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教学の現代化について

(現代教学へのアプローチ)

町 行象(明正教会担任)

教学とはなんぞや−これだけで大変なテーマである。既に先師先学の残した膨大な業績があり、概観するだけでも大変なうえそれをまともに論じるのも私の能力の及ぶ範囲ではない。そこで教学の問題はさておき、現代化に比重をおいて考えてみよう。

ところで現代化できない教学とはいったい何なのだろう。現代とは無縁に研究所で一定の学問的方法のもとで考究されたり、あるいは代々伝えられてきた“お宝”として土蔵に奥深くしまわれたり、床の間に飾られたりするものではあるまい。

仏教史上日蓮聖人ほど「時」を重要視して宗教的活動を展開した人はいない。鎌倉時代という歴史的社会を仏教史観で位置づけ、そしてその歴史的社会との関わり抜きには聖人の教学は論じることはできない。聖人の教学とは単なる学的体系を言うのでなく常に現実社会への働きかけを前提として成り立っている*1。そこであえて「教学の現代化」という場合多分に批判の意味合いが込められている。閉鎖的社会で内向きに語られるのでなく、時代の動向を反映し社会のニーズに答えられる−そんな教学が求められている。

教学を現代化する場合様々な方法が考えられるだろう。

一、教学を支えている根本資料としての法華経・御遺文を歴史的所産として相対化し、時代に適応できないものとして、その「こころ」を継承して現代風にアレンジもしくは全く新しく構築し直す方法。

二、教学とは究極的救済システムで不変であるからその説明様式として、専門用語を使わないで現代人に分かりやすく翻訳する方法。または現代思想と比較して類似点を指摘する方法。(いわゆるニューサイエンスにおける仏教・東洋思想の取り扱い方。)

三、教学と教化学を截然とジャンル分けしそれぞれ独立して研究する。教学の現代化とは教化学に力点をおいて考える方法。

一、の場合、一種の観心思想であり法華経や御遺文の権威の低下を招き、釈尊や日蓮聖人に対する帰依渇仰尊崇の念が希薄化し教学自体が自己崩壊しかねない。

二、の場合、原文である教学と翻訳する現代語(現代の思想・風潮・傾向等)との両方に精通していることが前提であり、多大な能力を要する。誤訳や主観の思い入れの危険性が伴う。布教の現場ではよく行われているが。

三、の場合、教学と教化学の分業化は果たしてうまく行くのだろうか。伝統的な正宗分流通分という考え方に敢えてあてはめてみると教学が正宗分、教化学が流通分に相当するのだろう。正宗分の歴史的生成発展力が流通分であるように流通される当体は常に正宗分である。両者は不可分の関係である*2。よって教学なき教化学はあり得ない。単なる方法論的技術論におちいる。

以上の方法が考えられるがいずれにしろ目下のところ私の手に余る。第四の方法もあり得るのではないか。私は本稿では次の立場で論じたい。

日蓮聖人の教えを奉ずるひとりの信仰者として時代とどう関わり合っていくのか。 

法華経は釈尊の真意を説かれた唯一の経典であり、すべての人々が最終的に帰依すべき聖典である。そして法華経を説かれている釈尊の世界を現実に躍動している世界としてとらえ、そこに参入するにはお題目を唱える以外方法はない。唱題によって生じる釈尊との親子一体の血肉的つながりこそ絶対安心の境地であり、そこに展開する聖なる空間こそ人々の究極的至高の世界である。*3

かく信ずる者が現代の問題とどう関わり合っていくのか。現代の問題をどこまで自己の問題としてとらえ、現代に生きる人々と共有できるか。更に願はくはマスコミによって災害や事件で報じられる被災者や被害者の苦しみ悲しみをどれほど共感できるか。理性より感性を。論理的思考より想像力を。枯渇した教学に情念の復活を。時代の苦悩をどこまで自己の痛みとして感じられるか。自信はないがそのような試練を課するしか教学の現代化は私にとってはあり得ない。一僧侶として一市民として正直に現代に生きて今回のテーマ「科学と宗教」に即して考えてみたい。

科学と宗教

仏教はインドで興起し中国・朝鮮半島を経て、我が国に根付くまで様々な文化異宗教と出会いある時は衝突しながらも、その国や地域の民俗習慣を取り入れながら融合し今日に至っている。祖霊を祀る習俗として。欲望をかなえる呪術として。抑圧された民衆のひとときの安らぎを与える現実逃避剤として。また我が国特有の御霊信仰*4に対する浄化装置として。またその時代時代の考え方に影響を与えつつ、逆にその時代の社会通念・思想にも刺激され自己発展してきた。氏族のアイデンティティーを供する氏寺として。鎮護国家のための護国仏教として。本宗においても中古天台の本覚思想*5、江戸時代の古学*6の隆盛にともない儒教や神道と、明治以降は国家主義*7などと交渉しながらその時代の衣装をまとってきた。そして幾重にも衣装をまといすぎて原像が見えにくくなっているのも現実である。そこで衣装をはがし原像に迫る作業と過去に纏った一つ一つの衣装を点検することも必要であろう。しかしここでは現代の衣装を纏った仏教を点検してみたい。

そういった意味では今日もっとも影響を与えているのは科学思想であろう。現代において教相判釈を論ずる場合、科学という座標軸を付け加えなければならないだろう。科学とどうつきあうのか。科学をどう取り入れるのか。究極的には科学と宗教は相容れないものなのか。それとも未来においては「オウム真理教」や「幸福の科学」が標榜するがごとく真の宗教は科学であり、宗教と科学は融合し一つになるのか。

さて一口に科学といっても中国・イスラム・インドのそれぞれの文明における科学があるが、ここでは一応西欧近代科学といっておこう。

幕末「黒船ショック」で太平の夢を醒めさせられて、日本人が見たのは近代技術を備えた西洋文明の圧倒的な力であった。隣国、清のアヘン戦争の敗北によって我が国は欧米列強の植民地化の脅威にさらされ、余儀なく開国に至った。そして明治政府によって殖産興業・富国強兵のスローガンの元に、西洋の科学・技術を導入しひたすら近代化の道を歩んできた。

本来科学の英仏語(science)はラテン語(scientia)に発し”知ること”を意味し、ガリレオ*8・デカルト*9やニュートン*10が活躍した十六・七世紀には哲学・思想・宗教未分化の幅広い知的活動全般に用いられていた。それが十九世紀後半に様々な分野−物理学・生物学・科学・博物学・地質学・・・・に専門分化した学問領域に限定されトータルな視野を失い、明治初期西周*11によって様々な「科」からなる「学」問−「科学」と訳された。我が国に伝来した当初はあくまでも自然を考察する一つの「科」の学問にすぎなかった科学が、今日では広く現代人の人生観・世界観まで支配するに至っている。その思想の元に生まれた科学技術は医療の分野から私達の日常の便利な生活、果ては宇宙への夢を乗せて人類全体を巨大な科学技術文明へと向かわせている。

産経新聞社刊「未来史閲覧」によると、科学技術の加速的な進歩は、現在の我々にとって途方もないと思われる夢が案外実現間近と言った状況を作り出しているという。生命科学者七〇〇人の「老化研究の予測」によると、二〇一八年にヒトの遺伝子はすべて解明され、二〇二二年には遺伝子導入により、人間の老化も制御され二〇〇歳まで生きられるという。又一九九〇年、大成建設は自社の技術フェアで未来の超超高層建築−高さ四〇〇〇メートル、下部の直径約六キロ、居住人口五〇万人のプランを打ち出した。又地下空港の計画も進められている。トンネル外径五〇〜五六メートルを定員四〇〇名のジェット旅客機が東京・大阪間を五〇分で飛び、騒音対策上また天候に左右されないメリットがある。ちなみに実験飛行機の名前を「とび・もぐら号」という。

