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私は「創価学会員」に通話記録を盗まれていた
そして、盗聴・尾行

(「週刊新潮」04.11.18号)

ジャーナリスト・乙骨正生氏は、創価学会ウォッチヤーである。元創価学会員で創価大学を卒業。その論評は創価学会の急所を突き、ために学会は関連メディアを通じて、彼を徹底的に罵倒してきた経緯がある。何者かに尾行されたり、盗搬された経験のあるその乙骨氏に、このほど新たな。”被害”が発生した。彼の携帯電話の通話記録が盗み出されていたのだ。犯人は創価学会。マスコミが報道しないその事件を乙骨氏が特別手記で告発する。

「特別手記」 「反学会」ジャーナリスト乙骨正生

池袋演芸場で友人の金原亭世之介の独演会を観ていた私の携帯電話に、東京地検特捜部から連絡が入ったのは10月27日の午後7時頃だった。

「NTTドコモの携帯電話の通話記録引き出し事件でお話が伺いたい。東京地検にお運び項けませんか」

落語に笑い転げていた私は、担当検事の硬い声に、突如、現実に引き戻された。

翌28日の午後6時、私は東京地検に足を運んだ。通常、東京地検の庁舎に入るには日比谷公園例の正面入口が使用される。しかし、この日、私は地下鉄有楽町線桜田門駅の出口に待機していた検察事務官の案内で、人目を避けるようにして旧法務省の入口から東京地検へと入った。どうやら特捜部は、私が何者かによって尾行されたり盗撮されていることを知っており、その点を配慮したようだった。

事件を担当する特捜部は検察庁舎9階にある。私はその東南角にある902号室に案内された。広くゆったりしたスペースに、捜査資料が山積みされた検事の大きな机があった。

私の腰歴や事件の事実閑係など一通りの事情聴取が終わった時、担当検事はおもむろに次のように言った。

「乙骨さん、あなたが使用している携帯電話の通話記録が引き出されています」

ここで私が事情聴取に応じたNTTドコモ事件とは一体どのような事件なのか、その経緯を説明しておこう。

そもそもこの事件は、平成14年9月に創価大学OBで創価学会男子部の活動家だった嘉村英二、創価大学剣道部監督で創価学会男子部の八王子組織主任部長の田島稔、創価大学の学生課副課長で創価学会の全国副青年部長などを歴任、池田大作名誉会長の三男・尊弘氏とともに創価大学OB会の評議員を務めていた根津丈伸の3人が、電気通信事業法違反ならぴに虜盗容疑で逮捕されたことに瑞を発している。

事件の構図は、田島が自分が交際していた女性の男性閑係を疑い、この女性の動静を探るために根津に相談。根津がNTTドコモの子会社であるドコモ・システムズに勤務し、厳客データにアクセスすることが可能だった嘉村に指示して、田島が交際していた女性の携帯電話の通話記録を不正に引き出させたというもの。この通話記録をもとに田島が女性を詰問したことが事件発覚につながった。

起訴後の同年11月5日に初公判が開かれた。私は初公判を傍聴したが、その弁護団の陣容は異様だった。

嘉村、根津、田島の3被告に、なんと福島啓充氏ら3人の創価学会副会長を含む11人の学会員大弁護団が代理人についていたのだ。そして、事件を「私的で偶発的な一過性」 のものだと強調。本人らも「深く反省している」として寛大な判決を求めた結果、公判はわずか1回、実質2時間ほどで終了し、嘉村に懲役1年6月、根津に懲役1年2月、田島に懲役1年の各執行猶予3年が付いた有罪判決が言い渡された。

驚くのはその後の光景である。釈放された3被告と学会員弁護士らは、有罪判決にもかかわらず、まるで勝訴でもしたかのように肩を叩き合い、握手をし、嬉々として法廷を後にしたのだった。一体、彼らはなぜそこまで書びあったのだろうか。

見送られていた余罪立件

この事件は発端こそ田島の女性閑係からだったが、警視庁生活安全諌と深川屠はその捜査の過程で、創価大学教授の元夫人で、現在は創価学会を脱会し創価学会と対立する日蓮正宗の信徒となっている福原由紀子さんの使用する携帯電話の通話記録を嘉村が不正に引き出していた事実をつかんでいた。平成14年9月22日には、福原さんを深川署に呼び犯罪事実を告知した上で、被害調書まで作成していた。

