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池田大作氏の「平和提言」に見る「論憲」論の危険な役割

(メーリングリスト[kenpo] Wed, 31 Jan 2001)

高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会)

池田提言とマスコミ各紙の評価

創価学会の池田大作名誉会長は一月二十六、二十七日の機関紙『聖教新聞』で「平和提言」を発表した。これを報ずる新聞各紙の見出しはまちまちで「論憲の必要性強調・九条改正には反対」(朝日)、「憲法見直し大切」(産経)、「憲法、適宜検討は当然」(読売)、「憲法9条 手をつけるべきではない」(毎日)、「池田名誉会長が憲法改正を容認」(東京)など、ほとんど正反対の評価がある。いずれの見出しが池田提言の真実を言いあてているのか、これだけではわからない。

「産経新聞」は創価学会や公明党の幹部にも取材したとして、次のように付け加えている。

「創価学会によると、池田氏が憲法改正について本格的な提言を行ったのはこれが初めて」「創価学会では、今回の池田氏の提言について『憲法改正論議の機が熟しつつあるとの判断から、学会のリーダーとして、考え方の軌道を示したもの』(幹部)としており、公明党も『党内ではさらに現実的な憲法論議の機運が醸成されるだろう』(幹部)としている」と。

この「池田提言」二日間にわたって「聖教新聞」に掲載された『第26回SGI(註・創価学会インタナショナル)の日記念提言・生命の世紀へ 大いなる潮流』と題するもので、紙面計五ページにわたる膨大なものである。直接に憲法問題に触れているのは、「憲法9条『平和主義』のグローバルな開花を」との中見出しによる部分で、分量的には「提言」全体の十分の一ほどを占めているものである。

その他の中見出しは「共生と内発の精神の力で人間のための新しき文明を」「『生命の排除』が招いた20世紀の悲劇」「社会の基盤突き崩す絆の分断」「時代の闇破る『つよる心』(自己規律の精神)」「『力の文明』転換する女性の世紀を」「国連こそ人類共闘の結集軸」などというものである。「提言」は独特の用語をちりばめた池田の宗教的世界観の展開である。

[言い古された提言の中身]

「提言」の憲法論を池田の展開にそって抜粋すれば、@同じく新憲法で出発したドイツが何度も憲法をかえているように、憲法に適宜検討を加えるのは当然だ。A社会の変化の中で生じてきた新しい環境問題や多様化する人権問題、情報化社会への対応、民意を直接問う国民投票制や首相公選制の導入など二十一世紀の民主主義の在り方に関わるテーマの存在から「論憲」は当然だ。Bそうであればこそ、長期的な展望や理念を欠いたまま短兵急に改正することや、国民的な合意を待たずに政治的意図で改憲するのはいましめよ。C平和主義は日本国憲法の根幹的意味を持ち、手をつけるべきではないという信念はいまも変わらない。D九条は国家主権をあえて制限しているが、その『半主権性』はそれを国連に委ねるという約束ごとの上に成立したものだ。国連による普遍的な安全保障と紛争予防措置の環境整備・確立を、二十一世紀にこそ実現すべく、日本がその主動的役割を果たせ、というものである。

これをより端的に言えば@論憲は必要で、テーマは環境問題、人権問題、情報化社会、国民投票制や首相公選制の問題だ、A平和主義のグローバルな開花に向け、九条の文言には手をつけないで、国際的には国連協力などを進める、それは「条文を改めなくても、それは可能である」というものである。

@は九七年に中山太郎らが改憲議連(憲法調査会設置推進議員連盟)設立した時に呼びかけた趣意書や、以来、中曽根康弘らが改憲の宣伝をしてきたものと瓜二つである。

Aは小沢一郎の「改憲論」とそっくりで、小沢が最近の土井・社民党党首との会談で「あまり違わない」と述べたのは、ほぼこの内容である。小沢はできるだけ九条に第三項を新設して「国連協力・国際貢献」を明記したほうがよいという意見ではあるが、池田のこれはそこまでしなくともおそらく「安保基本法」などの制定によって「可能である」ということであろう。 こうして見ると、鳴り物入りで打ち出された「池田提言」の内容自体はなんの新味もない、言い古された陳腐な改憲論であることが明らかである。

[池田の路線転換]

では、この陳腐な「提言」は何の意味もないものなのか。そうではない。

それは与党・公明党の支持母体で、最大規模の宗教団体・創価学会の最高指導者・池田大作の明白な憲法路線の転換の宣言の意味をもっているだけに重大なのである。

例えば池田はこれまで憲法について次のように述べていた。

「この憲法を特徴づけている基本的人権、主権在民、戦争放棄の中でも、戦争放棄は、まったく画期的な宣言といえよう。……日本国憲法の、もっとも重要なポイントは『平和』であり、平和憲法ということこそ、この憲法の最高に誇りうる栄冠である」(一九七〇年「私の人生観」)