いずれにしても現在の我々は科学技術の恩恵なしでは一日も生きていけそうもない。知らず知らず快適な旅を続けている我々を乗せたこの科学技術という列車は果たしてどこへ行くのだろう。突然暴走して破滅するのではなかろうか。スピードに酔いしれてばかりいられない。止めて点検することが不可能ならせめてブレーキをかけてスピードを落として、新たなレールを模索することはできないだろうか。そこに宗教の役割がありそうである。少し先走りすぎたようだがそもそも科学と宗教はどういう関係なのだろう。どういう関係が望ましいのであろう。

「聖書」と「自然」という二つの書物

科学史を概観する余裕はないが、大ざっぱに言うと、科学の淵源は占星術・錬金術や古代ギリシャ思想に発するが今日までの科学の発達はキリスト教の影響抜きには語れない。

仏教と違い天地創造の神をたてるキリスト教文明においては、当然自然の探求はその創造した神との関係に規定される。イギリスのティムが一六一二年に書いた次の一節は当時の自然探求者の基本的な姿勢を語っている。

天と地を生み出した全知全能の創造主は、二冊の最も重要な書物をわれわれの目の前に差し示された。一冊は自然という書物であり、もう一冊は聖書である。

宗教と科学は一体となっており、聖書への信仰と自然探求が何の矛盾もなく行われていた。宇宙とは神が創造した偉大なる作品であり、絶対完璧である故コスモス(秩序)を持っていた。ニュートンにとってそしてその作品は数学で書かれていて力学的法則に支配された調和の世界であり、神は偉大なる数学者であった。その作品の数学的解明によって有名な慣性の法則・加速度の法則・作用反作用の法則が発見された。

また神は偉大なる機械制作者でもあった。デカルトは『方法序説』において

人体は、神によって作られた、完璧な秩序と見事な運動能力を持つ一つの機械である。

と述べそして研究する方法として

明らかに真であると認められるもの以外は、一切を拒否せよ。対象をできる限りの小部分に分割せよ。思考に順序をつけよ。

と述べ、その機械論的世界観や経験論的、要素還元的思考が今日まで多大な影響を与えている。

しかし自然の探求が机上で形式論理学的に行うのでなく、観測機器の発達により、実際の天体を観測したり、実験室で実験観察を繰り返しデータを分析していくうちに神の作った自然と聖書という二つの書物の違いに少しずつ気がつくようになる。全知全能なる神の二つの作品がほころび始めたのである。そのような中からあの有名な「地動説」が様々な弾圧を経て、ついには教会の呪縛から解き放され広く認められるようになった。そして「世俗化」という歴史の大きなうねりの中で十八世紀の啓蒙主義者達*12によって科学は宗教の親元を離れ独立、以来ひたすら技術に奉仕する科学として今日に至っている。

科学の宗教化−神なき宗教−

親元を離れた科学は次第に親を凌駕しその座を脅かし始める。科学は教会の権威が支配していた、いわゆる「暗黒の中世」を照らす「理性の光」であった。そしてその影響力を大衆に駆使し始める。古川安氏の『科学の社会史』から少し長くなるが引用してみよう。

科学の宗教離れは、とりあえずは科学を実践する者たちに直接かかわる問題であり、科学に携わらない一般の人々の問題ではないかもしれない。それでは、啓蒙思想家が科学知識の普及を対象とした一般の人々のレベルで科学はどう受け取られたのであろうか。啓蒙主義の文化史的意味を考えるうえで、これは興味をそそる問題である。

フィロゾーフ*13たちの流布した啓蒙主義は「科学教」ともいえる一種の科学主義(scientism)の様相を帯びていた。フランス啓蒙主義者の一部には徹底した無神論者もいたし、後にはサン‐シモン*14やコント*15のように、キリスト教を捨て、科学を「神」と仰ぎ、「科学教団」を組織して教会を設立した科学教の聖者さえ現れた。こうした流れと呼応するかのように、大衆のレベルでも十八世紀を画して、科学はいわば彼らの新しい「宗教」になり始めていた。この時代、科学は一般大衆の眼前に以前とは比較にならぬほどくっきりとその姿を現し、彼らに憧憬と驚異の念を抱かせ、熱狂をもたらした。それは、いわば科学への民間信仰の訪れを象徴していた。(強調−筆者)

この新しい宗教は客観主義・普遍主義・還元主義などの教義を標榜し科学が絶対普遍の客観的真理であるという科学への信者を生み出した。その信者や末裔はあらゆる分野に今日も存在している。特に知識人に多いようである。

宗教の科学化

一方宗教も科学の洗礼を受けざるを得なかった。その教義の中から非合理・神秘的なものが排除され、合理的に科学的に解釈されるようになった。奇跡や超自然的出来事は否定され、もしくは文学的に比喩物語として扱われた。

近代合理化されたに日本においても例外ではなかった。仏教の根本的信条である「三世」も現世のみを重視し教義も倫理道徳と何らかわらなく論じられるようになった。本来は三世に亘って解釈すべき十二因縁(補注一)も現世のみあるいは刹那の一念において解釈しているのが大勢である。その結果本来の使命たる死後の世界を具体的に呈示することも出来ず、臨終に際しての心構えはおろか霊に対しても正しい付き合い方の指導もできず、葬儀法事が形式的儀礼に堕し、行事も習俗化している。新宗教にシェアを荒らされ、あいも変わらず手を変え品を変え、衣を変えて登場する霊感商法の悪どい輩の跳梁跋扈する土壌を間接的に提供している。

また積極的に宗教の方から科学に近づいて行く立場もある。実証的に原典批判*16を行う文献学*17である。

文献学の立場では御遺文の真偽判定などに際しては厳密に行うため、可能な限り科学的に資料を検討してもらいたいものだが、経典成立史上においてはあまり出しゃばってもらいたくないものだ。経典という大いなる意志によって有機的に統一されている統合体を言語単位に分解し、成立した歴史的社会の宗教・文化・言語あるいは政治経済・習俗のレベルに還元して経典を考察する方法には限界がある。そのようなものに還元しつくせない「なにか」が経典にはある。(といって教観相対を言いたいのではないが。)人間の体のごとく部分を寄せ集めても全体にならないように、常に全体は部分の総和を超える。近代科学の要素還元主義は近視眼的思考に陥り、法華経の全体的思考に反する。ましてや歴史性地域性を超越し経典の文字をとおして聞こえてくる釈尊の声に耳をふさぐような方法など本末転倒も甚だしい。

又科学的に宗教体験を客観化する立場もある。体験なき宗教は絵に描いた餅に過ぎず、いかに高度な教義たりといえども実践経験へとつながらなければ単なる観念論に過ぎない。宗教においては体験実践が重要視される。しかしいくら体験が重視されると言って独りよがりな独断と偏見に陥ってはならない。体験した人の数だけ宗教があってはならない。体験が特殊であればあるほど言葉を失う。そこで科学の客観性・普遍性の登場となる。

座禅や瞑想または聖なる言葉(マントラ)や同じ身体動作を繰り返すことによって生じる意識を生理的レベルで、電気的に捉え数量化・視覚化する。最近は機器のめざましい発達によって身体の微弱な変化も計測できるようになった。身心の相関性のもとで身体機能を筋電図・血圧・脳波などでモニターしながら、意識心理状態を自己制御し緊張を取り除いたり調えたり出来る。その成果は心理療法として臨床の場で生かされたり、あるいはオーム真理教の如く信者のマインドコントロールに悪用されたりもしている。

