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日蓮本佛論の構造と問題点(一)―恵心流口伝法門との関係を視点として―

(所報第32号:133頁〜)

早坂鳳城(現代宗教研究所主任)

はじめに

「日蓮本佛論」とは、言うまでもなく日蓮聖人(以下、日蓮という)を本佛と仰ぐ教説であるが、それが法華経や御遺文を歪曲したものであることには贅言を要しまい。日蓮を久遠元初自受用報身佛の再誕、末法の本佛とする、日興門流富士大石寺派の主張であり、室町以降の石山数学はこの日蓮本佛論を中心に展開したと言われている。

小稿は、この「日蓮本佛論」成立の背景について、従来よりその関係が指摘されている恵心流中古天台口伝法門との相関を検討することを通じて、論究せんとするものである。

日蓮本佛論は、大石寺の所伝によれば、日興に始まるという。しかし、日興の確実な著作とされる『御遺物配分事』には、

御本尊一躰釈迦立像1(1)

 『興波木井實長書』には

仏は上行無辺行浄行安立行の脇士を造副進せて久成之釈迦に造立し進せ給べし2(2)

などとあり、興尊が久成釈尊を本佛とみていることは疑いない。

日興の弟子日目の跡をついで大石寺四世となった日道の『三師御伝』にも、

  日蓮聖人云本地ハ寂光地涌大士上行菩薩六万恒汀沙上首也、久遠実成釈尊之最初結縁令初発道心之第一御弟子也3(3)

とあり、日蓮を本佛とみる思想の形跡は見当たらないと言ってよい。

 抑も、九世日有に至るまで、大石寺に教学と呼ばるべきほどのものが存在したかどうかについては、否定的に論ずることすら可能である。

 開山日興は、大石ヶ原法華堂を開いて二年後には、重須北山に所を移し、本門寺根源として、その活動の中心拠点としている。

 興尊の滅後は、本六(長老)の筆頭日目が天秦に上京、不在中に、新六筆頭日代と弟子日妙と組した大檀那石川一族との間に争いが起き、西山本門寺が分立するに至っている。

 興尊の滅後十ヶ月にして、目師も旅先で入滅、大石寺蓮蔵坊の跡目相続について、日郷・日道の争いが起こり、その後両派の争議は七十年にも及んだ。その間北山本門寺は石川一族の外護で日妙を擁立し、西山本門寺は日代を擁き大内一族が外護、久妙両山(小泉久遠寺・保田妙本寺)は日郷を擁し南条一族、笹生一族が外護して、発展していったのである。

 各山本末の発展に比して、大石寺は日道以降衰退の一途をたどった。

 こうした暗黒時代にあって、大石寺九世日有は、自山顕彰の為に、板本尊を偽作するに及び、種脱勝劣の立場から日蓮本佛論を創唱するに至るのである。すなわち『化儀抄』において、

  一、当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし、仍テ今の弘法は流通なり、滅後の宗旨なる故に未断惑の尊師を本尊とするなり4(4)…

  一、当宗には断惑証理の在世正宗の機に対する所の釈迦をば本尊には安置せざるなり、其ノ故は未断惑の機にして六即の中には名字初心に建立する所の宗なる故に、地住己上の機に対する所の釈尊は名字初心の感見には及ばざる故に、釈迦の因行を本尊とするなり、其ノ故は我レ等が高祖日蓮聖人にて在すなり、……5(5)

などと主張している。

 しかし、日有の日蓮本佛論は教学的にまだ聖束したものではなく、日蓮本佛論が現今みられるようなものに完成され、石山教学が確立するには、二十六世日寛を俟たねばならなかった。6(6)日寛は、大石寺派の独自性が薄れ、北山・西山の両派に埋没してしまうことに危機感を持ち、自派の教学を宣揚するために日蓮本佛論を主張するに至ったものであろうと思われる。

      二

 さて、日蓮本佛論の思想的基盤には、恵心流中古天台の口伝法門に依拠するところが多いことは夙に指摘されているところである。

 いま、試みに、中古天台に於ける各論師の著作の中から、日蓮本佛論が依拠したであろう説論の幾つかをアトランダムに上げてみよう。

俊範『一帖抄』

  問テ云ク。今止觀ハ顯ハス二天ノ台ノ内證ヲ一歟。自リレ佛相二承スル之ヲ一歟。

傳テ云ク。諸佛ノ内證ノ秘密ノ事アリ。是止觀也。故ニ釋尊ハ一代ノ間ニ不レ出シタマハレ之ヲ。説教ノ事畢テ後。於リ二金舘一出ス二兩足ヲ一是止觀也。迦葉存スレ之。以テノ二天台大師ノ今己心中ノ所行ノ止觀ヲ一故ニ。@有リ二教觀ノ二一。教ノ相承ヲ云フ二法華宗ト一。己心中ノ所行ノ止觀ヲ云フ二天台宗ト一。7(7)

