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ガンジー・キング・イケダ展の欺瞞

創価学会は、カンジー・キング・イケダを三大偉人として賞賛している。その非暴力という思想的共通性をもって、賞賛するのだという。そこで、カンジー・キング・イケダの思想を比較検討してみたい。

ガンジーと池田大作

池田大作=創価学会の思想が、東京裁判史観であることは言うまでもない。南京大虐殺、従軍慰安婦、強制連行に関して、中朝韓の主張を認めていることは周知の事実である。

例えば、「戦争を知らない世代へ(53)揚子江が哭いている−−熊本第6師団大陸出兵の記録」(創価学会青年部 反戦出版委員会編第三文明社 1979年)には、杭州湾に上陸し南京戦に参加した第6師団兵士の全17篇の手記を収めてあり、「戦争を知らない世代へ(II-8)鮮血に染まる中国大陸−−加害者体験の記録」 (創価学会青年部反戦出版委員会編 第三文明社 1983年)には、「南京大虐殺」という篇がある。全て、南京大虐殺の肯定である。もちろん池田大作氏の数々の中国での受賞が物語っている。とりわけ、「南京大屠殺」の有力な資料として使われている『悲憤・血涙』(1988)を出版している吉林人民出版社・季刊誌「日本文学」顧問になったことは、その象徴だろう。

何よりも、東京裁判の象徴たる靖国問題では、誰もが追悼できる平和記念施設を提案する。戦後、靖国神社は国家管理を離れ、独立の宗教法人となりましたが、1978年には極東軍事裁判(東京裁判)で戦争責任を問われ有罪判決を受けたA級戦犯14人が合祀され、現在、1000人以上のABC級戦犯を含む248万余柱がまつられています。 こうした靖国神社に国家機関の代表として首相や閣僚が公式参拝することは、憲法上と外交上の問題があります。神道方式にのっとり参拝を行うことは「政教分離」を定めた憲法第20条に抵触する恐れがあり、また玉ぐし料を公費で支払うことは、政府見解や最高裁判決に照らして憲法第899条違反の疑いがあります。 

一方、日本の行為によって甚大な苦痛と損害をこうむったアジア諸国には、たとえ公式ではなくても首相が軍国主義者を合祀する靖国神社に参拝することへの強い反発があります。今年4月、小泉首相が突然、靖国神社を参拝した際にも、中国の江沢民国家主席が、「今回の参拝について私は許すことができない」と厳しく批判したほか、韓国の金大中大統領は、「納得できない」と批判しました。

このように、創価学会は東京裁判史観に基づき、日本人に罪悪感を植え付けようとするのである。そもそも、「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(座長・今井敬新日鉄会長)の報告書によると施設の追悼対象について、明治維新以降の日本がかかわった戦争の死没者と、戦後は国際平和活動などでの死没者で、将兵だけでなく、戦争で亡くなった民間人や外国人も含めるとしたとある。つまり、原爆や空襲で日本民間人を大量虐殺した米兵や日本人を襲撃し拉致した北朝鮮の工作員も追悼するというのである。創価学会は、日本の宗教団体ではないのだろうか。

戸田城聖版「人間革命」では、インドのパール博士の東京裁判での主張に間する記述がある。ここに戸田と池田の思想的違いが如実なものとして現れているのだが、本論の主旨ではないので割愛する。ともあれ「人物探訪:パール博士の戦い」から、パール判事の主張を抜粋してみよう。

パール博士は、東京裁判の11か国の判事のうち、国際法で学位をとった唯一の人物である。そしてパール博士は、東京裁判終了後には、国際連合の国際法委員会委員長にもなっており、文字通り、法学者として国際的な権威である。そのパール博士が、その判決書において、一国が他国に向かって武力 行使する事を違法とする国際法は、いまだかつて成立したことも、 適用されたこともない、と、国際関係の史実、国際法学者の発言を豊富に引用しながら、結論づけたのだ。

「勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる『裁判』を行うことは、敗戦者を即時に抹殺した昔とわれわれの時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹殺するものである。かようにして定められた法律に照らして行われる裁判は、復讐の欲望を満たすために法律的手続きを踏んでいるようなふりをするものにほかならない。それはいやしくも正義の観念とは全然合致しないものである」

東京裁判は勝者が戦争後に自ら法を作って、敗者を裁いたもので あり、裁判の形を装った復讐に過ぎない。それは権力者の一存によ って人間の生命を奪うものであって、「法の支配のもとでの自由と人権」を重んずる近代文明を抹殺する行為だというのである。さらに広島の原爆慰霊碑に刻まれた「過ちは繰り返しません」という文字を見て、博士は言った。「東京裁判で何もかも日本が悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原子爆弾の被害より甚大だ」