今日の科学では人間の精神活動も脳の働きに還元されて考察されるのが主流である。我々の宗教体験もやがて大脳生理学的に解明されるのであろうか。果たして我々の心の営みを数量化し、脳の物質レベルに還元し尽くされるのであろうか。今のところ快・不快などの感情の表層的なレベルであるが、やがて高次の宗教的感情ー法悦・感謝・回心・懺悔などというものまで客観化できるのであろうか、大いなる疑問である。体験を科学的に普遍化するのはわかるが、還元主義に陥り説明のプロセスで大事なものを見失うのではあるまいか。宗教体験の客観性、普遍性は科学で証明されるものでなく、あくまでも「教」の普遍性で証明されるべきである。

反近代科学としてのニューサイエンス

今世紀初頭「量子力学」*18によって従来の科学教の信者が信奉していた純粋客観性の神話は崩壊した。物質は私達の意識とは関係なく存在しているという前提が崩れたのである。皮肉にも近代科学の物質をより小さい単位で探求する要素還元主義が行き着くところまでいった量子の世界で証明されたのである。量子の世界では主観と客観は厳然と分けられないという。ハイゼンベルク曰く

「我々が観測しているのは、自然そのものではなく、我々の探求方法に映し出された自然の姿だ。」

近代科学の提供する自然は自然そのものではなく、観測方法によって抽出された自然で、あくまでも自然の近似値なのである。

一方近代科学は人間のために神が自然を造ったという人間中心主義と結びつき、技術として近代社会の工業化に奉仕した。その結果大気汚染、地球規模の環境破壊、エネルギーや資源の枯渇、森林の減少、砂漠化などの環境問題を引き起こした。科学の発達は人類にバラ色の夢どころか灰色の現実を突きつけたのである。

そして人々は求めた。自然を搾取するのでなく自然との共生を。ガン細胞の如く増大する人類だけの地球ではなく、すべての生き物が共存できる地球を。地域や国を越えてグローバル(全地球的)に。よりホリスティック(全包括的)で、よりエコロジカル(生態学的)なパラダイム*19が求められた。そしてニューサイエンスの登場である。

日本の新宗教に多大な影響を与えた、ニューサイエンスの旗手達は西欧近代科学における機械論的宇宙観と、それを解明する方法として要素還元主義に限界を感じ、近代文明の行きづまり打開策として東洋思想に着目した。「自然と人間」「精神と物質」「全体と部分」「内と外」・・・従来の枠組みでは相対するものとして二元的にしか捉えられなかったものが東洋思想において融合し渾然一体となっているのに新鮮な驚きを感じたのだろう。東洋人にとって伝統的思想状況の下で自明の理を彼らはそれを検証するのに神秘体験という高次のリアリティ認識を用い積極的にそれを認めた。彼らにとって新しい理論は新しい方法で試みられなければならなかったのだろう。仏教においてヨーガという体験をとうし唯識*20の理論が形成されたように、彼らの神秘体験によって理論が形成された。そしてその経験は意識の階層性にも気づくことになり、その階層に意味づけが行われることになった。そのような土壌からトランスパーソナル心理学*21が生まれた。そして神秘体験を得るため様々な身体的技法が案出され、果てはドラッグ使用まで至るに至った。神秘体験の重視はオウム真理教にも引き継がれ、又意識の階層性は組織を運営するための人的構成の位付けに悪用された。

一定の動作を繰り返したり聖なる言葉(マントラ)を何度も繰り返し唱えることによって、情動の発散と抑圧された無意識の世界が解放され、生理的心理的に変化を生じ、いわゆるトランス状態にはいる。このような通常の意識とは異なった意識を変性意識という。

唱題行における変性意識について

本宗においても唱題行によってそのような状態になる場合もある。それを心理療法として積極的に取り入れる人もいるようだ。しかし変性意識を重要視するのはあくまでも心理療法の一環として治療レベルでとどめておくべきであり正当な修行形態として認めるわけにはいかない。

又罪障消滅の伝統的な修法として伝えられている「調べ加持」*22の前段階として唱題行が用いられる。霊的現象を誘発し様々な霊のメッセージを伝えたり、霊との交流の場を醸成するのに用いられる。(ほとんどはその人の潜在意識の現れと思われる。)

最近では唱題行を大脳生理学的に説明し、心身両面への効用を説いて布教している人もいる。時代に即応した説明としては意義がある。しかし健康法の一種に矮小化される危険性が伴う。

現場では教義より実際の効果が優先され、そのことを否定するわけではないが筆者の経験によると、手段はあくまでも手段に過ぎずその手段に即物的・短期的効果を味わったものはなかなかそのレベルから抜け出せないのがほとんどである。むろん筆者の指導力のいたらなさに起因するのであるが。

又病気を治す手段として用いた場合、病気が治れば薬が必要でなくなるようにその方法を捨てる場合がしばしば見られる。いずれにしてもお題目そのものへの正しい理解が前提となっていなければならない。

果たして日蓮聖人の教えでは神秘体験や変性意識はどのような意味を持つのであろうか。本宗教学上、伝家の宝刀「一念三千論」に基づいて考えてみよう。

天台大師は仏教史上の一大金字塔「一念三千」を築き上げた。我々の一念に三千の法数で表される世界のすべての情報が含まれているという。その一念を手がかりにいかに仏界の情報を引きずり出すか。その方法は『摩訶止観』*23に精緻に説かれている。実際に行ずるには多大な困難を要すると思われるが、理論的には可能である。

日蓮聖人にあっては、釈尊が寿量品で永遠不滅の仏身を開顕した以上、この現実の娑婆世界を釈尊の一念が毎自の悲願として充満横溢し、釈尊の救済力がダイナミックに展開している世界と捉える。そのことを我々が全的に領解して釈尊の功徳体(因行・果徳の二法)であるお題目を唱えると我にもあらず如来秘密神通之力によって大マンダラ仏界に転入せしめられる。私達が悩み苦しみ喜び生活するこの現実の世界に釈尊の一念はある。仏の一念と私達の一念が「信」を媒体としてこの生活空間・生活時間の中で交差するのである。何も特別な修行や特別な体験は必要ない。法華経をとおして聞こえてくる生の釈尊の声に耳を澄ませればよい。そしてその暖かき懐のぬくもりを肌で感じればよいのである。

仏に気づかず、法も知らず、僧にも供養せず、苦海を漂っていた自分が毎自の願海にいたことに気づき、放浪流浪の子供が仏子として真の父を知り、そして仏使として甦る。そこに法華経による回心があるのであって、霊妙不可思議な経験によって生まれ変わるのではない。

最高の修行スタイルは誰でも行じられるものでなければならない。特殊な場所で特別な人だけが行じられるものではない。お題目とは最高の教義がもっとも簡便な様式に収まっている。日蓮聖人が易行中の易行と言われたゆえんである。又最高の修行スタイルであるお題目を繰り返すことは、唱題によって完成された世界にいくのではなく、完成されたものはただ繰り返すしかないから繰り返すのである。一遍の唱題によってすでに完成されている世界に住しているのである。唱題はいかなる目的に達するための手段ではなく、目的そのものであるはずだ。目的の中に手段が内包され、手段の中に目的が具現されている。目的即手段、手段即目的、目的手段不二の妙行である。

そのような唱題によって顕現する世界を地域、国家、世界規模に広げていくことが日蓮聖人門下の終生の願行であり、たとえ今生では果たせぬとも生まれ変わり死に変わりしても果たすべき究極的スローガンである。

本宗における体験とは現実社会への働きかけを前提としているのであって、個人レベルでの修行での際に生じる身体の生理的・心理的変化の伴う体験ではない。相手が霊であれ生きている人間であれ釈尊や日蓮聖人のメッセージを伝える布教活動における体験を指す。教化する相手が自分が思うように法華経の信仰に入りお題目を唱えないところに自己の不徳を懺悔し、布教方法や効果を巡って葛藤苦悶するところに体験が深化していくものである。内的個の迷海に陥ってはならない。「心の師とはなるとも心を師とせざれ。」異教徒や未信徒にどう接したらよいか。二一世紀をまもなく迎えようとしている我々に与えられた課題は大きい。いたずらに自己の内的経験に関わっている暇はない。その究極的理想像が常不行菩薩*24であることは論を俟たない。