豪海『蔵田抄』

  天台大師教觀ノ有リ二相承一。教A相ハ佛ヨリ傳フレ之ヲ。常ノ如シ二相承ノ一。己心所行ノ止觀ヲハ大師獨リ顯スレ之ヲ。大師ノ流二傳ソ内證ヲ一名クニ天台宗ト一。佛ノ説教流傳ソ名ク二法華宗ト一。此ノ教觀ノ相承ハ獨リ門流ニ相承スル也

尋テ云ク。何ナルヲ名ル二天台ト一耶。

傳テ云ク。止觀宗是也。伺ヘバ二釋ノ意ヲ一天トハ者巓ナリ。元氣未タレ分レ。台トハ者星也。天ノ三台星是也。此星鎭ニ居スレ天ニ。B天ト星ト同時也。天ハ止也。台ハ觀也。止觀同時也。天台即テ止觀也。未分ノ天處ニ三台星ヲ雙テ。豈ニ寂照同時ニ非スヤ。止觀ヲ事ニ顯ス姿是也8(8)。

尊海『二帖抄』巻上

  仰云於二止觀ニ一宗旨宗教ノ二ノ相傳有リレ之。宗C旨トハ者三千三觀ノ己證也。天眞獨朗ノ止觀ハ宗旨也。止觀ノ宗旨ヲ以テ天台宗トモ名レ之ヲ也9(9)。

尊舜『二帖抄見聞』巻下

  附文行相ノ二種ノ止觀有レ之。附文ハ宗教。行相ハ宗旨也。其行相ト者ハ一心三觀一念三千也。或ハ一佛不現前ノ法體。法界縁起ノ内證。以テ二前代未聞ノ止觀ヲ一名ク二宗旨ト一。一佛出世ソ轉タマヒテ二四教五時ノ法輪ヲ一以來ヲ取ル二宗教ト一也。或ハ大D師己心所行ノ内證ヲ宗旨ト云ヒ。借ル二經論ノ説ヲ一方ヲ宗教ト云也。或ハ宗旨ハ天台宗。宗教ハ法華宗ノ分トモ分別スル也

尋テ云ク。法華宗ト天台宗トノ不同如何。

仰テ云ク。於テ二止觀ニ一教學觀學ノ相承不同也。教E學ノ血脈ト云ハ。大覺世尊迦葉阿難等ト傳ヘ二二十三祖ニ一乃至惠文南岳等ト傳ヘ受ルハ宗教ノ分。法華宗ノ相承也。多實塔中ノ大牟尼尊ヨリ直ニ傳ヘ二惠文南岳ト一乃至末F代ノ今ニ至リテ開ケバ二一念三千ノ悟一靈山一會儼然未散ソ直ニ従リ二塔中ノ釋迦一傳ルヲ二某甲ニ一云フ二觀學ノ血脈ト一也。天台宗ノ分也。仍テ以テ二教觀ノ相承ヲ一両宗ノ異ヲ分別スル時。一義ニハ就キテ二天台ノ判釋ニ一三大部ノ能釋不同也。玄G義文句ハ法華宗ノ分也。止觀ハ天台宗也。サレハ天台宗ト云ハ止觀宗ト云事也ト習也。…中略…

一義云。宗教トハ者一代ノ説教ヨリ乃至至ルマデ二當根ニ一一偈一句ヲモ聴聞シ。能所封論スル分ハ皆是宗教也。天H眞獨朗ノ内證ニ直達スルハ宗旨也10(10)。

等海『等海口伝抄』第四

  心賀ノ御義ニ云。於テ二止觀ニ一宗旨宗教ノ二ノ相承有レ之。宗I旨トハ者天眞獨朗也。智ノ一心三觀也。此ノ止觀ノ宗旨ヲ云フ二〔止觀〕大旨ト一也。

…中略…

宗J旨トハ者一念三千也ト釋シタマヘリ。以テ二止觀ノ宗旨ヲ一名クル二天台宗ト一也。11(11)