さらに、驚くべき事実はつづく.福原さんと同じように、創価学会に批判的な立場をとる日蓮正宗の信徒団体の1つ、妙観講の副講頭である佐藤せい子さんの携帯電話の個人データも嘉村によってアクセスされていたことが、警視庁による佐藤さんへの事情聴取によって、明らかになる。

男女の恋愛問題から始まった事件が、民主主義の根幹を揺るがすような大きな事件に発展しつつあったのだ。

ところが警視庁はこの福原さんらの事件を立件しなかったのである。

警視庁の人事と予算は東京都議会で審議される。その都議会のキャスティングボートは公明党が握っており、龍年光・元都議会公明党幹事長によれば、「警視庁は創価学会・公明党の言いなり」だという。竹入義膝元公明党委員長は「朝日新開」に連載した政界回願録の中で、創価学会の選挙違反事件をもみ消してもらった事実を記載している。また警視庁の元防犯部長だった平沢膠栄自民党代議士はテレビ朝日の「朝まで生テレビ」において、「公明党・創価学会は刑事事件のもみ消しまで依頼してくる」旨、明言している。

そんな警視庁が、そのタプーに踏み込む解明を優先できなかったとしてもなんら不思議ではない。

だが被害者の福原さんと佐藤きんが、平成15年5月、事件は創価学会による組織的犯行の可能性があるとして、嘉村と氏名不詳の創価学会閑係者を東京地検に刑者告発したこ上から事件は再び動き始める。

東京地検特捜部はこの判事告発を受けて再捜査を開始し、この10月13日に嘉村の再逮捕に踏み切ったのだった。

「やっばり、やられていたか」

担当検事から、私の携帯電話の通話記録が不正に引き出されていると告げられた時、私はそう思った。というのも嘉村が通話記録や個人データを引き出していた福原をんと佐藤さんは、私にとって創価学会間題についての情報源かつ友人だったからだ。しかも私は、福原さんや佐藤さん以上に創価学会かち憎まれている。「聖教新開」や「創価新報」なとの機関紙、さらには創価学会の外郭出版社から発行される「潮」や「第三文明」などの諸雑誌において、恒常的に″ガセネタ屋″″ウソツキ男″″売文屋”などと罵られている。また「マスコミ界から追放しろ」とのスローガンのもと名誉毀損に基づく訴訟を連発し、私の原稿料まで差し押さえ、あまつさえ私の住む埼玉県の創価学会組織では、私を″撲滅″するための祈念・唱題まで行っている。

そんな私の動静や人脈、ネタ元や情報瀕を創価学会は喉から手が出るほど欲しいはず。それだけに私の携帯の通話記録も狙われているに違いないと思っていた。

口汚い攻撃と共に

東京地検は11月月日に嘉村を通信の秘密を侵害した電気通信事業法違反で起訴したが、それによると私と福原さんの携帯電話の通話記録が引き出されていたのは、平成14年の3月7日と8日、それと4月5日に2回の計4回で、通話月日、通、話開始時刻、通話先電話番号、通話時間等を記載したデータが引き出されていた。このうち3月の犯行は、嘉村が田島の交際相手の女性の通話記藤を引き出す1ヵ月半以上前のことであり、田島の事件は私と福原さんの事件のういで、おまけと見ることも可能だ。

そして平成14年の3月に犯行が行われたことについては、思い当たる節があった。私が発行している宗教と政治、宗教と社会を考える隔週刊誌「フォーラム21」の創刊が、嘉村が通話記録を引き出した平成14年3月だったからである。

多くのジャーナリストや識者が創価学会問題を執筆してくれている「フォーラム21」が目障りのようで、創価学会はその後、「フォーラム21」を″ガセネタ屋が発行するデマ雑誌″などと呼び、名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟などを連発している。平成14年当時、創価学会は私が雑誌を創刊するということに神経を尖らせていた。

もとより私も福原さんも嘉村とは一面識もない。したがって嘉村には、私や福原さんの通話記録を盗み出す動機も必然性もない。嘉村が田島の交際していた女性の通話記録を盗み出したのは根津の指示だった。その根津は創価学会青年部の最高幹部であるとともに、創価学会と対立する人物の動静や情報を収集する「広宣部」 の幹部だったと伝えられる。これは一体なにを示唆しているだろうか。

さらに興味深いことがある。私の通話記録が引き出された3月8日の午後、私は「フォーラム21」 の創刊号を福原さんに手渡すべく、新宿駅東口にあるアルタ横の銀行の前で待ち合わせていた。私が福原さんに近づいていくと建物の陰から、待ち伏せしていたとおぽしき2人の男が私たちの写真を撮っていることに気付いた。私は福原さんに盗撮されている事実を伝え、「フォーラム21」を手渡すとすぐにその場から離れたが、盗撮そしていた人物はその後、福原さんのあとをずっと尾けていったという。