「教学」と「現場」での霊の問題

平成四年度の現宗研の教団研究セミナーで大阪大学教授大村英昭氏が宗門の実態を「現場なき教学・教学なき現場」という言葉で言い表していたが、実に言い得て妙であると大いに感心したことがある。いずれの宗門も教学と現場の乖離は共通した問題であろう。

「教学で人は教化出来ないよ。」

「教学ではそうだけど・・・」

「教学より行だよ。体験だよ。」

よく現場で耳にする言葉である。

「法華経や御遺文にはそんなことは説いてないよ。」

「それは雑乱勧請だ。」

「それは謗法罪だ。」

教学に精通している人が方便を駆使して信者獲得に精を出している験者を断罪する言葉である。教師がそれぞれの得意分野でそれぞれ活躍すれば自ずから「仏の見えざる手」によって統合されて宗門は存続していく、と思っているのならともかく、もし宗門全体が伝道集団として統一的に有機的に機能する必要があるのなら、何よりも教学と現場の一体化を図らねばならないであろう。布教の最前線では人々のニーズに応えつつ、教学に裏打ちされた正しいお題目を広める。教学は現場で生かせる実践的な学的根拠を提供する。今回のプロジェクトもそのような必要性から生まれた。布教の方法として言説布教・修法布教があるが、ここでは修法布教について日頃の所感を述べてみたい。現場と教学の隔たりを一番感じるのは「霊」の問題であろう。

今日では合理主義の洗礼を受けた仏教学者は「諸法無我説」や「四種十難の問いに対する如来の沈黙」(補注二)を根拠に死後の世界や霊魂を否定するのが主流である。しかしいくら学的根拠を示し、論理的に否定しても現実の世界は様々な霊が出没し、マスコミは特集番組を編成し興味本位に取り上げているし、新宗教は巧みな霊操作術により信者を着実に増やしている。そのような人々を無知蒙昧な輩と否定するわけにいかない。プロクラスティーズの「鉄のベッド」*25よろしく「現実」を「理論」で切り捨てるわけにいかないのである。

確かに霊界はこの現実の世界に重層し、霊は存在する。しかし一口に霊と言っても、いろいろな霊がいろいろな形で存在するのであって、分類法もいくつかあるがここでは本宗の修法における分け方−「五段の邪気」についてふれたい。最初に断っておきたい。改めていうべき問題でもないが、これから述べることはあくまでも筆者の個人的見解に過ぎないことを。

荒行における「五段の邪気」

荒行とは宗教学のターム(用語)に添って言えば「死と再生のドラマ」である。十一月一日に麻の衣の死装束で檀信徒や愛しい家族と涙で別れ、夕刻沈みゆく太陽に向かって入行。以後百日間ひたすら水行・読経・伝書の書写に専念し、生まれ変わって二月十日の朝昇りゆく太陽に向かって出てくる。感動の一瞬である。沿道の祝福する檀信徒に見守られ、文字どうり「参道」が「産道」となる。修法師としての誕生・再生である。

しかしどうして生まれ変わるためにそのような行が必要なのだろうか。どのような気持ちでその行を行ったらよいのか。いくら理屈がとおらない行堂とはいえ「智目行足」の教訓どおり智恵の目で目的を見定め、行の足でたどり着かなければならない。

人間を身口意のカルマ製造器として捉える仏教はそのカルマをどう浄化するかは根本命題である。荒行においても懺悔によって浄化する。。

行僧がひたすら読経三昧にふける読経堂の御宝前の左右に二句の楠木の柱聯が掛かっている。深草元政上人*26の法脈を次ぐ慧明日燈師作。

寒水白粥凡骨将死  寒水白粥凡骨将かんすいびゃくじゅくぼんこつまさに死かれなんとす

理懺事悔聖胎自生  理懺事悔聖胎自りざんじげしょうたいおのずから生しょうず

荒行はこのいわゆる「事悔聯」で言い尽くせると言って過言でない。前半は読んで字のごとし。問題は後半である。生まれ変わるための行は理懺事悔であるという。懺悔の為の行である。懺悔を理と事に分ける。理の懺(悔)とは「無相の懺悔」のことで、はた目にはただ「端座」しているようにしか見えないが「実相を思い衆罪は霜露の如く慧日よく消除す」と内観を修すること。罪の元である煩悩は本来無いものであり、み仏の智恵の力によって罪も消えると観ずる。

事の(懺)悔とは「有相の懺悔」のことで、観念観法でなく具体的に身体を使って読経・水行して懺悔すること。身心にこびりついた垢をひたすらこすって落とす行である。

治病にたとえると「生長の家」がよく言うように、人は本来「神の子」であるから健康であり病は心の影に過ぎない。健康体をイメージする。理である。しかしイメージしても現実に痛みを感じていれば薬を飲み、病気の原因となった悪しき習慣は改め養生に努めなければならない。事である。「理」と「事」の両方の対処が必要である。又乱暴な譬えであるが、マイナス五にしろマイナス八にしろゼロをかけてゼロにする方法と足りない分の五と八を足してゼロにする二つの方法がある。罪障という負の遺産をゼロにする場合もこのように二つの方法があるのではないか。「理懺」が×〇で、いかなるマイナスでもゼロになる。「事悔」が+五であり+八であり、不足分をひたすら足してゼロにしていく方法である。インド人のゼロの発見と「空」は密接な関係があると思われてならない。

この懺悔の行によって「凡骨」が「聖胎」に生まれ変わるという。しかし筆者の正直な感想から言うと、とても「聖胎」とは言い難い。あえて文法を無視して「聖胎おのずか(自)ら」でなく「聖胎よ(自)り」と読みたい。聖胎は行僧を指すのではなく、行堂全体を行僧が生まれ変わるための鬼子母神の聖なる胎内と思いたい。その聖なる胎内より二月十日出て来るのである。

百日間の荒行は前半三十五日間の自行と後半の化他行に分かれる。又自行の三十五日間は一週間ごとの「死霊段」「生霊段」「狐著段」「厄神段」「呪詛段」の五つに分かれ、「五段」丸ごと行わないで分けて行じられるところに意味がある。一週間ごと的を絞って行じられ、鬼子母神によって一つ一つの「邪気」の実在を具体的に信じせしめられるのである。だからといってそれぞれが独立して存在するのではなく、強弱の差はあっても渾然一体となって互具している。それぞれの一段に常に他の四段が互具していて段階的に顕現するのだ。「生霊段」の時は「生霊」が顕となり他の四段は冥、「死霊段」の時は「死霊」が顕で他の四段が冥となる。その存在を先輩後輩や同行僧とのいさかい等の対人関係や結界の中の僅かな自然環境、時間方位などが霊的アンテナとなって感知せしめられる。又夢や六根をとおしてその行僧にふさわしい方法で教えてくれる。ほんとに不思議なものだ。自行とはこの「五段の邪気」の消滅のための読経・水行である。「邪気」があると信じるから消滅できるのであり、最初から無いものは消滅しようがない。行僧にとって自行段は特別の意味を持つ。修法を行うにも「五段の邪気」が大前提となっており、伝書の護符やお守等の書き方は病気の原因の霊的側面としての「五段の邪気」への対症法であり、行法全体のベースになっている。修法とはその「五段の邪気」の浄化装置として位置づけられるもので、ただ儀式を飾るパフォーマンスとしてあるわけではない。

