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ローマクラブとISO

「成長の限界」の真意は何か?

ローマクラブは、1972年、「成長の限界」というレポートで、石油はあと15年で枯渇すると発表した。石油は海洋プランクトンの死骸が変成した化石燃料であり、資源量に限界があると説明されれば、誰しもそれは大変だと衝撃を受けた。その直後、原油価格が高騰、世界経済は混乱した。石油ショックである。

米国のハーマン・カーンらは、「成長の限界」は、開発途上国の経済成長を阻害し、いつまでも低開発のままにしておくことを主張していると批判した。そして石油は、科学技術の発展で補えると主張したのである。

結果として、ハイブリッドエンジンによる石油消費量の削減や、発酵や水素などの無尽蔵のエネルギーの可能性が出てきている。そして石油埋蔵量は、次々に増加していき、1987年になっても石油も天然ガスも枯渇することはなかった。今もって枯渇する心配はなく、最近では石油の残存量よりも、燃やしすぎによる地球温暖化の方が懸念されている。それどころか、深海底にメタンハイドレートという氷結したメタンが膨大に堆積していることがわかった。天然ガスに換算して、すくなくとも、数百年分のエネルギーに相当するのである。

「成長の限界」の論拠は崩壊し、近い将来のエネルギー不足はありえず、科学技術の発展により克服しようとさえしているのである。つまりローマクラブのレポートは荒唐無稽であったのだ。ローマクラブの創設者であるアウレリオ・ペッチェイは実業家であり投資家である。アウレリオ・ペッチェイらローマクラブのメンバーで、石油相場で一儲けしようとしたのではなかったのか?

ローマクラブが作ったISO14001

ローマクラブは、1991年、地球サミットに向けて「持続可能な発展のための経済人会議(BCSD)」を組織した。これには世界のビジネス界のリーダーが参画し、日本からも日産自動車会長、新日鉄会長、京セラ会長、王子製紙会長、三菱コーポレーション会長、東ソー会長、経済同友会のメンバー7名が参画した。

このBCSD(Business Council for Sustainable Development)では、「持続可能な発展」が検討され、「環境マネジメントの国際規格化」が議論されることとなった。そしてBCSDからISO(国際標準化機構)に標準化の要請が行なわれ、ISOは、1991年9月、「環境に関する戦略諮問グループ(通称SAGE)」を設立したのである。

地球サミット(環境と開発に関する国連会議)が、1992年、リオデジャネイロで開催された。このサミットにおいて採択された有名な「リオ宣言」「アジェンダ21」を受けて、環境マネジメントに関するISO規格作りをBCSDが提言し、1993年2月に環境マネジメントの専門委員会「TC2207委員会」が設置される運びとなった。

そして、その4年後の1996年6月には早々とISO14001規格が制定され、その翌月にはJISQ14001として日本の国内規格に採択された。異例の早さでの規格制定なのである。なお日本のISOの推進機関は、地球環境行動会議(GEA)である。

まとめるとローマクラブの提唱によって、環境マネジメントの国際標準ができ、日本の国内規格にもなったのである。ローマクラブ=ISOなのである。

貿易障壁としてのISO14001

ISO9001は、ISO14001の前に標準化された国際品質保証規格で、ISOに意義を説明する格好の材料である。実は、ISO9001は、イギリスのサッチャー首相が英国の繁栄を取り戻すために、日米などに対抗しようと打ち出した一大政略だったのである。

つまりヨーロッパ(EU)にモノを持ち込むには、ISO9001に適合していなければならないという障壁を作ったのである。ISO9001の旧版は、英国規格BSがベースになっており、英国の狙いが読み取れる。米国規格ANSIは、まったく影響力のない規格のほうに利用されたに過ぎない。

ISO9001が貿易障壁ならば、ISO14001も貿易障壁なのはいうまでもあるまい。品質保証だけなら、書類を調えさえすれば、高品質が謳い文句の日本製品は軽々障壁を乗り越えてしまう。そこで環境マネジメントという概念を盛り込んだISO14001が必要となったのだ。

ローマクラブの初期メンバーが、ヨーロッパの財界を中心に集められていたことを考えれば理解できるだろう。そしてヨーロッパは、EUとして一大市場を作り上げ、貿易障壁としてのISOによって産業を保護しようという当初の狙いを達成した。ISOという武器で、EUの力が高まったのである。

ISOの現実

さて日本のISOの現状は、というと芳しくない。もともと日本企業には、ISOを不用とするだけの品質管理システムを構築しており、ISOは海外との取引上必要な手続きという認識だった。しかし、その手続きが、膨大な事務作業を生み、さらには望外なコスト高を生んでいるのである。

そもそもISOは、ヨーロッパへのパスポートであり、日本国内で流通する分には関係ないはずである。しかしISOを国内規格としたことで、日本の国内産業に大打撃を与えたのだ。ISOの認証には、コンサルタント料や審査料の相場は、500万〜1000万円である。公共事業の入札に必要とされる場合もあり、中小企業には負担として圧し掛かっている。さらには、日本適合性認定協会(JAB)が認定した認定機関が取り消されれば、そこで取得した認証は紙くずになるのである。

そして認証は継続しなければならず、つまり認定機関に金を払い続けなければならないのである。これは企業が、コンサルタント料や審査料を支払い続けなければならないということなのだ。ISO=ねずみ講と言われる所以である。

さて創価学会が喧伝するように、池田大作=ローマクラブであり、このISOというねずみ講に創価学会・公明党が関わっていたことは想像に難くない。日本の中小企業を叩き潰して、日本をどうしようというのだろうか? 創価学会・公明党が喧伝する理想が、日本の中小企業を叩き潰し、ひいてはその社員の家庭を叩き潰すのである。

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