パール博士は、日本の法律家やジャーナリストが、東京裁判で提起された問題に対する本質的な論争、すなわち、「大東亜戦争は本当に侵略戦争なのか」、「日本は平和に対する罪、人道に対する罪を犯したのか」という点に関して、あまりにも無関心、不勉強であることにいたく失望したのである。そして日本人が「長いものには巻かれろ」という事大主義のあまりに、マハトマ・ガンジーのいう「真理把持」の精神に欠けているのではないか、と憤ったのだ。

パール判決書は、次のような有名な言葉で締めくくられている。「時が、熱狂と、偏見をやわらげた暁には、また理性が、虚偽 からその仮面を剥ぎとった暁には、その時こそ、正義の女神は その秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くに、その所を変え ることを要求するであろう」「満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟が 歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくのを、 私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の 欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられねばならない」

こうまで言われたパール博士なら、池田大作=創価学会の東京裁判史観支持を見て、喝破するに違いない。自ら「歪められた罪悪感」を背負って卑屈・退廃に流されるだけでなく、国際正義の確立を通じて世界に貢献しようともしない池田大作=創価学会には、マハトマ・ガンジーのいう「真理把持」の精神は存在しない。ガンジーのいう「真理把持」の精神がない池田大作を、ガンジーと並び賞するのは、ガンジーに対する冒涜だ、と

キングと池田大作

正面から、非暴力という視点で考えてみたい。なぜならキング牧師は、非暴力思想において「汝の敵を愛せよ」というガンジーの哲学に影響を受けたからだ。ところで、キングがガンジーの非暴力思想を最初から受け入れていたわけではなかったことを、どれだけの人がしっているだろうか。

キングは、個人が他の個人との対立におちいるときのみ有効であり、もっと現実的な方法が必要だと考えていたのである。そんな時に出会ったのがガンジーについての講演で、アメリカにおける黒人の状況に関しては、非暴力が成功の見込みのある唯一の実際的方法であると悟ったのだ。あくまでも「アメリカにおける黒人の状況に関しては」であり、クローザー神学校時代の経験(人種的偏見を持っている学生に銃を突き付けられたが、告発しないがゆえに、キングに人気が出た)が、影響しているだろう。このような環境では、非暴力こそが、白人の支持を得ることのできる唯一の道であると思わせたに違いない。

実際、キングは「ガンジーはイエスの愛の倫理を、個人と個人の単なる相互作用を超えて、大規模な強力で有効な社会的な力にまで引き上げた歴史上最初の人物である」といっているのである。そして、1963年、25万の人々がリンカーン記念堂まで行進していくワシントン大行進("I have a dream"で有名なといえば知っている人も多いだろう)の成功となるのである。

しかし、キングは思想の転換を迫られるのだ。ロサンゼルスのワッツ地区(スラム街の一つ)住人ポール・ウィリアムズは言う。「キングと非暴力についての彼の語り口は、余り意味をなさなかった。ワッツ地区の黒人は、キングを尊敬はしていた。しかし非暴力についての彼の語り口は、われわれを笑わせた」と。そして、1965年8月、ワッツ地区で暴動が起きる。キングは、ワッツの惨状を前に何もできなかったのだ。憲法上の平等は、南部ではともかく、北部では実質的状況を変えられなかったのだ。なぜなら北部の黒人は、既に「白人」のレストランで食べることができていたのであり、金が無いがゆえに、ゲットーの汚物の中に閉じ込められていたのである。

キングの非暴力という楽観主義は、このワッツ暴動によって打ち砕かれ、反資本主義的感情が芽生えるのである。そしてシカゴのスラム街を観察し、貧困は偶然的なものではなく、経済権力の行使者たちの計画的決意であることに気付くのだ。「スラムの目的は権力なき人々を閉じ込めて、彼らの無権力状態を恒久化することである。……スラムは(中略)国内植民地にほかならない」とし、主要問題は経済問題であって、解決策は社会全体の変革である、と結論付けたのである。

これは、キングが大学時代から感じていたことだ。キングは、学生時代、社会問題に対してクリスチャンとして何をすべきかと考えていた。そして社会主義に出会った時に、「唯物的には説明されることのできぬ力が存在することを信じている」と反発する一方で、「アメリカ資本主義の経済制度が悪しき社会を作り出している」(ラウシェンブッシュ)という思想に共感していたのだ。

