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観察・親鸞会(後編)

(よちき)

● 創価学会との論争

親鸞会の資料・年表によると、昭和37年に創価学会との法論が行われたらしい。そして親鸞会は「創価学会を粉砕」したそうである。

法論の過程は、いまだ確たる資料をそろえてはいないが、高森氏の「インチキと暴力の邪教創価学会の正体」という著書が原因となって、大阪大学の学生部と親鸞会との間で法論が行われたようである。

現在、大阪大学に法論の模様が収められた小冊子があるという話があり、資料を探索中であるが、小冊子を読んだ元関西学生部幹部の方の証言では、「どちらにも利あらず、単に平行線をたどっている」内容であるようだ。

これ以上、伝聞で憶測の文章を書くことは建設的ではないため、昭和37年の論争の模様は次稿を期し、この章では、現在入手できる親鸞会の資料の中から、創価学会対策と思われる部分を検討していきたい。

親鸞会の主張は、親鸞会会員のサイト「創価学会・その捏造の歴史」、学階試験で紹介した「仏教学A」のテキストより引用する。

●親鸞会10の論点

親鸞会と接触する機会があれば誰もが気付くことだが、暗記教学の影響か、親鸞会会員は異口同音に同じことを言ってくる。

そのため相手の論点さえわかってしまえば、対話をするにあたっても何も恐い事はない。典型的な親鸞会の論難を紹介し、それに対する簡単な反論をしてみたいと思う。

なお、私の個人的な教学レベルからの反論であるため、不備も多いと思われる。

親鸞会の論点をつかんで各自研鑚することをお勧めしたい。

1.『「末法に入りぬれば、余経も法華経も詮無し」

これは弘安元年に日蓮自身の手によって手紙の中に認められた文章の一節で、仏教(一切経)を全否定した内容のものである。』

典型的な切り文の見本である。

親鸞会の教学の特徴は先にも述べたように暗記教学。発展性がない。テキストに掲載されている部文しか知らないのであろう。

この文章は「創価学会・その捏造の歴史」(以下「捏造」)からの引用だが、「仏教学A」にも全く同じことが書かれている。

「弘安元年の手紙」という記述もテキストに書かれたもので、恐らく「捏造」の作者は、この御文の出典も知らないし、前後の文脈も読んだ事はないだろう。

正確な引用はこうである。

「又日蓮が弟子等の中になかなか法門しりたりげに候人人はあしく候げに候、南無妙法蓮華経と申すは法華経の中の肝心人の中の神のごとし、此れにものをならぶればきさきのならべて二王をおとことし、乃至きさきの大臣已下になひなひとつぐがごとし、わざはひのみなもとなり、正法像法には此の法門をひろめず余経を失わじがためなり、今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし、かう申し出だして候もわたくしの計にはあらず、釈迦多宝十方の諸仏地涌千界の御計なり」(御書p1546「上野殿御返事」)

親鸞会では、この切り文を使い、「日蓮の教えは仏教ではない」という。

この御書の前後の文脈を読んでもまだ「外道の教え」とでも言うのであろうか。

大聖人の仏法が法華経寿量品文底秘沈の三大秘法南無妙法蓮華経であることを説いた有名な箇所である。

「一念三千の法門は但法華経本門・寿量品の文の底に沈めたり」(御書p189)とある通りである。

「かう申し出だして候もわたくしの計にはあらず」続く言葉で大聖人御自身が親鸞会を破折しておられる。不思議なものだ。

親鸞会会員がこの文を出してきたならば、「では、その御文の続きを知っているのか?」と問い返せばよいだろう。

「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし」これほど有名な御文を知らぬ創価学会員はいないはず(?)である。

その上で日蓮仏法について語っていけばいいだろう。

2.『念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊といってすべての仏教を誹謗しているから日蓮宗は仏教とはいえない』

