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新「創価学会」を斬る【第3回】

(週刊新潮11月20日号)

山田直樹

「ゴキブリ!」「犬畜生!」と仏敵4人組を罵倒する”宗教者”の正義

創価学会の「正義」とは何だろうか。聖教新聞を−度でも開いてみたら、その実像が少しでも分るに違いない。「ゴキブリ!」「ヘビ!」「犬畜生!」・・・・そんな信じられないような言葉が、次々に登場する。相容れない人間は、かつての仲間であろうとマスコミであろうと、忽ち狂気の攻撃の対象となる。連載第3回は、学会が続ける他者への攻撃をもとに、その宗教者としての本質をレポートする。

「ゲス」
「ヘビ!」
「犬畜生!」
「ガセネタ屋」
「薄汚いドブネズミ」
「人間の皮をかぶった畜生
「衣を看た畜生!」
「インチキ坊主」、

・・・・こんな言葉で徹底的に他人に罵声を浴びせ、嘲笑を繰り返している「新聞」があるのをご存じだろうか。

公称550万部。今や日本の政権を牛耳る与党公明党の支持母体・創価学会の機閑紙「聖教新聞」である。毎朝配達されてくるこの新聞を開けば、こうした表現が洪水のように溢れ出てくる。

人権を謳い、平和を標榜し、メディアを名誉毀損で訴え続けているこの宗教団体が、自らは平気でこんな言葉を用い、徹底的に他者を排斥しているのである。

今回は、彼らが日常的におこなっている常軌を逸した他者への攻撃から、この宗教団体の真の姿を検証してみたい。

聖教新聞の9月27日付の「破邪顕正」というコラム欄にこんな一文が掲載された。タイトルは”邪悪は痛罵せよ!”以下は、その抜粋である。

<政治も、言論も、宗教もー民衆を食い物にする悪辣な人間とは断じて戦う! 日本は、この気骨が伝統的に弱い。日本をダメにしているのは、悪人連中だけでなく、美辞鹿句ばかり構えて悪と戦おうとしない”偽善の徒”である。我らの宗祖・日蓮大聖人は、悪を痛烈に罵倒する言論の大闘争を展開された。邪宗の坊主を「アブ(虻)」や「イナゴ(蝗虫)」呼ばわりし(今で言えば、”ウジ虫野郎″とでも言ったところか)、一点の曇りも逡巡もなく、一刀両断したのである>

<糞犬! 癡猿! 日顕ごとき極悪を『極悪』と斬り、山崎のごときゲスを『ゲス』と笑い、新潮・文春等の『子供たちに読ませたくない』クズ雑誌を『クズ』と叩いてこそ、日本の民主主義は守ることができる。言うへきことを言わない臆病な”お澄まし屋”は悪を増長させ、善を虐げる加担者だ。俗耳に入りやすい甘言で人々を誑かすウソ議員やデマ雑誌やエセ宗教。これらの魔物を打ち倒し、日本に精神復興の光をもたらすのが、正義を打ち込む創価の言論闘争だ>

あまりの言葉の汚なさに、聖教新聞を一度も読んだことのない人は、思わず「本当だろうか」と疑うに違いない。

ここに固有名詞で登場する「日顕」とは、創価学会を破門したかつての本山・日蓮正宗の阿部日顕法主であり、「山崎」とは元創価学会顧問弁護士の山崎正友氏のことだ。彼らにどんな誹謗中傷が、いかなる理由で加えられているかは後述する。が、これは前述の通り、まぎれもない550万部を公称する聖教新聞紙上に記されている文章だ。

それほどの大新聞でありながら、糞犬、ゲス、クズなどの中傷言語をことさら強調する「正義」に、戦慄を覚えるのは筆者だけではあるまい。

ちなみに73年5月3日、池田大作創価学会会長(当時)が示した聖教新聞「基本理念」 の1には、「世界一流の新聞社を目指せ」とある。そのような”崇高な理念″のもとに、連日書かれているのがこうした誹謗中傷なのだから、これはブラックユーモアというしかないだろう。

憎悪を煽る凄まじい攻撃

ここに一通の「投書」がある。創価学会員が、仏壇の中に入れ、毎朝晩、本尊と共に拝んでいるという紙である。これを毎日拝まされていることに耐え切れなくなったある学会員が、編集部宛に送ってきたものだ。そこには、

