるポスト冷戦国家金融戦略に基づく米国による世界一極経済支配体制に続くブッシュの世界一極軍事支配体制の確立であり、父親の二の舞いを避けるブッシュの再選戦略でもある。

98年にクリントン前大統領が訪中した際に、「台湾の独立は認めず、中国と台湾は別々だという発想も認めず、台湾が国家として国際機関に加盟することも認めない」という3つのノーを発表したのとはえらい違いである。台湾に限っていえば、ブッシュ大統領が訪中した日、台湾独立派の闘士として知られる呂秀蓮副総統が「ブッシュはすばらしい、今後は台湾が一つの中国の原則に拘束される必要はなくなるだろう」と賞賛している。これで、半世紀以上に亘って実効支配している民主的国民国家台湾が、国際社会から承認されないといういびつな関係が解消され、台湾の独立に米国の支持が期待できる状況が整ったと言える。

しかし、台湾から離れて我が国「日本」を見れば、状況はなかなか厳しい。極秘文書で言っているキッシンジャー氏の「米国は自国の国益が損なわれるときのみ核を使うのだ」という発言を、我が日本人はどのようにこれを受け止めるべきなのだろうか。30年前の言葉といっても、現在のブッシュ政権がさほど異なる考えを持っているとは思えない。開示された極秘文書から力の論理が世界を支配している現実を感じ取って、自らの国は自らが守るという気概を取り返してほしいものだ。

最後に、前述したように、日本人にとって大事と思える情報をまったく報じない日本のマスコミの怠慢と、その弊害に苦言を呈するとともに、遅まきながらも開示された極秘文書を掲載した産経新聞に敬意を表したい。

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