まさか、親鸞会に言われるとは思わなかった。自分で何を言っているのかわかっているのであろうか。

日蓮大聖人の教えが仏教ではないのなら当然親鸞の教えも仏教ではない。

どうやら親鸞会は仏教ではないと主張したいようだ。

四箇の格言の根拠については、日蓮大聖人の諸抄を研鑚すればわかるため、いちいち説明はしない。

親鸞は、教行信証後序で、

「竊かに以みれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛なり。しかるに諸寺の釈門、教に昏くして真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷うて邪正の道路を弁うることなし。ここをもって興福寺の学徒、太上天皇諱尊成、今上諱為仁聖暦・承元丁の卯の歳、仲春上旬の候に奏達す。 主上臣下、法に背き義に違し、忿を成し怨を結ぶ。」

と、聖道の諸教は行証久しく廃れと、諸教をすべて痛烈に攻撃している。

「之に就いて之を見るに、曇鸞・道綽・善導之謬釈を引いて聖道浄土・難行易行之旨を建て、法華・真言を以て總じて一代之大乗六百三十七部・二千八百八十三巻、一切の諸仏菩薩及び諸に世天等を以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て、或は閉じ、或は閣き、或は抛つ。此の四字を以て多く一切を迷はし、剰へ三国之聖僧、十方之仏弟を以て、皆群賊と号し併せて罵詈せしむ。近くは所依の浄土三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時之肝心たる法華経の第二の「若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば 乃至 其の人命終して 阿鼻獄に入らん」の誡文に迷ふ者也。」(立正安国論)

親鸞の師、法然も著書「選択集」において、日蓮大聖人が「捨閉閣抛」と指摘したように、浄土三部経以外の経典を誹謗している。

では、これをもって浄土系の宗派は仏教ではない、と私達が主張したら親鸞会はどうするだろうか?

恐らくやっきになって反論するはずである。「浄土三部経以外の経典は方便である」云々と。

では私達も主張しよう。

「法華経以外の経典は方便である」…と。

所詮水掛け論に終わるこの種の論議に全く価値は見出せない。

ただ一つ言える事は、「日蓮宗は仏教とはいえない」とは、あまりにも馬鹿げた珍論であるということだけである。

3.『「法華経」以前に説かれた「華厳教」「阿含経」「方等経」「般若経」等は「法華経」に引き入れる為の方便であり、「法華経」こそ真実の経典であるとした、問題の「天台・五時の教判」である。

実はこの書物は、中国天台・智覬による独自の仏教史観であり、彼の創作であったというのが真相なのである。

経典成立史の研究が進んだ現在においては、この「五時の教判」を認めている学者は既に一人も存在しないのである。』

五時の教判を書物の名前か何かと勘違いするようなレベルの知識で「仏教学者は〜」などと権威をもたせようとする。おもわず笑ってしまった。

さて、実は私も五時の教判が釈尊の説いた年代順ではないということに異論はない。

釈尊は菩提樹の下で悟りをひらいた後、21日間華厳経を説いた、釈尊が最後の8年間で法華経を説いた…などとというようなことは現在では考えられず、そもそも法華経が釈尊の説いた言葉そのままであるわけがない…と考えている。

それは、法華経成立の背景について仏教の入門書でも読めば誰でもわかることであり、また法華経に限らず、彼らの浄土三部経も同様である。

彼らの面白い所は、五時の教判批判を文献学的方法ではなく経典間の文証から矛盾を探す方法で行っている点である。まるで江戸時代の教学かと思うような方法で(華厳経が説かれた時点で舎利弗・目連はいなかった、といった証明の仕方)五時の教判を批判している。そして、彼らにとっては、到底大乗非仏説なども受け入れられる物ではないらしく、親鸞会公式サイトでご丁寧にも「親鸞聖人の仰せは弥陀の直説であり、釈迦、七高僧の信念を無我に相承されたものと信ずる我々親鸞会々員にとっては、大乗非仏説論などは、とるにたらぬ学者達の戯論にすぎません。」と解説をしている。

