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ガンジー「すべての日本人に」

(マハトマ・ガンディー著、森本達雄訳『わたしの非暴力』第2巻、みすず書房)

東南アジアを破竹の勢いで占領し、インド国境にせまりつつあった日本軍に対し、武力による勝利の空しさを説き、帝国主義戦争の停止をもとめた有名な公開状。1942年7月26日の『ハリジャン』に掲載された。当時、ガンディーとネルーは、日本軍に対してインドがとるべき方向について、政治的意見を異にしていた。ネルーはゲリラ戦を主張し、場合によってはイギリス人とともにたたかうことも考えていた。ガンディーは、侵略者に対してあくまでも非暴力で抵抗すること、イギリスがインドから撤退することを優先的に考えるべきと主張した。だが、両者の歩みよりははやかった。同年8月には「クイット・インディア(イギリスよ、インドを出ていけ)」の大闘争がはじまる。

本文

最初にわたしは、あなたがた日本人に悪意をもっているわけではありませんが、あなたがたが中国に加えている攻撃を極度にきらっていることを、はっきり申し上げておかなければなりません。あなたがたは、崇高な高みから帝国主義的な野望にまで堕してしまわれたのです。あなたがたはその野心の実現に失敗し、ただアジア解体の張本人になり果てるかもしれません。かくして、知らず知らずのうちに、あなたがたは世界連邦と兄弟愛――それらなくしては、人類に希望はありえないのですが――を妨げることになるでしょう。

今から五十年あまり前に、わたしは十八歳の青年としてロンドンに留学していましたが、爾来(じらい)、いまは亡きサー・エドウィン・アーノルド〔イギリスの詩人・東洋研究者(一八三二〜一九〇四)。詩をもって東洋の思想・文化をヨーロッパに伝えたが、なかでも釈迦の生涯を歌った『アジアの光』は有名。一八九七年に来日、日本婦人と結婚した〕の著作をとおして、日本民族の多くのすぐれた資質を賞讃することを学びました。わたしは南アフリカで、あなたがたがロシアの武力に対してかがやかしい勝利をおさめたこと〔一九〇五年の日露戦争の勝利〕を知って、感動に身ぶるいしました。一九一五年に南アフリカからインドに帰ってきましたが、その後わたしは、日本人の僧侶たちと親しく交わるようになりました。彼らはときどき、わたしたちの修道場(アシュラム)のメンバーとして起居をともにしたのです。そのうちの一人〔藤井日達〕は、セヴァグラームの修道場の貴重な一員となりました。彼の義務への勤勉ぶり、堂々たる態度、欠かしたことのない日々の勤行(ごんぎょう)、温和な物腰、どんな状況の変化にも動じることのない沈着、そして内面の平和のなによりの証(あかし)である自然な微笑などのために、わたしたちはみんな彼に敬愛の念を抱いたのです。そして今日、あなたがたが英国に宣戦をしたおかげで、彼はわたしたちのところから連れ去られてしまいましたが、わたしたちは親愛な同志ともいえる彼を失ったことをさみしく思っています。彼は記念として、彼が毎日唱えていた経文と小さな太鼓〔うちわ太鼓〕を遺してくれましたわたしたちはその太鼓の音で朝夕の祈りを始めています

こうした楽しい思い出を背景にもっておりますだけに、わたしにはどうしても理由のないものに思われるあなたがたの中国に対する攻撃のことや、報道が信頼できるなら、あの偉大な古い歴史をもつ国土(くに)をあなたがたが無慈悲にも蹂躙(じゅうりん)していることを思うたびに、わたしは深い悲しみをおぼえます。

世界の列強と肩を並べたいというのは、あなたがたのりっぱな野望でありました。けれども、あなたがたの中国に対する侵略や枢軸国との同盟は、たしかに、そうした野心が昂じた不当な逸脱だったのです。