「わが国の保守党は、……アメリカのその後の政策変更に追随して、軍備の復活をすすめ、平和憲法を、害虫がリンゴについたように空洞化してしまった。それでも飽きたらず、戦争放棄の規定を、非現実的な理想主義と嘲笑し『国を守る気概』などと唱えながら、憲法改悪をすら企んでいるようである。……今日、再軍備をすすめ、憲法の改定を主張する人びとは、戦争の体験を忘れた健忘症か、戦争で甘い汁を吸った『死の商人』の手代としか、私には考えられない。……少なくとも日本国民にとって、生命を脅かしてきた最大の敵は、外敵よりも、むしろ自国の為政者であったことは、歴史上明白なことではなかろうか」(同前)

「国防のためだから、国民の税金を軍備の拡張のために注ぐのは当然だという、政府・権力者の言い分はまやかしにすぎません。……政治権力の多くは、この『防衛』を口実にしてつくりあげた軍事力によって『侵略』を行い、他国民も自国民も、ともに苦難のどん底へと追い込んできたのですから」(一九七五年「二十一世紀への対話」)

「現行の日本国憲法を、いま現在改正をする必要があるかどうかという点に関しては、私は否定的に考えます。それは技術的・制度的な面から出されている改正の要請も、それほど急がねばならぬものとは考えられないことが第一の理由です。そして第二の理由は、改憲論が、技術的・制度的側面を超えて、憲法の掲げる基本原理までをも、根本からくつがえそうとしているからです。……今日のような政治状況のもとにあっては、われわれ国民は、あくまでも憲法擁護の姿勢を貫いて、少しでも邪悪な勢力の横暴を許すようなことがあってはならないでしょう」(一九七五年「人生問答」)

「防衛問題を考える場合、国家を防衛するのか、それとも国民を守るのか、それによって、問題のたて方は随分違ったものになると思います。国家を守ることと、国民を守ることとは必ずしも一致しません。というのは国家を動かしている存在が一握りの人びとである場合、国民のためという大義の名のもとに、実質はその人びとの利益を守ることが第一義になっていく危険性があるのです」(同前)

「戦後の保守政権の在り方をみると、随所に憲法の精神からの逸脱がみられる。とくに最近の『有事立法』をめぐっての議論などは、平和憲法そのものを形骸化させかねない危険な動向が察知され、厳重な警戒を怠ってはならないと思う」(一九七九年「二十一世紀への平和路線」)

「一部の人々が言うように、国際政治の現実に憲法を合わせるなどという改憲路線より、憲法の理念を現実の国際政治の中で積極的に生かす方途を求めるのが日本の使命でありましょう」(一九八六年「SGIの日・記念提言」)

長い引用になったが、過去の池田をして、現在の池田を批判させるためである。

[自公連合の精神的背骨]

まさに産経新聞がいうように、池田大作が憲法改正について本格的な提言を行ったのはこれが初めてである。問題はその政治的なタイミングである。

池田はすでに九九年一月に首相公選制を提唱し、憲法調査会設置のための国会法改定案の成立のための地慣らしに踏みだした。以降、創価学会は「九条をかえないのなら、改正の議論はかまわない」との態度を打ち出した。

公明党は昨年十一月の大会で「(憲法論議については五年をメドとした)衆参両院の憲法調査会での結果を踏まえて、次の五年で第一段階の結論をだす」と、「論憲論」から事実上の改憲論への踏み込みを確認した。「憲法調査会の結果を踏まえて」などと公平さをよそおっていうが、改憲派が圧倒的多数の調査会での永田町式議論がどのような結論に至るか、火を見るよりも明らかなことを承知で言っている。

昨年八月三日の衆議院憲法調査会では、公明党の赤松正雄は憲法問題についての同党の「将来にわたる護憲を明確にした昭和四十九年の見解」「最小必要限度の個別的自衛権は合憲とした昭和五十六年の見解」などの歴史的経過についてふれ、「いまは第三段階の論憲に至っている」と述べた。そして「論じて変えないのは論憲ではない」「最大の論点は安保問題であり、やっかいでもここから手をつけるべきだ」と、事実上の九条改憲の立場を明らかにした。

今回の「池田提言」がこれらの公明党の流れを促進するねらいをもっているのは明白であろう。それは公明党の与党の地位の確保による「現世利益」の確保のため、自公連立政権維持に向けた思想的バックボーンの提起である。

創価学会の自己本位の利害の追求をめざすこの道が、日本を危険な「戦争のできる国」「戦争をする国」へと進めていく道であることは、厳粛に確認しておかなくてはならない。

追記・なお週刊金曜日の1月19日号に拙稿「憲法論議一年間を検証『改憲調査会』化した憲法調査会」が掲載されています。

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