「仏教学者の常識云々」とやかましく騒ぐ彼等らしくない物言いである。

誤解のないように言えば、私は五時八教の教相判釈は非常に優れていると思っている。

天台大師智リの生きた時代は、「八万聖教」とも言われる膨大な経典を整理・分類しようとの動きがさかんであり、慧観・慧遠・吉蔵・法雲らがそれぞれ主張する各種の教相判釈で議論が絶えることはなかった。

五時八教の教相判釈は単に経典成立の過程を時系列で並べた物ではない。しかし、天台の教相判釈はそれぞれの経典の関係性を捉え、体系化し、法華経の思想性を見事に表現した。

当時の歴史背景・教相判釈の意義を考えていけば、感嘆せざるをえない。

親鸞会のように、「五時の教判は歴史的に正しくない。」ということから「だから五時の教判は意味がない」とあまりにも短絡的につなげることは、彼らの信奉する、そして戯論を唱えるにすぎない仏教学者たちにも笑われよう。

4.『【実は】、と言うか【やっぱり】と言おうか、この「無量義経」も古代インドで書かれた経典ではなく、中国で創作された偽の経典、いわゆる偽経である事が証明されているのである。』

【実は】私も同意見である。無量義経は偽経である。

天台の教相も無量義経にも共通して言える事だが、これらのことを指摘されたとしても、日蓮大聖人の仏法が微塵もゆらぐことはない。

それよりも大事な事は、五時の教相等が一体何を表現しようとしたのか、という事だ。

思想はある時代状況に対して言わねばならない必然性があって表現された物である。

それが何百年、何千年とたつうちにそれを表現しようとした人物はいなくなり、表現された言葉だけが残って、そのような言葉で表現されなければならない必然性は見失われる。そして、言葉がすでにあるものとして私たちの前にあるという逆転現象が生じて行くのである。

法華経に説かれている事が、自身の生き方・人生・社会ということにどういう意味をもっているかということで法華経を評価し、五時八教も、その体系化の普遍性に着目していけば良いだろう。

彼等が信仰の根本とする浄土三部経のうち観無量寿経は恐らく西アジア成立の偽経であるといわれている(サンスクリット本未発見)ことも紹介しておこう。

5.『法華経の本仏は久遠だが限られた数量があり、阿弥陀如来は無始久遠である。』

法華経の久遠実成にも未だ時間的な制約(つまり五百塵点劫の昔より仏であったということ)があり、それに比べて阿弥陀如来は無始久遠…つまり古いということらしい。

さて、言いたいことは十界互具からはじめて、本因本果の法門、厭離断九の仏について等と尽きる事はないが、ここでは久遠元初について述べてみたい。

釈尊の仏法は脱益仏法であり、大聖人の文底下種の仏法とは分けて考える。

釈尊の仏法、法華経においては、釈尊は五百塵点劫の久遠の昔に成仏したことが明かされている。

五百塵点劫は、無始を示すための譬喩ではあるが、この点を捉えて、「では五百塵点劫よりも前は成仏していなかったはず。」との論難がこれである。

日蓮大聖人の仏法はこのように過去の一時点に成仏の因を固定するものではない。

久遠元初という言葉がある。

「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとのままという義なり」(御書p759)

大聖人の仏法では「時間的な過去」から「状態」としての久遠への展開がなされているのだ。

過去の一時点の成仏は、ある意味で、我々が生きている今現在とかけはなれてしまう。

それに対して、大聖人の仏法は久遠ということを必ずしも過去としてとらえられず、

「久遠即末法」(ここでの末法とは期間ではなく末法である今現在の瞬間との意味)

「久遠は今に在り、今は即ち久遠なり」(文段集p242)

というように、今の瞬間の現在の生命の奥底に、久遠の生命があると言われた。

御本尊に南無妙法蓮華経と唱えて、境智冥合した時、生命の本源が立ち現れる。そこが久遠元初である。

「過去と未来と現在とは三なりと雖も一念の心中の理なれば無分別なり」(御書p562)

「心が過去現在未来の十方の仏と顕る」(御書p400)

「久遠一念の南無妙法蓮華経」(御書p871)