<御祈念
1.打倒仏敵4人組    (日顕・山友・竹入・新潮社)
1.先生・奥様の御健康・御長寿
1.無冠の友の無事故
1.広布拡大 1000万大勝利>

と書かれている。

学会は脱会者を徹底的に攻撃する一方で、学会員に大真面目にこんなものを拝ませている。学会員は創価学会の「正義」をただただ信じ込まされているのである。

学会による誹謗中傷は、この「御祈念」にある仏敵4人組を含め、大きく分けて5つの対象に向けられている。

1つは、学会を破門したがゆえに憎悪の対象となり、打倒すると公言されている先の日蓮正宗・日顕法主である。

「このインチキ坊主めが」「無能、幼稚、妄想」「内省も良心もゼロの『人間的劣等の権化』」「人間社会を根っこから食い破るダニのごとき病的独裁者」「放蕩・暴力の異常人格はニセモノ丸出し」「デマビラで二度も断罪の日顕宗」「暗闇を這い回るどぶ鼠は、社会の青春」「陰険な顔!、ヘビみたいな眼!」・・・。

これ以上は考えつかないほどの罵声の数々である。ところで日本には、「日顕宗」なる宗教団体はない。日蓮正宗をそう蔑称することは、国連で日本を「ジャップ」と侮蔑して呼んだ国の言語感覚とよく似ている。

2つ目は、山崎正友弁護士。かつて創価学会の顧問弁護士を務めた人物で、京都大学を卒業後、司法試験に合格、弁護士となった山崎氏は、創価学会の顧問弁護士としてだけでなく、池田名誉会長のブレーンとして長く側近の地位にあり、学会員から司法試験合格者を出すための「法学委員会」の設立など、池田創価学会にとつて欠かせない重要人物だった。

山崎氏は、月刊ペン裁判での創価学会側の裏工作や共産党宮本顕治委員長(当時)宅盗聴事件の有り様などを暴露したことで知られるが、逆に学会が「山崎に恐喝された」と訴え出て、山崎氏は下獄。今では池田氏の天敵のような存在といえる。

彼に向けられた学会の中傷言語には池田氏のルサンチマンぶりが表れている。

日く、

「恐喝男・ペテン師」「大うそつき」「疫病神」「薄汚いやつ・卑劣なやつ・山崎は稀代の極悪ペテン師として、後世に末永く、晒し者になっていく・とことん無様なやつ、醜いやつ」「薄汚いドブネズミ」・・・。

あまりに下品で、引用するのも悍られる表現のオンパレードである。

3つ目は竹入義膝元公明党委員長だ。67年に公明党委員長に就任して以来、20年の長きにわたって委員長を務めた竹入氏は、まさに党にとって最大功労者の一人である。竹入氏は98年夏、朝日新聞に『回顧録』を12回にわたり発表した。

しかし、これが池田大作氏の逆鱗に触れる。

日中国交回復の陰で動いた秘話や、創価学会と公明党の関係が双方向ではなく、あたかも一方的な「放射線」の関係であったことなどを記述したことが、池田氏にとっては許せなかったらしい。竹入氏はこの回顧録の中で、「創価学会は間違っている」とは一言も述べなかつたのにもかかわらず、以後、耳を疑うような罵詈雑言が浴びせかけられるのである。

これには「公明新聞」も加勢し、「天下の変節男」「畜生以下の非道」「泥棒野郎」「銭ゲバ」「ヘビ」「極悪議員」「学歴詐称男」・・・と、回顧録連載中から非難の大合唱が湧き起こるのだ。

もちろん、竹入氏が池田氏が得られなかった「勲一等旭日大授章」を受けていたこともこの攻撃と無縁ではあるまい。池田氏にすれば、自分がもらうこともできない勲章を受章した竹入氏はあくまで「忘恩の徒」なのだろう。