現代五段の邪気考

「五段の邪気」生霊・死霊・野狐・厄神・呪詛。大半の人はこの文字を見ただけで、この言葉を耳にしただけで何か言い様のない不快感を持つに違いない。まるで忘れたはずの忌まわしい遠い過去からのメッセージが届いたように。

死後の世界を信じ、親しく先祖や縁ある人の供養に励んでいる人も「五段の邪気」となるとその存在に首をかしげる人が多いだろう。それほど「五段の邪気」は忌避嫌悪され正体を現さない。「五段の邪気」はまずその存在を知られたがらない。知られない方が暗躍しやすいのだ。人々が信じようが信じまいが、この邪悪な響きは現代人の深層意識にも潜んでいて縁あらば姿を現そうと虎視眈々と機会をねらっている。薄っぺらな理性の蓋が乗っているだけだ。理性の光がその闇部に届かないだけだ。夜の闇は昼間考えているよりずーっと深くて暗い。

五段の邪気について簡単に説明しておこう。

「生霊」とは身口意の三業でいえば意業から生じ、貪瞋痴の三毒の中の瞋で相手への瞋りから生じる。「忿」と言う一時的な怒りが「恨」となって持続し、果ては「害」と言う刃傷沙汰になったり、神仏への呪詛となる場合がある。生きている人間の相手を恨む霊的エネルギー。

「死霊」とは自殺・他殺・事故死等で亡くなり子孫に頼る霊や、生霊を持ったまま亡くなった霊。非業の死を遂げた死者の霊的エネルギー。又祈祷によって封じ込められている霊など。

「野狐」とは広くは動物霊を表すが狐が狡猾で人を騙すと一般に信じられていたことと、稲荷信仰の隆盛によって代表するようになった。神の眷属として使役させられたり、殺害された動物の霊的エネルギーのこと。

「厄神」とはお社やご神木を破却されたり、願を掛けっぱなしにされたり、先祖や先人が勧請したのに子孫や後の人が放りっぱなしにした神々で、タブーを犯したことやその不敬に対して、とがめたり戒めたりする神々のこと。又伝染病・流行病のもととなっている鬼神や仏道修行を妨げる魔神等のこと。日蓮聖人が立正安国論で引用された『国土乱れん時はまず鬼神乱る。鬼神乱るるが故に萬民乱る。』の鬼神を指す。

「呪詛」とは生霊がエスカレートして自分の怨みをはらすために神仏に祈ること。個人レベルから同一利益集団、国家のレベルで行われる場合がある。

歴史の深層には血で血を洗う政権抗争や同族骨肉相歯む相続争い、戦争や災害で非業の死を遂げた数多くの人々の怨嗟の声で充満している。学校で教える歴史のように過去の出来事や事件をただ記憶し羅列するだけでは歴史の真相に迫れない。歴史は暗記物ではない。歴史に学ぶとは過去の事件の奥でどれほどの血や涙が流され、無念の思いで死んでいったか、想像力やあらゆる能力を生かし自己の胸の内に死者の思いを再現することだ。敵を恨み続けることによってしか、霊界で生きることが出来ない霊も数多くいる。そのような霊が疫病や災害をもたらすとされ、神に祀りあげられ祭を執行することによって霊威を鎮めた。それは日本の原風景である。日本人は祭好きであると同時に「祀りこみ」好きでもあるのだ。

歴史の底流に流れる情念のエネルギーはあたかも地殻変動に伴い、一挙に噴出する溶岩のように赤く燃え続けていつ爆発するかわからない。現代においても冷戦後世界各地で勃発している民族紛争もイデオロギーの対立構造の蓋が取れた民族単位の怨念の爆発である。

官・学・医・業の構造悪の犠牲となった「薬害エイズ」の人々や、一人の人間に宿った狂気が増大し教団の野望となり、理不尽にもその犠牲となった一連のオーム事件の被害者の苦しみ悲しみを我々はどうしたらいいのだろう。法治国家の建前厳正にして迅速に裁判を進めてもらいたいものだが、新聞によって報じられる公判の記事を腸が煮えたぎる思いで読んでいる人も数多くいるに違いない。裁判制度は被害者の悲しさ、悔しさ、犯人への憎しみ−「生霊」の調整浄化装置としての側面があるが果たして司法だけで解決できるのだろうか。死者の思いや死者の人権をも範疇に入れた対策が講じなければならない。

「五段の邪気」とは人間の情念の世界を中心に人間丸ごと三世に亘って救済する為、産み出された霊の分類法である。たとえ煩悩より生じそのような形でしか存在できないにせよ哀れみ、法華経の福音を伝え教化すべき存在なのである。それは我が国の歴史の底流を流れる御霊信仰を母胎とし、道教・雑部密教・神道が民俗信仰として融合した修験道の大きな影響を受けていることは否めない。その修験道を法華経によって開会したのが、今日伝えられている荒行堂における祈祷修法である。

文殊師利菩薩の憂うつ−原発問題のミソロジ−*27

『もんじゅ』ナトリウム漏出事故

−文殊さん。最近お顔の色がすぐれないのはやはり例の事故のせいですか。

「ふむ。いつかは起きるだろうと予測はしていたことだが、今回一人の自殺者が出て本当に胸が痛む思いだ。……そもそも原子力発電所の高速増殖炉に『もんじゅ』と私の断りも無しに命名したときから苦々しく思っていたのだ。『智慧の文殊』にあやかり原子力に関する現代における最高の科学的智恵と技術を総結集したつもりで付けたのだろうが…」

−一種の知的財産権の侵害ですね。しかし今回の動燃の事故の対応は本当にまずいですね。以前にも設計ミス・事故隠し・データの捏造等私達に不信感を与えながら少しもその閉鎖的体質は改まっていないですね。

「それは動燃の責任や姿勢にもちろん関わってくる問題であり、糾弾すべきものだが、原子力そのものが持つ閉鎖性、特に高速増殖炉が生み出すプルトニウムそのものの本質にも一因しているのだ。」

−原子力、特にプルトニウムに由来する閉鎖性とは何ですか。

「回りくどいようだが、やはり原子力発電、殊に今回の事故を起こした高速増殖炉についてある程度知っておかねばならないだろう。」

−あっ、それについて今回私も少し勉強したので私に少しお話しさせて下さい。原子力発電所も火力発電所も同じ原理でお湯を沸かしてその蒸気でタービンを回して発電します。火力発電所の場合は石油や石炭の化石燃料を燃やしますが原子力発電の場合はウランという核物質に中性子をぶつけた時生じる莫大な熱エネルギーを使います。普通の原発は天然ウランの〇・七%しか含まれていないウラン二三五を更に三%まで濃縮して使っています。その時生じる燃えかすがプルトニウムという放射性物質でしたね。この副産物ともいえるプルトニウムを、その核分裂性と言う性質を利用して核燃料として再利用する原子炉を高速増殖炉と言い、稼働しながら次々と燃料を生み出す夢のエネルギーと当初はもてはやされたました。

プルトニウムの名前の由来

−天然に存在する元素は原子番号九二のウランまでで、天王星(ウラヌス)にちなんで名付けられました。一九四〇年アメリカの物理学者マクミランとエーベルソンはウランに中性子を照射し新しい原子番号九三の元素を発見し、この新しい元素はウランより遠くある元素ということで天王星より遠くにある惑星、海王星(ネプチューン)にちなんでネプツニウムと名付けられた。更に原子番号九四の原子も発見され、これは冥王星(プルトーン)にちなんでプルトニウムと名付けられました。人類が粒子加速器と言う道具を手にして初めて地球上に登場した物質です。

「そう、よく勉強したね。いずれもギリシャ神話に登場する神様でプルトニウムの元となったプルトーンは正式の名をハーデースと言い、生き物や怪物や死後の人間の亡霊達が閉じこめられている「冥界」の支配者と言われている神だね。」