「過去の因を知らんと欲せば現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば現在の因を見よ」(御書p231)

元初の一念という言い方をされているように今現在の瞬間の生命の本源、ここに実は久遠の生命があるということだ。

時間といっても今現在しかない。過去といい、未来といっても、観念の産物である。

過去といっても「現在」の記憶によるものであり、未来といっても「現在」の期待感によっている。

過去といい、未来といっても、現在を離れてどこかにあるわけではない。

あるのは今現在のみであって、常に「永遠の今」なのである。

哲学者の三木清が「現在は力であり、未来は理想である。記録された過去は形骸にすぎないものであろうが、我々の意識の中にある現実の過去は、現在の努力によって刻々と変化しつつある過去である。一瞬の現在に無限の過去を生かし、無限の未来の光を注ぐことによって、一瞬の現在はやがて永遠となるべきである」と言っていることとも相通じるのではなかろうか。

6.『「法華経」─「方便品」に「仏の成就するところは、第一希有難解の法にして、仏と仏とのみ能く諸法実相を究尽す」とあるように、仏の智見より見た事々物々は全てこれ実相であるが、我々凡愚の分かる道理のないと言うことが説かれている。

又、「法華経」─「譬喩品」には、こうも説かれている。

「この法華経は深智の為に説く。浅識は、これを聞いて迷惑して悟らず。一切の声聞及び僻支仏は、この経においては力及ばざるなり。」

或いは、「無智の人の中においては、この経を説くことなかれ。若し、利根にして智慧明らかに、多聞強識にして仏道を求むる物あらば、かくの如きの人の為に説くべし」と説かれているのである。』

いつもながらの切り文にはあきれるばかりだ。

もしも法華経を実際に読んでいるのであれば、このような馬鹿げたことは言えない。

親鸞会がこれらのことを主張するという事は、法華経を読んだことがないか、あるいは、本当は知っていながら、自分の都合の良い部分だけを引用しているとしか考えられない。

法華経の文脈を目を開いて見て欲しい物である。

まず法華経のストーリー展開を見てみよう。

彼等があげた法華経方便品第二では釈尊がいよいよ舎利弗に向かって、第一希有難解の法、法華経を説こうとしている場面である。

法華経の偉大さを強調する効果を狙っているのであろう。その後釈尊は譬喩品で三車火宅の譬えを用いながら、声聞達に法華経を説きつづける。

教えを聞く声聞の機根も様々であり、法を聞いて覚る舎利弗等、法説衆、譬喩を聞いて覚る譬喩説衆、釈尊との因縁を聞いて覚る因縁説衆と3種に分ける事ができる。

法華経譬喩品はちょうど、「以信得入」―つまり、智慧第一といわれた舎利弗でも、信を以って法華経の妙理を会得したことが説かれている。

つまり、親鸞会が引用した文はどういう意味か?

最初の方便品の部分は、法華経がいかに偉大であるかを舎利弗の智慧でもわからないことをもって強調している部分。

次の譬喩品の部分は、智慧よりも信を強調するために説かれた部分であることは、法華経を読めば明らかなのである。

参考に、譬喩品の文の前後も含めた現代語訳を引用しておこう。

「この妙法蓮華経は智慧の深いもののために説く。知識の浅いものは、これを聞いても迷い惑って理解しないからである。

すべての声聞及びびゃく支仏はこの経の中ではその力が及ばないところである。

なんじ、舎利弗すら、それでもなお、この経においては信をもってはいることができたのである。

まして他の声聞はなおさらのことである。そのほかの声聞も、仏のことばを信ずるがゆえに、この経につきしたがう。

自分の智慧の及ぶところではないからである。」

なお、この経文の直後には、有名な

「若し人信ぜずして此の経をき謗せば 即ち一切世間の仏種を断ぜん」

との経文があることを付言しておく。

7.『「法華経」の中には、どうしたら仏になれるのかという方法が何処にも説かれていないのである。』

何をもって「何処にも説かれていない」などと言っているのか理解できない。

一例をあげるだけで十分だろう。

「正直捨方便 但説無上道 菩薩聞説法 疑網皆已除 千二百羅漢 悉亦当作仏」(方便品)