私が福原さんと「フォーラム21」 の受け渡しについて電話でやり取りtたのは前日と8日の午前中。福原さんの通話記録が引き出されたのが3月7日であることを考えると、待ち合わせ場所について聴かれていた可能性も否定できない。

当の福原さんが言う。「『フォーラム21』を受け取るための乙骨さんとの待ち合わせ場所は、電話でしかやり取りしていません。待ち伏せていたとしたら電話で話した中身を聴かれていたとしか考えられないんです。また、私の携帯電話の通話記録は平成14年の3月と4月に引き出されたということですが、同年夏頃離婚した創価大学教員の前夫から電話があった時、前夫は″お前、乙骨と会っているようだな。あんなブラックジャーナリストとは関わるな”と発言しました。どうして前夫が乙骨さんの取材を受けていることを知っているのかと、本草に驚きました」

同様に携帯電話の個人データにアクセスされていた佐藤きんも、自らの体験をこう話す。

「妙観講内の人事について電話で大草講頭と話をした内容が、学会系の文書に掲載されたことがあります。当事者が電話でしか話していない内容が掲載書れているのでぴっくりしました」

なぜ新聞は報じないのか

創価学会は昭和45年、対立する共産党の宮本顕冶委員長宅の電話を盗聴した。

この事件は昭和55年に顕山崎正友元創価学会離間弁護士の造反によって明らかになったが、創価学会は山崎元顧問弁護士が勝手にやったことだと抗弁した。しかし、東京地裁、東京高裁は、事件は北条浩理事長の承認のもと行った組織的犯行であると認定した。その時の盗聴実行犯が今年2月、ヤフーBBの顧客データ460万人分もの流出事件にからむ恐喝未遂事件で逮捕されたことも記憶に新しい。

また、最近では、阿部日日蓮正宗法主が滞在する予定の香川県高松市のホテルの部屋から、盗聴器が発見されたり、日顕法主の移動の手配を担当していた旅行代理店の社員の自宅からも盗聴器が発見されている。

だがこうした事件、事実をマスコミは報じようとしない。NTTドコモ事件でも、再逮捕された嘉村の起訴を報じたのは、一般紙では東京新開ただ一紙だった。しかも福原さん以外に、新たな人物(つまり私)の通話記録が引き出されているとの事実が明らかになったにもかかわらず、どこもこの事実を書こうとはしなかった。ちなみに東京地検の発表を受けて、私は司法記者クラブに記者会見を申し入れ、取材を受ける旨、通知したが、問い合わせは一社もなかった。情けないことにそれが日本のマスコミの現状なのだ。

いま創価学会は、政権与党の最大のバックボーンとして日本を左右していると豪語する。その関係者が、創価学会を批判する言論活動をしてきた私や、創価学会と対立する日蓮正宗の信徒の通話記録を不正に引き出していた。昭和44年に創価学会は言論出版妨害事件を起こし、自らに批判的な言論をカによって封殺しようとしたが、プライバシーの侵害とともに思想・信条の自由や信教の自由、さらには言論・表現の自由まで侵害した今回の事件も、言論出版妨害事件と同様、自由と民主主義に対する重大な脅威を示している。

今後、私は刑事事件の推移を見守るとともに、場合によっでは民事訴訟を提起して徹底的に事件の真相究明を図るつもりである。言論出版妨害事件が発覚した35年前、多くの国民は創価学会のファッショ体質に怒りの声をあげた。私はそうした日本人の良心を信じて戦っていこうと思っている。

〔編集部注〕
なお、創価学会広報室からは、「当会には、情報収集機閑である『広宣部』などは存在せず、(今回通話記録抜き取りについても)当会とは閑係のない話ですので、わかりません」との回答が寄せられた。

〔「日本専門」情報機関注〕
創価学会から返事を貰う方法」で紹介したが、創価学会は、公式ホームページで、創価学会広宣局広宣部の存在を明らかにしている。しかも創価学会広宣局広宣部の電話番号は、本部の代表番号である。したがって創価学会広報室は、情報収集機関ではなく、対外交渉の担当部署としての『広宣部』が存在するのだと言いたいのだろう(あるいは部署名を変更したのか?)。

少なくとも創価学会本部に手紙を出した場合、事前調査の上で、本部職員との面談となることを考えれば、素性調査などを担う者がいることは間違いないのである。

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