こうしてキングは、ワッツ暴動とシカゴ体験を通じて、学生時代に抱いた社会主義への共感へと立ち帰るのだ。アメリカの政治経済体制のもう一つの選択肢として、社会主義を検討するのである。

池田大作が宗教者であり、創価学会が宗教団体であるのは言うまでもなく、それゆえキング同様に「唯物的には説明されることのできぬ力が存在することを信じている」のは自然である。例えば、功徳の存在は、唯物論的には証明不可能である。そして池田大作=創価学会の暴力から非暴力への過程は、出版妨害事件に代表されるような暴力活動(昔の過激な折伏活動など)が日常茶飯事であり、これに対する批判を受けて非暴力へと転換してきたのだから、キングが元々非暴力思想をもっていなかったことを踏まえれば同じだろうというのは早計である。キングは、暴力活動はしなかったし、何よりも池田大作=創価学会は、史上最悪の虐殺者である毛沢東や悪名名高いチャウシェスクを賞賛しているのだから、非暴力とはかけ離れた存在なのである

またキングと池田大作=創価学会の違いには、社会主義への傾倒がある。キングは、貧困という現実を前に、経済問題の解決の必要性に迫られて社会主義に傾倒したのである。一方、池田大作=創価学会は、孫文・毛沢東・周恩来・金日成らを礼賛しており、社会主義・共産主義の立場である。キングが修正資本主義の立場なのに対して、池田大作=創価学会は社会主義・共産主義の立場なのだ。こう考えると、創価学会の反共が牧口・戸田時代の遺物であり、だからこそ1975年の創共協定が可能だったことが理解できる。池田大作=創価学会の反共は、親近憎悪というより、共産党との旧東側諸国(特に中国・北朝鮮・韓国)への食い込み競争にすぎないのだ。

ガンジー・キングの偉大さとイケダの堕落

ガンジー・キング牧師の両名が、偉大な理由は何にあるのか? 非暴力・不服従という言葉で知られているが、その本質を、目的と手段という視点から考えてみたい。

ガンジーの目的は、インドの独立であり、民族的自立である。キングの目的は、黒人差別の撤廃であり、人種的平等である。すなわちガンジー・キングは、真理の実現が目的なのである。非暴力・不服従は、その目的達成のための手段に過ぎないのだ。このことは、次の説明で、誰もが納得するだろう。支配・差別の実現という目的達成のために非暴力・不服従を用いている人物を、果たして賞賛できるだろうか? もちろん出来るはずがない。何故なら、目的が間違っているからである。また、ボーズ・マルコムXという平等を掲げながらも、暴力的手段を用いた人々を批判することはできまい。支配・差別に対抗するための誰もが考える手段である、何よりも正当防衛だからである。

そこで、ガンジーの「真理把持の精神」が重要になる。どのような困難に遭おうとも、真理を主張し続けるという精神である。ガンジーも、ガンジーに影響を受けたキングも、平等という名の真理を主張し続けたのである。だからこそ偉大なのだ。非暴力・不服従という手段は、ガンジー・キングのような真理の主張という正当性があって、初めて認められることなのである。

ところで、パール博士が東京裁判を誤りだと正した理由は、近代法の精神の一つである罪刑法定主義にあった。中世には、国王を初めとした権力者が法を作り、政敵他を過去に遡及して訴追するという権力の乱用が少なくなかった。こうしたことを防ぐためにあるのが罪刑法定主義である。つまり東京裁判とは、日本の犯罪を決定するために、後から法を作り裁いたのであり、「法の支配のもとでの自由と人権」を重んずる近代文明を抹殺する行為なのである。したがて、「法の支配のもとでの自由と人権の尊重」という真理、すなわち東京裁判は誤りであると主張し続けることは、ガンジー・キングの主張同様に、正しいことなのである。「法の支配のもとでの自由と人権の尊重」という真理に反する前例をそのままにしていいはずがないのだ。

しかし池田大作=創価学会は、非暴力という手段だけを掲げ、中朝韓による理不尽な主張をそのまま認めて服従し、「法の支配のもとでの自由と人権の尊重」という真理を引っ込めているのである。そんな池田大作が、ガンジー・キングと並び立てるはずはない。池田大作=創価学会の精神は、仮初めの非暴力と、服従と、そして「法の支配のもとでの自由と人権の尊重」という真理の破壊から成っているのだから池田大作=創価学会には、正義は存在しないのである

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