8.『●「法華経」方便品に「正直捨方便、但説無上道」とある、無上道とはこれこそが真実の経典だという証だ。

●「法華経」方便品に「諸仏世尊は唯、一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう」とある、又、他にも「開示悟入」或いは「正法」と記されている。故に釈迦出世の本懐経である文証であると。

では、これらの文章の記載に因ってそれが【真実】の経典・釈迦出世本懐経であると言う根拠に成りうるのか?【否】である。実はこの程度の文章は、あらゆる経典に頻繁に出てくるのである。

従って、これらの文章をもってして経典の権実(真実か方便か)の判断をする根拠と言う話も、仏教学会では実に馬鹿げているのである。』

また仏教学会である。仏教学会にコンプレックスでもあるのだろうか?

親鸞会会員の精神状態を心配してしまう。どうかお大事にしていただきたい。

彼らの「釈尊の出世の本懐は大無量寿経」との主張の根拠は以下である。

「如来世に出興する所以は、道教を光せんし、群萌をすくい恵むに真実の利を以ってせんと欲してなり」(大無量寿経 上巻)

「当来の世に経道滅尽せんに我慈悲を以って哀みんし特にこの経を留めて止住することを百歳せん。」(大無量寿経 下巻)

親鸞会の論法を用いれば彼らの浄土三部経も真実の経典とはなりえない。(実はこの程度の文章は、あらゆる経典に頻繁に出てくるのである。)

そもそも仏教学会は大乗仏教を釈尊直説の経典とはみない。

親鸞会は仏教学会の権威を借りる事で自身の首をしめるだけである。

9.『釈迦が説いた「正・像・末の三時」とは、日蓮が曲解したように、仏教という【真実】が変化・喪失していくと意味ではなく、此の経典(仏教…一切経)に相応し且つ如実に修行し得る人間の存在が希有になっていく事実を説いたものなのである。』

大集経巻五十五に「白法隠没」(釈尊の正しい仏法が滅びて功力がなくなること)と説かれている。

(釈尊滅後より末法までの年数には1500年、2000年等と諸説ある。)

「大集経に大覚世尊・月蔵菩薩に対して未来の時を定め給えり所謂我が滅度の後の五百歳の中には解脱堅固(けんご)・次の五百年には禅定堅固 已上一千年  次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年には多造塔寺堅固 已上二千年 次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」等云云、此の五の五百歳・二千五百余年に人人の料簡さまざまなり、漢土の道綽禅師が云く 正像二千、四箇の五百歳には小乗と大乗との白法盛んなるべし、末法に入ては彼等の白法皆な消滅して、浄土の法門念仏の白法を修行せん人計り生死をはなるべし、日本国の法然が料簡(りょうけん)して云く 今日本国に流布する法華経・華厳経並びに大日経・諸の小乗経、天台・真言・律等の諸宗は大集経の記文の正像二千年の白法なり末法に入ては彼等の白法は皆滅尽すべし設い行ずる人ありとも一人も生死をはなるべからず、十住・毘婆沙論と曇鸞法師の難行道、道綽の未有一人得者・善導の千中無一これなり、彼等の白法隠没の次には浄土三部経・弥陀称名の一行計り大白法として出現すべし、此れを行ぜん人人はいかなる悪人愚人なりとも、十即十生・百即百生、唯浄土の一門のみありて路に通入すべきしとはこれなり、されば後世を願はん人人は叡山・東寺・薗城・七大寺等の日本一州の諸寺諸山の御帰依をとどめて、彼の寺山によせ(寄)をける田畠郡郷をうばいと(取)て念仏堂につけば決定往生南無阿弥陀仏とすすめければ、我が朝一同に其の義になりて今に五十余年なり、日蓮此れ等の悪義を難じやぶる事は事ふり候いぬ、彼の大集経の白法隠没の時は第五の五百歳当世なる事は疑いなし、但し彼の白法隠没の次には法華経の肝心たる南無妙法蓮華経の大白法の一閻浮提の内八万の国あり、其の国国に八万の王あり、王王ごとに臣下並びに万民までも、今日本国に弥陀称名を四衆の口口に唱ふるがごとく広宣流布せさせ給うべきなり。」(御書p258)