−くしくもプルトニウムの性質を言い当てていますね。プルトニウムはほかの人工元素と違い核分裂が起こしやすく原爆の材料にもなり、発見された五年後には長崎にこの世の地獄を造りだしました。以後重要な戦略物質として国際的に監視されています。ポスト冷戦後は核兵器の縮小により、国際的お荷物になっています。またプルトニウムは核燃料であるばかりでなく、猛毒物質でもあります。水にも溶けずいったん体内に入ったら有害なアルファー線を絶えず放出します。口や鼻から入ったプルトニウムはほとんど肺にそして一部は血液に入り骨や肝臓に集中し、ごく一部は生殖腺にも入ります。そして周りの細胞を被爆し続けるのです。当然細胞は癌化し死に至ります。国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告やそれにもとづき国が定めている一年分の「許容量」はプルトニウム二三九の場合、一人当たりわずか〇・〇九七マイクログラム(十億分の九七グラム、つまり約一千万分の一グラム)という小さな量であり、つまり一グラムが約一千万人分の年間「許容量」ということになります。そのプルトニウムの寿命は半減期が二万四千年と言う気の遠くなるような期間です。

プルトニウム社会の到来

その様な危険なプルトニウムが発電所と再処理工場とを行ったり来たりするのです。当然核物質の軍事転用防止や盗難防止対策により規制、制限、機密、統制といったことが行われます。こうした措置を実施する主体は当然国家機関であるため、徹底した管理社会の危険性が伴います。情報公開という時代の流れにも逆らい、民主主義そのものと相いれない社会体制を生み出します。

「最初に言ったプルトニウム自体に内在する閉鎖性とはそのことだね。」

−なるほど解ってきました。もう少し勉強したついでにしゃべらせて下さい。私自身調べるにつれて恐ろしくなり、と同時に国や原子力産業推進者達との間にとてつもない壁を感じます。

「地球温暖化対策」「エネルギー安全保障」などの錦のみ旗を立てて、資源の乏しい国として「科学技術立国」をひたすら目指す国の政策に、大手ゼネコンや大手電機メーカーなど日本を代表する基幹産業やそれらの下請け企業が関わっているからです。日本の産業構造そのものの持つ問題と、国の行政との関係が問題となっているのです。莫大な資本の集中や技術の巨大化に伴い現在は原子力技術者だけでも約三万三千人、技術者以外の職員を加えると総勢七万人近い専門職員を抱える巨大産業分野であります。また大学も若い研究者を供出し政・官・業・学の強い結束の元に、と言えば聞こえはいいが要するに癒着の構造に莫大な国家予算を投入し、科学技術政策が推進されています。

通産省が平成八年三月八日に老朽原子炉解体処理方法などを示す「基本指針」を発表しました。「使用済み燃料を搬出した後に施設を洗浄、十年程度密閉してから解体作業に着手する」そうですが、放射能に汚染されたゴミはどこへ、そしてそれにかかる費用は誰が払うのでしょう。大変な額になるでしょう。税金も使われ、電気料金に上乗せされるのでしょうか。他の製品なら消費者として不買運動で抵抗できますが、電気の場合は選べませんからねえ。困ったものです。

原発産業は当初から構造的に「トイレなきマンション」といわれ廃棄物の処理を解決しないままに見切り発車しました。大量の電気を使い享受する物質的快楽のツケを子孫に回そうとしています。放射能のゴミの種類によっては子々孫々末代にわたって監視し続けなくてはなりません。「冥界の魔王」を封じ込めきれるでしょうか。

一九七二年に、今から十数億年前の先史時代にアフリカのガボンのジャングルの中で“天然原子炉”が作動していた証拠が発見された、と報じられました。とうぜんその周囲は放射能で充満していたことでしょう。十万年ほど作動していたと言われています。その後何万年何億年かかり生命の生存を可能にするまで放射能は消滅しました。しかし人類は自らの手でまた放射能を生み出しているのです。なんたる愚行でしょう。人類、いや地球上の生きとし生けるものは放射能と共存できないのです。

禁断の領域−二つの核−への介入

地球が生まれて四五億年−仏教的に言えば成劫−より物質の最小単位として安定していた原子核を崩壊させることによって、人類は莫大なエネルギーを手にしました。また生命の設計図とも言うべきDNA(核酸)にも人工のメスを入れようとしています。遺伝子治療の名目でどこまで許されるのでしょう。この二つの核への介入は果たして本当に人類に幸福をもたらすのでしょうか。二つの核を両手でもてあそんでいる現代の「科学教」の信者達は不測の事態が生じたとき、責任を持てるのでしょう。

ついつい調子に乗ってしゃべりすぎてしまいました。

文殊師利菩薩から地涌の菩薩へ

「いずれにしても人類の物質的欲望の拡大を目指す科学技術が問題なんだね。」−人類は所詮この世の物質的享楽は虚しいものと「空観」を修し、我々の心に巣くう欲望のジャングルを文殊さんのその右手の剣で切り開いてもらわなければなりませんね。今回原発について勉強し文殊さんとお話ししている内にだんだん解ってきました。一九七〇年に動燃新型転換炉『ふげん』の設置許可がおり、一九八二年高速増殖原型炉『もんじゅ』の建設を閣議了承して以来、現代の科学教の信者・原発推進者が『もんじゅ』『ふげん』を脇士とする本尊の正体が少しずつ見えてきました。それはプルトニウムの力を自由に操るのです。考えただけでも恐ろしくなってきました。

「もうそれは私の力の及ぶ範囲ではありません。プルトーンと同じ地下を本貫地とし法華経に登場する地涌の菩薩達によらなければなりません。この地球すなはち仏国土を放射能汚染から守るため、地下の虚空会で釈尊の召喚を待っている地涌の菩薩達の役目なのです。」

(補注一)十二因縁【日高白象上人−法華経講義−より】

古来、十二因縁については三世両重の因果の見と、二世一重の因果の見、並びに刹那の一念に十二因縁を感ずる見とがありますが、龍樹・無著・世親等も三世両重の因果の見に拠っており、これが仏教の本流のようになっていますので、今それを図示すれば、

無明  行 識 名色 六入 触 受 愛 取  有 生  老死

 過去の因     現在の果     未来の因   未来の果

             今生の五蘊

右の中、第十一支の生支は、中有より生有に亘り、第十二支の老死支は本有より死有に亘っていて、十二因縁そのものが中有・生有・本有・死有という四有にかかわって三世の因果をあらわしているのです。

(補注二)諸法無我説・四種十難の問いに対する如来の沈黙【同じく法華経講義より】

古来、仏教では「三世因果」という事を主張して来ました。これを主張する以上、一見、俗説の如き感を与える「六道輪廻」ということが必然問題となって来るものです。然るに近年、一部の仏教学者の間において、それも般若の空思想の如き教理を如来の第一義として重要視する勢いのためでもあるかも知れませんが、とかく「三世因果」とか「六道輪廻」というものを、仏教本来の教理として認めず、そういうものは道徳的要請によるものであるとか、或いは仏教以外の外道の俗説であったものを、布教の方便として、仏教本来の教理のそこなわれない範囲において利用したものにすぎないといったような説も起きて来ています。

こうした学説は、もとより近代の経験主義・合理主義の影響にも依るものでしょうが、その根底は、お釈迦さまみずから仏教の旗印としてかかげられた「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」という三法印の中、特に諸法無我説をもって、プラフマンとかアートマンというインド古来の常一主宰的存在を否定し去られたという事実に端を発しているものと申されましょう。そして此の事実にもとづいて一部の仏教学者の間では、これを直ぐに霊魂の実在を否定したものとみなし、更には三世因果の実在も輪廻の実在も否定して、遂には「仏教こそ知性による合理的宗教・科学的宗教」という、わけもわからない造成語をふり廻している人も少なくはないようです。

