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日蓮は排他的だったか

創価学会が路線変更をしたという記事である。もともと創価学会は、戦闘的折伏売りに信者数を伸ばしてきた団体である。その際、折伏をしない糞坊主と、接受路線の日蓮宗を批判していた。今に至って、創価学会が、折伏から接受へと路線変更したところで、他宗から冷ややかな目でしか見られないだろう。

(朝日新聞夕刊 平成14年8月12日)

「四箇格言」見直す 創価学会

排他的な人物と見られがちな日蓮(1222〜82)を、解釈しなおす動きがある。他宗を批判した「四箇格言」をとらえ直す創価学会、「折伏」をめぐる日蓮宗内部の論争。立教開宗750年にちなんで、二つの議論を紹介する。(菅原 伸郎)

創価学会の機関誌「大白蓮華」は3月号で、池田大作名誉会長と斎藤克司教学部長の対談を掲載し、「四箇格言」の読み直しを提唱している。

「四箇格言」とは、日蓮が他宗を「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」と批判した四句をいう。それぞれ順に、浄土宗、禅宗、真言宗、律宗を指しており、名指しされた側は、日蓮の排他性を示すものとして反発してきた。

2年前に発行された創価学会編『宗教哲学大辞典』は、念仏信仰について、

「来世に極楽浄土に生まれることを目指し、娑婆世界を穢土として嫌った」

とし、法華経を誹謗したことを理由に「無間地獄に堕ちる」と述べていた。

今回の対談では、各宗の態度が日蓮の時代と違うことを強調する。

池田氏は

「当時の念仏宗は権力と結託し、独善的で排他的だった」

としながらも、浄土教を「どんな疲れ病む衆生をも仏界の生命力で包み、絶対の安心感を与える」

とする。

「自力のみによる悟りの獲得と安住を説く」という「天魔」の禅は「自分の中に自分を変革する力のあることを信じ、それを実感していける」とされた。

「呪術による現世利益を説く護国宗教」の「亡国真言」も「現実の変革に勇気をもって邁進していける」存在となった。

日蓮か激しく他宗派を非難した背景には、新興教団を当時の有力教団が迫害した歴史的背景もある。斎藤氏は経緯をこう説明した。

「創価学会にも、似たような事情から他宗派を反撃した過去がある。しかし、今後は攻撃されないかぎりは協調していきたい。そのために組織内の意識改革を狙った試論です。時代の変化を無視して今の世に『四箇格言』をそのままにしておくことは、かえってこちらが独善的と批判されかねませんから」

いまのところ、伝統教団の反応は冷ややかだ。「政治的ポーズだろう。排他的体質は変わっていない」との声が強い。

折伏・摂受で論争 日蓮宗

山梨県の身延山久遠寺に総本山を置く日蓮宗内では、「日蓮の布教は摂受だったか、折伏だったか」との論争が起きている。

「摂受」は相手を摂取し、受け入れつつ説得する穏やかな教化法。「折伏」は相手を破折し、伏せしめる激しい布教手段をいう。

戦前の国家主義的な布教もあり、日蓮は戦闘的な折伏の人と見られがちだった。しかし、遺文「佐渡御書」には「摂受・折伏、時によるべし」とあり、今成元昭・立正大名誉教授は99年から「宗祖の本懐は摂受だった」という論文を発表してきた。国文学者の立場から原典を比較考証しての主張で、こう説明する。

「残された手紙類を読むと、日蓮自身は相手の話を実によく聞く方で、その上で説得をする摂受型だったようです。たしかに折伏の優位を説く文書もあるが、その多くは後年に偽造された疑いが濃いのです」

しかし、学者の間では反論も多い。昨年春に東京で開かれた宗門内の討論会では

「教えを堂々と主張すること自体が悪いのでない。他宗派との協調が必要な時代だからといって、教義を変えていいわけでもない」

との発言もあった。

もっとも、明治以降の日蓮宗は事実上、摂受路線に傾いており、他宗派との融和を図ってきた。今年は日蓮が故郷の千葉県天津小湊町にある清澄寺で立教開宗を宣言してから750年。「国家主義や排他性と決別するためにも議論を深めよう」という意見が宗門内の機関誌には載っていた。

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