Make your own free website on Tripod.com

「改憲のバスに乗り遅れるな」という創価学会の醜態

(改憲派の動向レポート)

創価学会の池田大作名誉会長が、1月26日付『聖教新聞』に寄せた提言は、民主党まで慌ただしく改憲に傾斜する中で、夏の参院選を前にして、公明党が改憲に踏み込む兆しを明示した文書として注目に値する。

池田は、こう切り出す。「第二次大戦の反省に立って、同じく新憲法の下で再出発したドイツが今日まで何度も憲法に手を加えているように、時代や社会の変化に呼応して、一国の最高法規である憲法に、適宜検討を加えていくことは当然あって然るべきだと思います。/現憲法制定後、社会の変化の中で生じてきた、新しい環境問題や多様化する人権問題、情報化社会への対応、さらには民意を直接問う国民投票制や首相公選制の導入など21世紀の日本の民主主義のあり方にかかわる、いくつかのテーマも存在しています。これらの課題などを見据えながら、よりよい社会を実現するために憲法を見直すことは大切であり、その意味で私はいわゆる『論憲』は当然と考えます。」

ここに表出していることは、森政権を支える公党として、創価学会・公明党が〈論憲から改憲へ〉の流れに乗り遅れまいという、見え透いた底意である。一部の報道は「池田氏が憲法改正にまで踏み込んだ発言をするのは極めて異例。同会(創価学会)を支持母体とする公明党などの憲法改正論議に波紋が広がりそうだ」と伝えているが、提言の政治的な効果が、「波紋」のレベルに留まるはずはない。これは、たちの悪い改憲策動の一環である。

改憲への踏み込みの印象を和らげるため、池田は「何より、平和憲法の理念、精神性が風化してしまうことを危惧する」として、「ゆえに私は、その立場から第九条に関しては、手をつけるべきではないと従来から主張してきましたし、その信念は、今も変わりません」とのべている。しかし現在の論憲派が、現憲法の諸規定にあれが足りない、これが時代遅れとケチをつけながら、九条改憲を本命として狙っていることは周知のことである。「憲法の前文や第九条に盛り込まれた平和主義、国際協調主義の理念は、日本国憲法において根幹的な意味をもつことを忘れてはなりません」と池田が言うなら、森首相を首班とする政権と連立を組むこと自体が「根幹的」な矛盾なのだ。

提言の「《一国平和主義》の陥穽(かんせい)を超えて」という章で、池田は「国際社会の動向、他国の視線など関係なく、自分たちさえ安穏であればよいとするエゴイスティックな《一国平和主義》の行き方は、平和とは似て非なるものであって、全人類の平和的生存権を謳う憲法前文の精神とは、かけ離れたものであると言わざるを得ません」と説教している。

「一国平和主義」批判は、小沢一郎のオハコで、小沢は、それとセットで「国際貢献論」を喧伝したものだが、たとえば米国政府によるベトナム侵略戦争が続いていたとき、日本の民衆は、「自分たちさえ安穏であればよいとするエゴイスティックな《一国平和主義》」に陥っていたわけではない。「平和とは似て非なる」状況を維持・温存する自民党政治を支えているのは誰なのか、知らぬ者はいない。説教はいらない。連立の解消によって、まず居住まいを正し、反省を示せ。  

Copyright(C)2002- 「日本専門」情報機関(日本の情報の収集と保存)