然しながら、お釈迦さまが無我説をもって常一主宰的存在を否定されたからといって、そのことが直ぐに三世を否定し、輪廻を否定したことにはならないのです。なるほど中阿含経の見経の中では、仏弟子の「四種十難の問い」に対するお釈迦さまの「無記の沈黙」が物語られています。

一、世間は常住であるか。世間は無常であるか。
二、世間は有辺であるか。世間は無辺であるか。
三、命はこれ即ち身であるか。命異身異であるか。
四、如来は死後に有であるか。如来は死後に無であるか。如来は死後に有無であるか。如来は死後に非有非無であるか。

右の「四種十難の問い」は、元来、別々の経典に一項づつ説かれていたもので、後に見経の中で第四項を中心として総合的にまとめられたといわれていますが、いうまでもなく此の質問は、お釈迦さまの無我説に端を発し、「お釈迦さまの仰せの通り、もし不滅の自我というものがないならば・・・」という前提から起きて来ているのです。ところが此の質問に対してお釈迦さまは固く無記の沈黙を守ったまま一言も答えられませんでした。そこで一部の仏教学者等は、この無記の沈黙と、箭喩経(毒箭経)の物語におけるお釈迦さまの「そういう形而上的思索は、証道の益とはならない」と答えられたことを照らしあわせて、お釈迦さまは形而上学を否定し、三世も輪廻も認められなかったと即断してしまったのでありましょう。然しながら、それは果たして正しいことなのでしょうか。今ここに「四種十難の問い」をふりかえってみれば、

第一問、世間とは苦の世界であるが、この苦の現実世間そのものが常住不滅の解脱の世界なのか。それとも現実世間は無常であって、解脱の世界は現実世間以外にあるのか。清浄の自我・清浄の世界を否定して、苦よりの解脱をたてるのは矛盾ではないか。

第二問、世間の辺(辺際)があるとは、苦の現実世間の外に、解脱の世界があるということであるが、果たしてそうなのか。世間に辺(辺際)がないとは、現実世間がそのまま解脱世界であるということであるが、果たしてそうなのか。いずれにしても苦ならざる自我、苦ならざる世界を否定して、しかも苦よりの解脱をたてるのは矛盾ではないか。

第三問、命はこれ即ち身とは、現身の外に自我のないことであり、命異身異とは、現身の外に自我があることである(前者は断見、後者は常見)。もし人間が死んだ後、余処に再生するならば、自我の実在を認めたことになりはしないか。自我を否定していて輪廻を立てるのは矛盾ではないか。

第四問、如来といえども常住の自我を否定するならば、如来の死後は断滅でなければならない。然るに断滅ではないというのは矛盾ではないか。

以上のように「四種十難の問い」を解釈してみれば、この質問の内容には、お釈迦さまより常一主宰なる自我・否定されたことにとまどい、とまどったればこそ、かかる質問を発したのでしょうが、そこには「三世因果」も「輪廻」すらも否定されておらず、むしろ肯定されたままであり、自我がなければ何が輪廻するのか、三世の因果を受けるものは一体何であるのか、という無我と輪廻の二律背反する矛盾への懊悩を掬することが出来ましょう。無我と輪廻の問題・・・それは独り此の質問者だけに限らず、原始仏教より部派仏教への歴史の中、特に部派仏教時代の考究の焦点であり、部派の論争は主としてこの命題にそそがれたといっても過言ではないかも知れません。

ともあれ四種十難の質問者は、正統婆羅門の常見と、六師外道の断見の二辺に立って、無我の真義に立っていなかったのです。そこでお釈迦さまが、一方に答えれば常見を認めることになり、他方に答えれば断見に組みすることとなるため、敢えて深く沈黙を守られたわけでありましょうが、なお此の無記という厳然たる沈黙の渕には、断常の二見を両断しつつ、真の無我の在り方を沈黙の仏身そのものを以て示されたのであろうと思われます。若しそうであるならば中国の百丈禅師が「如何なるか、これ仏性」の質疑に対して、即座に「独座大雄峰」とみずからの姿を以て答えられたという逸話が思い起こされますが、お釈迦さまの沈黙の中には、百丈の大雄峰にも勝る盤石の重みが感ぜられはしないでしょうか。箭喩経の物語における「そういう形而上的思惟は証道の益とはならない。」という諭しにしても、三世因果とか輪廻そのものを否定したのでなく、実に無我の真諦を得せしめようとされたことと拝すべきでありましょう。

主要参考図書

 『近代科学を超えて』村上陽一郎 講談社学術文庫 一九八六

 『近代科学と聖俗革命』村上陽一郎 新曜社 一九七六

 『科学の歴史』二一世紀科学教育懇談会編 日本アイ・ビー・エム株式会社 一九八五

 『科学の社会史』古川安 南窓社 一九八九

 『科学史技術史事典』伊東俊太郎他編 弘文堂 一九八三

 『未来史閲覧』産経新聞社 一九九六

 『パラダイム・ブック』C+Fコミュニケーションズ編・著 日本実業出版社一九八六

 『高速増殖炉もんじゅ』小林圭二 七つ森書館 一九九四

 『プルトニウムの未来』高木仁三郎 岩波新書 一九九四

 『天然原子炉』藤井勲 東京大学出版会 一九八五

 『ギリシャローマ神話事典』マイケル・グラント ジョン・ヘイゼル 大修館書店一九八八

*1 今更申すまでもないが『教機時国抄』『撰時抄』をはじめ聖人の御遺文のいたるところに「時」の問題は論じられ、『立正安国』を獅子吼された御生涯そのものが証明している。

*2 『観心本尊抄』の「五重三段」の第五の三段中の流通分に相当する。

*3 本尊抄「四十五字法体段」「受持譲与段」の達意的解釈のつもり。

*4 御霊信仰【ごりょうしんこう】

 社会的に広範な範囲の人々を脅かすような災疫の発生を、霊鬼的存在である御霊のしわざとみなして恐れ、かつこれを鎮めることによって平穏を回復し、ひいては繁栄を実現しようとする信仰をいう。御霊信仰は平安時代の初期に成立し、『三代実録』に載る貞観五年(八六三)の神泉苑御霊会の記事が文献上の初見である。それによると、御霊会を修することは在地において以前から続けられてきたが、その年に疫病が猛威をふるって崇道天皇(早良親王)以下六人の失脚者の御霊のしわざとされ、はじめて官制のの御霊会がここに開催されたことが記されている。

*5 ほんがく−しそう【本覚思想】

 現実世界をすべて本覚の現れとし、現実世界の絶対的肯定を説く、日本中世の天台宗で流行した思想

*6 こ−がく【古学】

 江戸時代、朱子学・陽明学に反対して、後世の注釈によらず、直接に経書を研究することを主張した儒学の総称。山鹿素行(聖学)に始まり、次いで伊藤仁斎(古義学)・荻生徂徠(古文辞学)が、それぞれ独自の説を唱えた。日本の儒学の中で最も独創性に富む。

*7 こっか−しゅぎ【国家主義】

 国家を人間社会の中で第一義的に考え、その権威と意思とに絶対の優位を認める立場。全体主義的な傾向をもち、偏狭な民族主義・国粋主義と結びつきやすい。

*8 ガリレイ【Galileo Galilei】

 イタリアの天文学者・物理学者・哲学者。近代科学の父。力学上の諸法則の発見、太陽黒点の発見、望遠鏡による天体の研究など、功績が多い。また、アリストテレスの自然哲学を否定し、分析と合成との経験的・実証的方法を用いる近代科学の方法論の端緒を開く。コペルニクスの地動説を是認したため、宗教裁判に付された。著「新科学対話」「天文学対話」など。(一五六四〜一六四二)