『同上』第四

  尋テ云ク。前代未聞ノ止觀ト観ハ者。依テ二法華ニ一立ツルレ之ヲ歟。心賀ノ御義ニ云ク。止ニ云ク。此ノ之止觀。天K台智者説キタマヘリ二己心中所行ノ法門ヲ一矣。内證不思議ノ止觀ナル故ニ。別ソ依トハ二法華ニ一不レ可カラレ定ム。天台ノ宗義トハ者。天眞獨朗ノ體也。天眞獨朗トハ者。前代未聞ノ止觀也。説己心中所行法門トハ者是也。本覺ノ三千也。天台宗ト者ハ元氣未分ノ處ニ立テタルレ之ヲ宗也12(12)。

 以上に説かれているのは云うまでもなく止観勝法華の法門であるが、そこには天台宗勝法華宗の主張がなされており、つまりは止観天台勝釈迦法華の解釈がなされていると云え、特に、BHKにおいては天台勝釈迦の主張が謳われていることが領解されるところである。

      三

 筆者は、或る天台宗教師から、仙波檀林の口伝に「天台本佛・釈迦脱佛」の思想がある旨の教示を受けたことがある。もしこれが事実であるとすると、石山教学に於ける日蓮本佛・釈迦脱佛の主張は、これを換骨奪胎、というよりは、盗用した教説である蓋然性が高いであろう。13(13)

一海の『八帖抄見聞』には

  相承ノ口傳ト者ハ。今師金口ノ相承也。金口ノ相承ハ。佛ヨリ大迦葉乃至我等マデモ相傳ス。是レ教學ノ血脈也。次ニ今@師ノ相承ト者ハ。天台ノ開悟ノ御内證ヲ爲ソレ本ト見レバ。南岳ノ内證ニモ不レ違ハ。南岳ノ内證ハ惠文ト同シ。乃至佛ノ内證マデモ不ルヲレ背カ今師ノ相承ト習フ也。此天台ノ内證ヲ爲ソレ本ト。直授ノ相承有リレ之。是ハ観學ノ血脈ノ次第也。14(14)

とみえ、等海の『等海口伝抄』第四にも

  今師トハ者指ス二天台大師ヲ一也。今ノ釋ハ金口今師共ニ。釋スルナリ二經巻相承ノ方ヲ一。今師ノ相承ニハ。知識經巻ノ二ノ相承共ニ有ルレ之也。而ルニ知識經巻ノ相承共ニ天A台ノ今師トy。此ノ今師ヲ爲シテレ本ト作ル二相承ヲ一事ハ。今師ノ内證ノ止觀ノ外ニハ。無キ二三世ノ諸佛ノ師ハ一也。止觀ハ是三世ノ諸佛ノ師。本佛行因ノ相也。故ニ今師ヲ爲ソ二元祖ト一。列ヌト二〔知識〕經巻相承ヲ一習也云15(15)

とあり、また、

  俊範ノ御口傳ニ云ク。當流至極ノ大事也。今本文ヲ不トハレ習ハ者。何ノ處ニカ可レ有ルレ之耶。弘ニ云ク。在テレ因ニ必ズ籍ス二師保ニ一。果滿スレハ稱ソ爲ス二獨悟ト一。以テ二此ノ因果ヲ一。共ニ爲ス二諸師所承ノ元祖ト一矣。此ノ釋カ口傳ノ文ニテ有ルレ之也。傳フル二解行ト一機ハ。従リレ因向カフレ果ニ人ナル故ニ。有師ノ所ヨリ論スル二師保ヲ一也。果滿稱爲獨悟ノ處ヲ直行スル人ハ。無師ノ處ヲ直行スル也。此ノ人ハ果B滿ノ直悟ヲ直ニ爲ス二元祖ト一。論ズル二相承ヲ一也。所詮以テ二此ノ因果ヲ一。共ニ爲スト二諸師所承ノ元祖ト一云處ヲ口傳ソ。今師ノ相承ノ知識相承。不ルレ絶エ處ヲ習也。直ニ果滿ヲ爲ス二元祖ト一。自リレ是レ天台直ニ傳タマフ二三観ノ秘法ヲ一。若シ然レバ者天台巳來ハ。亦知識相承更ニ無シ二断絶一。今ハ先ツ如シレ此ノ。果滿ノ處ヲ直ニ爲スル二元祖ト一證據ヲ以テ。出スヲレ之ヲ口傳トスル也。此ノ外ニ天台ハ直果滿ノ如來。塔中ノ金言ヲ直授シテ。相承不ルレ絶エ證據ニハ。自他宗無キ二異論一文證可シレ出スレ之ヲ。