その国の古典文芸をあなたがたが摂取されてきた、あの偉大な古い国の民族があなたがたの隣人であるという事実に、あなたがたが誇りを感じていられるものとばかり思っていました。お互いの歴史・伝統・文芸を理解し合うことは、あなたがた両国民を友人として結びつけこそすれ、今日のように敵同士にするはずはありません。

もしわたしが自由な身であったなら、そして貴国を訪れることが許されますなら、わたしの体力は弱ってはいますが、わが身の健康を、いや生命をも賭してあなたがたの国に赴き、あなたがたが中国に対して、世界に対して、ひいてはあなたがた自身に対して行なっている罪悪をやめるよう懇願するでありましょう。

けれども、わたしにはそのような自由はありません。その上わたしたちは、あなたがたの政策やナチズムにも劣らずわたしたちが嫌悪している帝国主義に反抗しなくてはならないという独自の立場におかれています。帝国主義に対するわたしたちの反抗は、イギリス人に危害を加えるという意味ではありません。わたしたちは彼らを改心させようとしているのです。それは英国支配に対する非武装の反乱です。いまやこの国の有力な政党〔国民会議派を指す〕は、外国人の支配者たちと、決死の、それでいて友好的な闘いを交えているのです。

しかしこの闘いには、外国からの援助を必要とはしません。聞くところでは、あなたがたのインド攻撃が差し迫っているというこのまたとない機会をとらえて、わたしたちが連合国を窮地に追いやっているというふうに伝えられているそうですが、それは由々しい誤報です。もしわたしたちがイギリスの苦境に乗じて好機をつかもうと思っているのなら、すでに三年前に大戦が勃発(ぼっぱつ)すると同時に、行動を起こしていたはずです。

インドから英国勢力の撤退を要求するわたしたちの運動を、どんなことがあっても誤解してもらってはなりません。実際、伝えられるとおり、あなたがたがインドの独立を熱望していられることを信じてよければ、イギリスがインドの独立を承認した場合、あなたがたはインド攻撃の口実を失うはずです。さらに、伝えられるところのあなたがたの宣言〔一九四一年十二月八日のアメリカ・イギリスに対する宣戦布告〕は、あなたがたの無慈悲な中国侵略と矛盾しています。

あなたがたが、もしインドから快く歓迎されるものと信じていられるなら、幻滅の悲哀を感じることになるだろうという事実について、思い違いのないようおことわりしておきましょう。イギリスの撤退を要求する運動の目的と狙いは、インドを解放にすることによって、イギリスの帝国主義であろうと、ドイツのナチズムであろうと、あるいはあなたがた日本の型のものであろうと、いっさいの軍国主義的・帝国主義的野心に抵抗する準備をインドがととのえることにあります。もしわたしたちがそれを実行に移さなければ、わたしたちは、非暴力こそ軍国主義精神や野心の唯一の解毒剤であることを信じていながら、世界の軍国主義化をただ傍観しているだけの卑怯者になり果てるでありましょう。

(略)

あなたがたからわたしの訴えに応えを期待するのは、イギリスから応えを得るよりもはるかに望み薄です。イギリス人は正義感を失ってはいませんし、また彼らのほうでもわたしを知ってくれていると思います。わたしは、あなたがたを判断できるほどよく存じ上げてはおりません。これまでわたしが読んだすべてのものは、あなたがたはいかなる訴えにも耳を傾けようとはなさらない、ただ剣にのみ耳をかす民族だと語っています。そのように考えるのはあなたがたをはなはだしく誤解していることでありますように、そして、わたしがあなたがたの心の正しい琴線にふれることができますようにと、どんなにか念じていることでしょう! ともかく、わたしは人間性には相反応し合うものがあるとの不滅の信念を抱いています。その信念の力のゆえに、わたしは、インドでいまにも乗り出そうとしている運動を考えています。そして、あなたがたにこの訴えをするようわたしをうながしたのも、他ならぬその信念です。

あなたがたの友であり、その幸いを祈る者である

M.K.ガンディー

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