10月20日付聖教新聞を見てみよう。

秋谷会長以下、7人の創価学会幹部が座談会に登場して、延々と竹入氏をこきおろしている。

桃原 竹入といえば、あいつの下劣な行状は沖縄でも有名だ。昭和45年当時、あいつは沖縄の夜の街で遊んで、人には言えない恥ずかしい病気にかかった。元党幹部が証言している。
秋谷 沖縄は当時、本土復帰の前後だ。公明党の議員が、米軍基地の総点検など山積みの課題に懸命に取り組んでいた最中だ。
佐藤 汚らわしい! 皆が汗を流している時に、遊び狂っていたわけね!
青木 竹入が狂いだしたのは、ちょうど、そのころだ。昭和45年、いわゆる″政教分離″の宣言があった。それからというもの、竹入のやつは学会に何も言わせずに、勝手放題に遊びだした。(略)
秋谷 何度でも念を押すが、もし今後、竹入のような裏切り者が出たら、もう二度と支援しない。「学会利用」の悪質議員は絶対に許さない。

ここで発言している「桃原」とは沖縄総県長で、「佐藤」は、九州婦人部長である。秋谷会長以下、創価学会の最高幹部たちがこの自分より年長の功労者に対して、ここまで罵声を浴びせられる神経は、宗教者以前に人間としても見事というほかない。

しかし、もし、聖教新聞が言うように、本当に山崎氏や竹入氏が「ペテン師」や「忘恩の徒」なら、それを重用し、見抜けなかった任命権看たる池田氏の責任はどうなるのだろうか。

4つ目は、新潮社への攻撃である。

「デマを撒き散らす毒ガス新潮」「醜刊新潮」「新潮は一番危険で、存在体が悪」・・・。

中には 「強姦新潮」 のような表現すらある。とりわけ創価学会記事を担当したデスクに対して個人攻撃が集中する。

「人間社会への妬み、恨みで凝り固まっている」「根の暗い、ねじ曲がった根性のやつ」「人間の皮をかぶった鬼畜」等々……。

前号で触れた通り、マスコミの中でほとんど唯一、以前と変わらず学会検証記事を掲載し続けている週刊新潮は、このように罵られているわけだ。

5つ目は、学会を批判するジャーナリストたち。彼らにはこんな言葉が浴びせられている。「ガセネタ屋」「根が臆病な畜生」「ろくでなしのデマ男」ー。

学会ウォッチヤーとして知られるジャーナリストの乙骨正生氏へは、そんな攻撃が続けられている。彼以外の学会へ批判的なジャーナリストも同様だ。

以上のような中傷を「正義の言論戦」と言うなら、世間一般の持つ 「正義」 の感覚とは、およそかけ離れたスタンダードが創価学会には存在するということになる。

そして、連載第1回で述べた通り、これらは気の遠くなるような膨大な広告費をかけ、系列メディアを総動員して果てしなく喧伝され続けているのである。

「池田氏への忠誠がすべて」

それにしても創価学会がこれほど悪口雑言の限りを尽くすのは、なぜだろうか。

いつも罵声を浴びせられている乙骨正生氏はこう分析する。

「聖教新聞などの機関紙上でよく使われる″恩知らず″″裏切り者″″不埒な輩″というような言葉は、池田氏が自分でもよく使う言葉です。昔は池田自身がこの座談会の記事に毎日赤入れしながら″もっと強くやれ″とハッパをかけていたことが側近によって明らかにされたことがありますし、今でも日は通していると思います。元々法華経には、正しい教えをやろうとすると必ず魔の働きが起こる、という考え方があります。それを″三種の強敵″と呼びますが、聖教新聞や機関誌で連日中傷されている敵対者は、これに基づいて″悪の分類″をされているんです。彼らが敵対者を平気で畜生呼ばわりするのは、敵対者はあくまで″畜生″であって人間ではなく、人権も何もないという考え方なんです。どんなに悪態をついても人間じゃないから名誉毀損もないというわけです。だから、彼らの言う平和や人権という主張とは矛盾しない。彼らにとっての人権や平和は、学会員にのみ与えられるものであって、敵対する″魔″は徹底的に叩き潰すのです。池田は常々″仏法は、仏と魔との戦いである″と教えていますから、それを忠実に行なっていることになり針す。しかし、こんな内容の発行物を全国に何十万といる青年部の若者が読まされているんですから、恐ろしいと思います」

宗教学者の山崎龍明・武蔵野大学教授もいう。

「確かに、聖教新聞は凄いというか、面白いですね、え。とにかくポロクソです。こういうものを毎日読むと、相当精神に変調をきたすと思うのですが、いくら相手が自分とは相容れない価値観、信仰の人だとはい、え、ここまで言うかという思いですね。これに学会員たちが違和感を持っていないということへの違和感を私は感じます」