ともみえる。

 金口・今師の二つの相承を立て、金口相承は釈迦佛より大迦葉等々を経て天台の末師に至るまでの教学の血脈とし、今師相承は天台の開悟の内証としての観学の血脈であるとする(@)。金口相承は従前向後の相承であるのに対し、今師相承は従後向前の相承であり、今師たる天台を本とした相承であって、今師の内証の止観は、三世諸仏の師であり、本佛行因の相である(A)。従って、今師たる天台は果滿直悟の元祖である(B)とする。

 ことここに至れば、「天台本佛・釈迦脱佛」への距離はあと一歩であると言って差し支えないであろう。仙波檀林に「天台本佛・釈迦脱佛」の口伝法門が存在していたとしても、不思議ではあるまい。

 仙波檀林に天台本佛説が存在していたと仮定して、日蓮本佛論と対比して図示してみると、次のようになるであろう。

※天台本佛・釈迦脱佛

※日蓮本佛・釈迦脱佛

 仙波檀林において天台教学の伝統に則って教観二門で捉えられているところを、正・像・末の三時に読み替えた上で、種・熟・脱の三益に改めて配当し直せば、日蓮本佛論の粗型が出来上がるのである。

      四

 次に、中古天台口伝法門にみられる用語と石山教学の日蓮本佛論にみられる用語との関係、関連についてみてみよう。

 周知の如く、日蓮本佛は「久遠元初自受用報身佛」と表現されるところであるが、『一帖抄』には

  自受用報身如來ハ。以テ二顯本ヲ一爲ス二正意ト一也17(17)。

とみえ、また、『二帖抄』巻下に、

  以テ二報身ノ自受用ヲ一爲スト二顯本ノ正意ト一相傳スル也18(18)

などとみえる。自受用報身をもって本佛とするのは、まさに中古天台の口伝法門の焼き直しに過ぎないのである。

 石山教学では御本尊七箇之相承として、「七箇の大事は唯授一人の秘伝なり19(19)」などとして、七箇相承、七箇の大事を主張し、これを日蓮から日興ただひとりに伝授された法門とするのであるが、「七箇相承」、「七箇の大事」も中古天台口伝法門にしばしば用いられる用語である。例せば、

  山家大師

  傳法要偈四箇大事   一心三観

心境義

止観大旨

法華深義

  寂光大師

  略傳三箇大事   圓教三身

常寂光土義

連華因果

  心賀ノ御義ニ云ク。略傳ノ三箇ノ大事ハ。開二出スト於法華ノ深義ヨリ一習フ也。取リ二合ハセテ四箇三箇ヲ一。爲ス二七箇ノ大事ト一也。傳法要偈ニ日ク。稟ケ二止觀ノ大旨ヲ一。學シ二法華ノ深義ヲ一。諮ヒ二一心三觀ヲ一。具ニ受ク二心境義ヲ一。兼テ稟ク二達磨ノ法ヲ一矣。略傳ノ文ニ云。圓教三身。常寂光土義。連華因果矣20(20)。

(『等海口伝抄』)

傳テ云ク。當流相承ノ次第ハ。義科宗要ノ上ニ七箇ノ大事ヲ習フ。前前ハ當流天台法華宗相承血脈ノ目録トテ。四五紙ノ巻キ物有リレ之。此ノ書計ニテ前代ハ習畢ヌ。是ハ七日精進ソ傳授スト云…

…中略…

(七箇ノ相承事)

傳法要偈ニ云ク。稟ク二止観大旨ヲ一。學シ二法華ノ深義ヲ一。諮ヒ二一心三観一。具ニ受ケ二心境ノ義ヲ一。兼テ稟ク二達磨ノ法ヲ一

口傳ニ云ク。學法華深義ノ下ニテ法華ノ大旨。涅槃ノ大綱ヲ口傳シ給ヘル時。法華ヲハ一切皆蓮華ト口傳シ。涅槃經ヲハ一切皆寂静ト相傳シ給ヘリ。學法華深義ノ下ニ。適學佛性旨ノ相承ト云フ是也。二經勝劣ノ算ノ下習也21(21)(『八帖抄見聞』)