*9 デカルト【Ren Descartes】

 フランスの哲学者。近世哲学の祖、解析幾何学の創始者。「明晰判明」を真理の基準とする方法により一切を方法的に疑ったのち、疑いえぬ真理の第一原理として「考える自己」を見いだし、そこから「思惟する精神」と「延長ある物体」とを相互に独立な実体とする二元論の哲学体系を樹立。著「方法序説」「第一哲学についての省察」「哲学原理」「情念論」など。(一五九六〜一六五〇)

*10 ニュートン【Isaac Newton】

 イギリスの物理学者・天文学者・数学者。力学体系を建設し、万有引力の原理を導入した。また微積分法を発明し、光のスペクトル分析などの業績がある。一六八七年「プリンキピア(自然哲学の数学的原理)」を著す。近代科学の建設者。(一六四二〜一七二七)

*11 にし‐あまね【西周】

 啓蒙思想家。石見津和野の人。オランダに留学後、開成所教授として「万国公法」の翻訳を大成。森有礼(ありのり)らと明六社を創始して西洋哲学を紹介。フィロソフィアの訳語「哲学」は彼によるもの。著「百一新論」「致知啓蒙」など。(一八二九〜一八九七)

*12 けいもう‐しそう【啓蒙思想】

 ヨーロッパ思想史上、一七世紀末葉に起り一八世紀後半に至って全盛に達した旧弊打破の革新的な思想。人間的・自然的理性(悟性)を尊重し、宗教的権威に反対して人間的・合理的思惟の自律を唱え、正しい立法と教育を通じて人間生活の進歩・改善、幸福の増進を行うことが可能であると信じ、宗教・政治・社会・教育・経済・法律の各般にわたって旧慣を改め新秩序を建設しようとした。

*13 哲学者の意。この言葉はこの時代の啓蒙主義者の代名詞になっていた。

*14 サン‐シモン【Saint-Simon】

 フランスの社会思想家。伯爵。宗教を大切にし、産業人の支配する社会を理想とする空想的社会主義者の一人。門弟バザール(S.-A. Bazard 1791〜1832)・アンファンタン(B.P. Enfantin 1796〜1864)らがサン‐シモン主義を形成、コントらにも影響を与えた。著「産業者の教理問答」「新キリスト主義」。(一七六〇〜一八二五)

*15 コント【Auguste Comte】

 フランスの哲学者。社会学の祖。科学の進歩は神学的・形而上学的・実証的の三段階にわたるとし、実証的な社会学を創始。晩年には宗教的になり人類教(la religion d'Humanitフランス)を説く。著「実証哲学講義」「実証政治体系」。(一七九八〜一八五七)

*16 げんてん‐ひはん【原典批判】

 (text critic) ある文献の原稿・写本・諸版本を比較校訂して、最良のテキストを定めること。

*17 ぶんけん‐がく【文献学】

 (Philologieドイツ)(上田敏による訳語) 文献の原典批判・解釈・成立史・出典研究を行う学問。また、それに基づき民族や時代の文化を研究する学問。言語学の意にも用いる。

*18 りょうし‐りきがく【量子力学】

 分子・原子・原子核・素粒子などの微視的物理系を支配する物理法則を中心とした理論体系。一九二○年代に完成。物理系の状態には線型空間内のベクトルを対応させ、物理量にはその上の演算子を対応させるという抽象的構造を持つ。不確定性原理を基本とし、観測値の予言は一般に確率的に与えられるが、状態の時間的変化を記述するシュレーディンガー方程式は因果的である。

*19 パラダイム【paradigm】

 プラトンではイデアの説明のための範型であるが、後には一時代の支配的な物の見方。特に、科学上の問題を取り扱う前提となるべき、時代に共通の体系的な想定。天動説や地動説。クーンに始まる用語。

*20 唯識 ゆいしき 

 あらゆる存在はただ識、すなわち心にすぎないとする見解。般若経の(くう)の思想を受けつぎながら、しかも少なくともまず識は存在するという立場に立って、自己の心のあり方をヨーガの実践を通して変革することによって悟りに到達しようとする教えである。この思想を打ち出した学派を唯識瑜伽行派あるいは単に瑜伽行(ゆがぎよう)派とよぶ。唯識とは語義的には、自己と自己を取り巻く自然界との全存在は自己の根底の心である阿頼耶識(あらやしき)が知らしめたもの、変現したもの、という意味である。唯識説によれば、ただ心のみがあり、外界には事物的存在はないとみる。しかし、これは決して西洋思想でいう唯心論ではない。なぜなら心の存在もまた幻のごとき、夢のごとき存在であり、究極的にはその存在性も否定されるからである。

*21 トランスパーソナル心理学【transpersonal psychology】

 個人を超えた心理学の意。個人主義と理性中心主義の西洋的知性ではとらえることのできない、人の普遍的な(自己超越的な)側面に関心を向ける。S・フロイト、C・G・ユングの無意識の概念を超えて、東洋的な知性の典型である禅の悟り体験、ヨーガの修行体験のなかに、一つの理想的な形を想定する。A・マスローは「精神分析」「行動主義」「人間性心理学」につぐ「第四勢力」と位置づけ、至高体験をさらに超えたものを探し求めて、トランスパーソナル心理学の構築をめざした。

*22 調べ加持

 病気や様々な苦しみの原因となっている憑霊を調べ、教化得道退散させる修法。

*23 摩訶止観 まかしかん

 十巻。天台三大部の一。天台智■(ちぎ)が五九四年、荊州玉泉寺の夏安居(げあんご)で講述し、章安灌頂が筆録校訂した書で、漸次(ぜんじ)止観の次第禅門、不定(ふじよう)止観の六妙門に対し己心中所行之法門の円頓(えんどん)止観であると章安私序に述べる。内容は止観の大意・釈名・顕体・摂法・偏円・方便・正修、(以下不説)果報・起教・旨帰の一〇章から成り、正修では観法の対象を十種に分け、各(々)十乗観法を用いてあらゆる実修体系を余すところなく、空仮中(くうげちゆう)三観(さんがん)を修することを思想体系として論ずる。

*24 常不軽菩薩【じょうふぎょうぼさつ】

 法華経第二十に説かれている釈尊の過去前身の菩薩。経典を読誦せず、村や町で道行く人々に向かって「我深く汝等を敬う。敢えて軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩道を行じて当に作仏することを得べし。」と唱えて礼拝授記行を行じた。日蓮聖人はこの漢字にして二十四字とお題目の五字を同じとして、末法における私達の修行のお手本とされた。

*25 プロクラスティーズの「鉄のベッド」

 古代ギリシャにプロクラスティーズという名の盗賊がいて、道行く旅人を捕えては自分の「鉄のベッド」に寝かせその旅人の身長がベッドよりはみ出ておれば、はみ出た部分の足を喜々として切り落としたと言う。そしてもし旅人の身長が短ければ、無理矢理引き延ばして、ベッドと同じ長さにしたという。モデルを「鉄のベッド」のように大事にしすぎると、事実のほうを旅人の足のように切り捨てたり、ごくわずかの断片的なデータを水増しして使うことに成りかねないという戒めである。

*26 元政【げんせい】(一六二三−六八)

 江戸時代初期の宗門を代表する高僧。京都深草瑞光寺開山、法華律唱導。日政と号し、京都深草に住したところから、深草の元政、草山和尚と呼ばれている。日蓮宗の宗学者、教育者として大きな功績を遺しているが、当代一流の詩人・文人としても著名である。元政は深草に法華律の法灯を掲げ、三学(戒定慧)分修を実践して僧堂の復興を計り、近世にいたって堕落しだした宗門に信行重視の警笛を鳴らして清浄な教風を樹立した。法華律の具体的な規律は弟子日燈のまとめた『草山清儀』に詳述されている。

*27 ミソロジー【mythology】神話・神話学・神話研究

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