しかし、こうした他者への憎悪を煽る凄まじい攻撃は、創価学会にとっては、実は組織を守るために必要不可欠という見方もある。

公明党の現職国会議員でありながら、88年に文芸春秋に手記を発表し、今も尚、攻撃に晒されている大橋敏雄氏はこういう。

「聖教新聞がこれほど悪辣な文章を書くのは、とにかく池田先生を批判した奴をこき下ろせば下ろすほど、その忠誠心が認められるからにほかなりません。幹部はどれだけ酷い言葉で相手に打撃を与えて、池田さんに喜ばれるか、それを一生懸命考えているんです。しかし、これは自分が脱会すれば、今度は同じことをやられるということをそれぞれに分らせているわけだから、脱会を防ぐという重要な意味も持っていることになります。私も恩知らず、ゴキブリ、ドブネズミと、あらゆる言葉で徹底的にやられました。″お前の家を焼く″なんて脅迫電話もありました。それまで″先生、先生々と言っていた人が、除名された翌日からはか大橋ッ″ですよ。家内は罰が当たって、目が潰れたというデマまで流されました。自分の目で、ぴんぴんしてる家内をみて驚いた学会員もいましたよ。私は、除名されましたが、除名の理由は受託収賄、女性スキャンダル、金銭授受といったものでみんなデツチ上げでした。たしかにこれほどの攻撃をされるなら、脱会しようと思っても、普通の感覚の人なら恐怖でとてもできなくなるでしょう。私に対して、去年の暮れ頃から再び攻撃が始まりましたが、本当に恐ろしい団体だとつくづく思います」

問題は、こういう創価学会の攻撃が言論に止まらず、大橋氏の例でも見られる通り、実際の脅迫、嫌がらせ、尾行、暴行などの手段で彼らの言う「正義」を貫徹しようとする場合である。

嫌からせも"功徳"なのか

創価学会検証記事を数多く書いてきたジャーナリストの段勲氏は、自らの体験としてこんな例を挙げる。

「私の場合、様々な学会批判記事を書いていましたから、いろんな嫌がらせを受けました。はつきりと創価学会員の手によっておこなわれたものを警察が摘発したこともありますよ。96年の大晦日ですが、深夜1時半頃、自宅に生卵を投げつけられました。グシャツとけう音がしたので、私は外に飛び出し、犯人を追いかけたんです。その時は取り逃がしてしまいましたが、実はその直前に警察官がウロウロしていた怪しげなその男を職質していたことがわかったんです。案の定、そいつは創価学会員で、生卵を投げつけたことと、自分が学会青年部の幹部であることも認めましたが、最後まで″詫びるつもりはない、自分が悪いことをしたとは思ってない、段が池田先生の悪口を書いていたから、やったのだ″と言い張りました。人の家に生卵を投げつけても、何の反省もない。むしろいいことをしたとでも思っている。彼らにとって、それが″功徳″なのです」

脱会者への面談の強要や威迫行為の例は、枚挙に遽がない。

0O年1月に脱会した元創価大生は、こんな経験をしている。

「私は当時、入王子のアパートに住んでいたんですが、横浜の実家にまで数人の男子部員が押し掛けてきて、母親に″お前の息子はなぜやめたんだ″とさんざん怒鳴り散らしました。私の方は夜遅くに学会員の訪問を受け、″お前、いま暗殺されかかってるで″と、ドスの利いた声で脅され、″入王子の牙城会がお前のことでいきり立っている。今はオレが抑えているが、どうなるかわからんぞ″とも言われました。牙城会というのは、学会の施設や会館、そして池田個人を警備する熱狂的な信者グループのことですが、これが怒っているというのは、学会員にとって暴力団に狙われているというのと同じような恐怖感を抱くものです。″攻撃を仕掛け′るぞ″かお前を潰してやる″などとも散々言われましたし、創価大の同期生たちも入れ代わり立ち代わりやってきました。私が挫けずに理論的な反論を続けたら、やがて釆なくなりました。その代わり、道で会っても、どこで顔を合わせても、完全に無視されましたが・・・」