仰云此二帖鈔ト云ハ仙波ノ圓頓坊ノ法印。粟田口ノ常樂院ノ心賀法印ノ方ヨリ面授口決シ給ル處ノ。一家ノ大事也。其一宗ノ大事ト者ハ七箇ノ相傳也22(22)(『二帖抄見聞』巻上)

一義ニ云ク。座主トハ必シモ不レ可カラレ限ル二道邃行滿ニハ一。初メ従リ二南岳天台一至ルマデ二當今ニ一七箇大事ノ相承ノ師ヲバ皆可キレ稱ス二座主ト一也。傳法ノ書トハ者不シテレ可カラレ限ル二傳法要偈ニハ一指ス二七箇ノ相承ノ諸釋ヲ一也。23(23)(『二帖抄見聞』巻下)

などがあげられよう。

 また、石山教学の切紙二箇相承には、次のような中古天台の切紙相承が影響を与えたのではないかと思われる。

師云ク。口傳ニ云ク此ノ頌ハ塔中相承ノ口傳也。代々不レ載セ二紙面ニ一也。只境ノ一心三観。智境同體ノ一心三観等云テ授ケ來ル也。總ジテ血脈ノ後ニ印可ノ状トテ代々授リレ之ヲ。サレハ惠心都率ニ授ケ玉フ状有リレ之。都率蓮實房ニ授ケ玉フ状ハ不レ知ラレ之ヲ。今此頌ハ蓮實坊ノ中島院主長豪ニ授ケ玉ヘル頌也。長豪巳後ハ紙面ニ載ルレ之ヲ状ヲ頌ト云也24(24)(『八帖抄』)

相承ト云フモ。一心所具ノ妙法カ修徳顯現ノ佛ト示ソ相承トスル也。此事ハ當流ノ嫡流カ白紙しらかみノ口決ト云事ヲ相傳スル時顯ル、事也云

…中略…

當流ニハ第一ハ迹門。第九ハ本門ト云フ義勢如シレ上ノ。付シテレ之ヲ嫡流ノ相承ニ。第一第九ヲ書キ給ヘル一紙ノ脈符有レ之。深秘ノ口傳也25(25)(『八帖抄見聞』)

  一紙口決云

諸法融妙ニソ 二法未ダレ生ゼ 住ソレ一ニ顯スレ一ヲ

三諦無シレ形 倶ニ不ヲレ可カラレ見ル 名ク二境ノ一心ト一

此ノ一心ハ即チ 天眞獨朗ナリ 三千法爾ナルヲ

名ク二智ノ一心ト一 此ノ智ハ三千ナリ 本有長壽ナリ

此ノ壽作用ナリ 四安樂行ナリ 是名ク二観心ト一

以テ二此ノ妙法ヲ一 付属スル而巳26(26)(『等海口伝抄』第二)

 ところで、『等海口伝抄』第十二には、

  心賀ノ御義ニ云ク。本門壽量ノ心ハ。以テ二無始無終本覺ノ佛ヲ一爲スレ本ト。故ニ無始無終ノ本有ノ釋迦ニテ可シレ有ルレ之。別ニ尋ルモ二釋尊ノ本師ヲ一無用也。有ル二無窮ノ失一上ヘハ可キレ成ル二始覺ト一故也。27(27)

とある。無始無終の本覚の仏は本有の釈尊であり、その他に釈尊の本師を尋ねるのは、無窮の失を犯すものであって無用であり、始覚の釈尊を本師とすべきであるとの主張であるが、石山教学の「久遠元初」の自受用身の説は、こうした教説と類似した思考構造を有していると言えるのではないだろうか。

 さらに、『等海口伝抄』第十二には、

  當流ニハ住前ヨリ習フ二智ノ一心三観ヲ一故ニ。本因妙有リト二住前ニ一習フ也。而ニ約ソ二菩薩界ニ一論ジ二本因本果ヲ一。約ソ二佛果ニ一論ズル二本因本果ヲ一不同ヲ可キ二習ヒ分ク一也。28(28)