10.『「釈迦の法華経」を紐解いてみても「南妙法蓮華経」を説かれている文章も、またそれを意味する文章も何も存在しない。

要するに、一切合切は日蓮自身が勝手に捏造した単なるデタラメなのである。』

法華経の中には当然、南無妙法蓮華経は説かれていない。だからこその文底下種仏法の偉大さが現れるというものだ。

相変わらずの「法華経に説かれていない」→「全てでっちあげ」という短絡思考に、文底下種仏法を説くだけでも十分ではあるが、あえて御書をひいてみよう。

有名な当体義抄の一節である。

「問う南岳天台伝教等の大師法華経に依つて一乗円宗の教法を弘通し給うと雖も未だ南無妙法蓮華経と唱えたまわざるは如何、若し爾らば此の大師等は未だ当体蓮華を知らず又証得したまわずと云うべきや

答う南岳大師は観音の化身天台大師は薬王の化身なり等云云、若し爾らば霊山に於て本門寿量の説を聞きし時は之を証得すと雖も在生の時は妙法流布の時に非ず、故に妙法の名字を替えて止観と号し一念三千一心三観を修し給いしなり、但し此等の大師等も南無妙法蓮華経と唱うる事を自行真実の内証と思食されしなり、南岳大師の法華懺法に云く「南無妙法蓮華経」文、天台大師の云く「南無平等大慧一乗妙法蓮華経」文、又云く「稽首妙法蓮華経」云云、又「帰命妙法蓮華経」云云、伝教大師の最後臨終の十生願の記に云く「南無妙法蓮華経」云云、」(当体義抄 御書p518、519)

通解は必要ないとは思われるが、親鸞会の会員のみなさまが理解できないと困るためポイントを押さえよう。

南岳大師とは言うまでもなく、天台大師智リの師である。

「稽首」とは南無、帰命の意。南無は帰命という意味の梵語の音写語である。

伝教大師最澄が自行として南無妙法蓮華経と唱えていた事も明らかである。

南岳・天台・伝教の3人の文証を見ながら、それでも、親鸞会は「一切合切は日蓮自身が勝手に捏造した単なるデタラメ」というのであろうか?

● 結び

親鸞会会員の方を折伏している学会員の口から共通して報告されることがある。

それは、その友人の「親鸞会をぬけたら地獄に堕ちる。恐くてやめることができない」との言葉である。

人間の無常さ、罪悪観が強調されすぎるあまり、その信仰には宗教的な圧迫感が伴っているようである。

何かに得体の知れない恐怖に怯えながら、地獄から逃れるための信仰にすがる。そういう構図ができあがっているようだ。

最後にこれとは対照的な日蓮大聖人の御書を拝してこの私の稚拙な文章を終わりたい。

「抑(そもそも)地獄と仏とはいづれの所に侯ぞとたづね侯へば或は地の下と申す経文もあり・或は西方等と申す経も候、しかれども委細にたづね侯へば我等が五尺の身の内に侯とみへて侯」(御書p1491)

「返す返す今に忘れぬ事は頸切れんとせし時殿はともして馬の口に付きて・なきかなしみ給いしをば・いかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮を・いかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ侯べからず同じく地獄なるべし、日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦仏・法華経も地獄にこそ・をはしまさずらめ」(御書p1173)

「衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり、衆生と云うも仏と云うも亦此くの如し迷う時は衆生と名け悟る時をば仏と名けたり」(御書p384)

1999.10.26

<参考文献>

新宗教の風土 小沢 浩著 岩波新書

別冊宝島 救いの正体 宝島社

新宗教の時代1 大蔵出版

高等科 仏教学(2) 浄土真宗親鸞会

他資料多数

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