このケースは、まだまだ大人しい方だが、かつて筆者も日蓮正宗僧侶の協力を得て、脱会者への嫌がらせの実態調査にかかわったことがある。そこからは、


・学会員による面談強要。
・無言電話。
・脅迫状の投げ込み。
・車へのいたずら。
・寿司やピザの大量架空発注。
・店に居すわることでの営業妨害。

……等々、とてもこの紙幅では書き切れないような実例が浮かび上がったものである。しかし、先の段氏のように実際に犯人が特定できるケースは少ない。

宗教者の真の姿とは

攻撃対象は日本人に限らない。在日アメリカ人で学会を脱会したある外国語講師の恐怖の体験を開こう。

「(脱会が明らかになると)私の住んでいるマンションの入り口付近に不審な車が張り付くようになりました。車には中年の月本人の男が乗っていて、私が出入りするときに車の中からビデオカメラをこちらに向けているんです。朝仕事に行くときも、夕方帰ってくるときもずっと車がありました。乗っている人間は2人で交代で釆ていたようです。結局1カ月間続きました。張り込みが終わるか終わらないかの頃から、今度は嫌がらせ電話が頻繁に自宅にかかってくるようになりました。一日に5回も6回も電話がかかってきて、ひどい時には深夜3時頃にもかかってきたことがあります。内容は大体が一方的に″馬鹿ヤロウ! 地獄に落ちるぞ″とか″日蓮正宗ダメ!イケダ先生最高!″などというものでした。時には英語やスペイン語で言ってくるものもあった。あまりにも深夜にかかってきて睡眠不足になってしまったので夜は電話のジャックを抜いてしまったこともありましたが、この電話による嫌がらせは2年間ほど続きました」

脱会者への嫌がらせはかつて、国会でも取りあげられたことがある。

質問者は社会党(当時)の関晴正元議員である。関氏は、地元・青森市で起きた学会員による嫌がらせ事件について、国会の予算委員会で問い質したのだ。

「平成5年2月、青森県内の法華講(日蓮正宗信徒団体=筆者注)の人が、現職警察官に伴われた学会員によって激しい脱講運動に晒されたことがあります。脱講運動というのは、法華講の講から抜けろという運動です。そして学会に来いということです。その方法というのは、まずトイレを貸してほしいと言うめで開ければ、学会員の勧誘。一日に何度も来たて、学会に戻らなければ地獄へ落ちると脅迫的言辞を弄するのです。私はこれは何ですかと、政府委員を問い詰めた。しかし、メディアは私が指摘した実態を報じませんでした」

前号で詳述した通り、日本のマスコミには″鶴のタブー″があり、学会にマイナスになることが報じられるケースはほとんどない。

国会で取りあげられた問題でも、それは同様だ。結局、関氏が明らかにしたこの件も国民に知らされることはほとんどなかったのである。

繰り返すが、以上のケースは全体のほんの一部に過ぎない。一体、この集団の持つ病理はどこにあるのか。

宗教学者の浅見定雄氏(東北学院大学名誉教授)がいう。

「宗教者は、信仰をやめた人に対しても引き続き救済を祈り続けるものです。脱会したからといって、その人物を罵ったり嫌がらせをしたり、或いは無理矢理に引き戻そうとするような行為は、全く考えられないことです。脱会者に対する嫌がらせなどを聞くたびに感じるのは、学会内部には、外部に知られては都合の悪いことでもあるのかという余計な心配です。何もないのならば、やめた人間が学会に閑して何を言おうと平気なはずです。そもそも″ヘビ″″畜生””くそ坊主″などという言葉は、宗教団体でなくても、使ってはいけないものです。まして宗教団体がこんな言葉を使ったら誰からも尊敬されるわけがありません。自らを宗教者として否定しているようなものです」

学会の正義とは、どこまでいっても他とは妥協しない、自らの絶対善を拡張、貫き通すことに尽きる。これまで述べてきた他者への攻撃を見れば、この団体の標榜する「平和」「人権」「文化」のウラに何があるのか、もうお分りだろう。

問題は、創価学会を支持母体とする公明党が政府与党の一角を占め、その政治的権力を恣いままにしていることである。そして、現世利益を宗旨とする彼らが、俗世の権力=行政や司法の力を利用し、さらに気に入らない人間やメディアへの攻撃を強めていることだ。

学会は、司法の場、つまり裁判でも「連戦連勝だ」と宣伝している。果たしてそれは真実だろうか。

次号は、この創価学会の訴訟戦略に的を絞って、その学会の「宣伝」とはかけ離れた驚くべき事実を明らかにする。(次号につづく)

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