として、五十二位のうち住前を本因妙の範囲として、菩薩界に約して本因本果を論ずることを説き、

  俊範ノ御義ニ云ク。釋尊ノ本因ノ行ト者ハ。不輕菩薩也。此ノ菩薩ハ教二導シタマフ本來有善ノ者ヲ一方ハ化他也。有リテ二界内ノ穢土ニ一修二行スル止観ヲ一方ハ自行也。是ヲ名クル二本佛行因ト一也。本因ノ行ノ時ノ能化ノ佛者トハ。止観ノ本尊也。實相也。一心三観也。阿彌陀也。無作ノ三身也。能化ノ本佛モ無作ノ三身也。本果ノ佛ト云フモ成ル二此佛ニ一也。無作ノ三身トハ者。別ニ無キレ名モ佛也。故ニ經ニモ釋ニモ不レ出ダサ二其ノ名ヲ一也。實ニ伊ガ所モレ存スル此ノ定カニテ有ルヤレ之不ルレ審カナラ也。而ニ本佛ノ名モ有リレ之。其ノ佛ノ種子モ有レ之。返ス返スモ秘事也。29(29)

と、「本因行の時の能化佛」は畢竟「無作三身」であって、「本果佛」もまた同様であるとの主張がなされている。

 もともと「本化の菩薩」である日蓮が「本因妙の教主」であり「本佛」であるとする石山教学は、こうした考え方を継承し発展させたものであると推測されるのである。

 以上の他にも、石山教学でしばしば強調され用いられる「唯授一人秘すべし」や「五百塵点劫当初」などの言い回しも、

 『等海口伝抄』第十一の

  嫡流一人ノ外ニ更ニ無シ二口外一。當流深秘ノ口傳也。30(30)

や『同』第十二の

  静明ノ御義ニ云ク。世間ノ學匠ハ。五百塵點ノ最初ノ實成ノ事成ノ時分ヲ。云ヒ二本實成トモ一。云フ二顯本トモ一也。其モ顯本ノ其ノ一也。擧ル二事成ノ本ヲ一事モ。爲ノレ顯ンガ二無作三身ノ本ヲ一方便也。31(31)

などの表現を踏襲したものである可能性があろう。

 以上の恵心流中古天台口伝法門と石山教学日蓮本佛論との用語上の関係、関連について整理して図示してみると次のようになる。

      おわりに

 如上の考察は、必ずしも充分なものではなく、石山教学の日蓮本佛論が恵心流中古天台の口伝法門を基盤として成立したものであることを十全に論証し得たものではないが、従前にも指摘されてきた両者の関係をある程度明らかに出来たのではないかと思う。

 今後は、更に両者の関係を詳細に検考するとともに、日蓮本佛論自体の有する構造上の問題点について、因果論、本迹論、久遠論、佛身論等の観点から明証的に研究したいと念じている。

1(1) 『日蓮宗宗学全書』二巻一〇七頁

2(2) 同右・一六九頁

3(3) 同右・二五三頁

4(4) 『富士宗学要集』一巻六五頁

5(5) 同右・七八頁

6(6) 『日蓮宗事典』三〇二頁

7(7) 『天台宗全書』九巻四〇頁下

8(8) 同右・七〇頁上

9(9) 同右・一三三頁下

10(10) 同右・二四九頁上―下

11(11) 同右・三七九頁下

12(12) 同右・三八一頁下

13(13) 由比宏道氏もその著『毒鼓の縁』に於いて「日蓮本仏思想は元来、天台本仏思想の移行した即ち天台を日蓮に置きかえた法門」(二〇八頁)と指摘している。

14(14) 同右・三三三頁上

15(15) 同右・三八五頁下

16(16) 同右・三八八頁上―下

17(17) 同右・四三頁下

18(18) 同右・一四二頁下

19(19) 『日蓮正宗聖典』三八〇頁

20(20) 『天台宗全書』九巻三四三頁下

21(21) 同右・三一九頁上

22(22) 同右・一六〇頁上

23(23) 同右・二六二頁下

24(24) 同右・三一七頁下

25(25) 同右・三四〇頁上―下

26(26) 同右・三五八頁下―三五九頁上

27(27) 同右・五〇二頁下

28(28) 同右・五〇一頁下―五〇二頁上

29(29) 同右・五〇二頁上

30(30) 同右・四八一頁上

31(31) 同右・五〇四頁下

32(32) 本図の作成に当たっては由比宏道前掲書二〇五頁所収の図を参考にした。また、本図は対照教義の内容に於いて興門と他山では、異なる部分がある。特にここでは江戸中期以降日寛が確立した教学を指すのである。

※本稿は、平成九年十月二十四日、立正大学において開催された第五十回日蓮宗教学研究発表大会において発表したものに加筆したものである。

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