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200ヶ寺寄進の裏で進んだ文化会館建設

「200ヶ寺寄進」は、池田大作の総講頭復帰に際して、掲げられた。この頃の創価学会は、創価大学開学に加えて、創価文化会館や聖教新聞新社屋の建設があり、経済的に逼迫していた。この財政建て直しを担うはずだった文化会館建設という特別財務は、池田専用の超豪華施設として国会で追求されそうになり、早々に廃止してしまった。

こうした逼迫した財政状況のなかで、財務部員制度の廃止と広布基金制度の創設が決まり、次いで「200ヶ寺寄進」という特別財務が復活したのである(名目にすることで、広布基金を集めやすくするということ)。

それでも建て前は別にあるが。「52年路線」と呼ばれる創価学会の謗法行為・教義逸脱に伴う正信覚醒運動が正信会問題に発展し、ついに200名近い正宗僧侶がひん斥処分となって日蓮正宗から追い出されたため、日蓮正宗の寺院が一挙に減少してしまったところにある。このような状況を招いた創価学会が、お詫びの意味を込めて、200ヶ寺寄進を申し出たというのがそれだ。

1寺=1億円の予算

創価学会は、平成2年までに356ヶ寺の寄進した。池田大作の三代会長就任以降は、320ヶ寺である。このうち3分の1にあたる111ヶ寺は、昭和59年から10年計画で進められた「200ヶ寺寄進」によるものだ。

しかし、この「200ヶ寺寄進」は、1ヶ寺につき予算は1億円に過ぎない(土地取得費を含む)。1年に20ヶ寺寄進するとしても、学会の総予算に比べわずか20億円に過ぎないのだ(同時に進められた会館建設は、途方もない金額が注ぎ込まれている)。

1億円の予算で、土地も取得し、寺院も建てるのだから、建物は粗末だ。経費を削減するために、建物の図案・間取りは、全国一律に3パターンしかない。取得した土地の形状に応じて、その3パターンの中から選び、促成に建てるのである。

本堂は40畳程で、信徒控え室が8畳二間。僧侶控え室が8畳一間に、塔婆室が6畳一間。受付事務室が3畳程の広さ。庫裏は、6畳程のキッチンと和室6畳一間のみ。この間取りの組み合わせが3パターンあるということだ。

それでも日蓮正宗は、寄進を受ける側だったので、何一つ創価学会には文句を言ってこなかったのである。平成元年6月に池田大作が日顕上人と会談した際に、東京・立川寺院の進捗遅延についての話があったのが、最初なのだ。

だから「御供養を搾取している」「真心を蔑ろにしている」(「日顕宗・悪僧列伝」第三文明社)というのは、全くためにするプロパガンダだといわざるをえない。しかも1ヶ寺1億円だから、都会には建立することができず、明らかに会員や信徒が少なく寺院経営も満足にできないであろうと思われる地方の田舎に作り続け、形の上で「200ヶ寺寄進」の事実を積み重ねただけのものだ。

むしろ「200ヶ寺寄進」は、ハワイレポートを考えれば、1ヶ寺1億円によって日蓮正宗の財力を削ぎ、創価学会の財力を蓄える名目に過ぎなかったと言えるだろう。

なお日蓮正宗は、創価学会を破門してからも、寺院を次々と建立している。海外の場合、平成3年の破門前は米国に6ヶ寺、ブラジルに1ヶ寺しかなかったが、破門以降12ヶ国に20の寺院または布教所を宗門は建立している。

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