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北朝鮮による日本人拉致問題と日本共産党2

(『さざ波通信』第29号2002.11.11〜12.17)

2、党指導部は一貫していたか?

以上の前置きをした上で、拉致問題に関する日本共産党の見解の変遷について触れておきたい。それについては、以前本サイトで取り上げたこともある黒坂真氏が自身のHPに掲載している論文「日本人拉致問題と日本共産党」に詳しい。もちろん、日本共産党を右から批判する黒坂氏と左から批判するわれわれとでは、見解の変遷をどのように見るかについてなど多くの点で意見を異にするが、事実関係については争う余地のないものである。

黒坂氏は「日本共産党の日本人拉致問題に関する見解は、この問題が表面に出た当初と現在では、根本的に変わっている」と述べ、『北朝鮮 覇権主義への反撃』に掲載されている和田論文を引用して、次のように言う。

和田氏のこの論文から明らかなように、当時の日本共産党は北朝鮮が「李恩恵」をはじめとして何人も日本人を誘拐していることを確信していたのだ。和田氏が「李恩恵」の件を「主権の侵害」と断言していることを指摘しておこう。当時の日本共産党最高幹部は、「李恩恵」と北朝鮮で呼ばれている三十五歳の「埼玉県出身の女性」が、北朝鮮により誘拐されていることを確信していたから、「主権の侵害」と断定したのである。この表現には、いささかの曖昧さもない。

黒坂氏でさえ認めているように、拉致問題において日本共産党は、これを北朝鮮による「主権の侵害」であると認識し、国会でも追及を行なった。とりわけ日本共産党は北朝鮮当局=朝鮮労働党のテロ行為(とくに87年の大韓航空機爆破事件)を厳しく批判し、両党関係が断絶していたため、いかなる遠慮もなかった。

そして、日本共産党との関係が切れた朝鮮労働党は、社民党(当時は社会党)を中心に、日本の与野党政治家との関係を強めたのである。それゆえ、金日成・正日独裁体制を側面から支え、拉致問題の解決を遠ざけたことの責任が追及されるとすれば、そうした非難はなによりも社民党や一部の保守政治家たちに対して向けられるべきである。

しかし日本共産党も最近になって拉致問題を棚上げしたと黒坂氏らから批判されている。次にこの点について検討しておこう。

まず、2000年11月の第22回党大会決議には、北朝鮮との国交正常化問題について次のように書かれている。

――北朝鮮との国交正常化交渉……侵略戦争と植民地支配の過去を清算することは、日本側の歴史的責任として、みずから解決しなければならない問題である。戦後半世紀にわたって放置されてきたこの問題について、日本政府としての積極的な立場と政策を明らかにすることが、この交渉を前向きに実らせるかぎである。北朝鮮との国交正常化にたいし、植民地支配を違法行為としてきっぱりと謝罪し、それにたいする補償をおこなう立場にたつべきである。そのことは両国の紛争問題についても正しい解決の道を開く力になる。

このように、第22回党大会は、拉致問題などにおいて「相手の立場がどうであれ」、補償問題を優先的に解決せよということを党の政策として明確にした。つまり、拉致問題を頑なに認めようとしない北朝鮮の転換・譲歩を待つよりも、補償問題で日本側が譲歩することにより解決を図っていこうということである。これは、侵略戦争と植民地問題という根本的な問題をめぐって原則的対応を行なうことを求めたものであり、それ自体は、交渉のやり方の問題であって、決して拉致問題の棚上げと言うことはできないとわれわれは考える。

だが、共産党議長の不破哲三氏や国際問題の責任者である緒方靖夫氏らは、日本側が補償問題で譲歩することによって打開するという主張にとどまらず、あえて拉致問題には物証がないということで拉致問題の譲歩をも主張しているのである。それが、黒坂氏や兵本氏、さらには『公明新聞』までもが引用する次の発言である。

不破 いわゆる拉致問題の宣伝だけ聞いていると、百パーセント証明ずみの明白な事実があるのに、相手側はそれを認めようともしない、日本政府も弱腰で主張しきれない、そこが問題だ、と言った議論になりやすいのですが、実態はそうじゃないんですね

緒方 そうなんです。外務当局に聞いても警察当局に聞いても、全体としては疑惑の段階であって、「七件十人」のうち物証のあるものは一つもない、と言っています

(中略)

不破 国会の議論としては初めての提起でしたから、そのあとマスコミの人たちと懇談したときにも、中身がのみこめないといった顔をしていた人が大部分でした。しかし、翌朝訪ねてきて、「私はあれで目からウロコが落ちました。拉致は証明ずみの事実と思い込んでいたけど、そうじゃなかったんですね」と言ってくる記者もいましたので、心づよく思いましたよ」(『しんぶん赤旗』日曜版2001年1月14日)

物証がないから譲歩せよということは、戦時賠償や戦後補償において、被害の事実を裏づける資料を要求し、裁判を傍観している日本政府の姿勢を、そっくりそのまま拉致問題に適用したものに他ならない。私的個人間の犯罪が問題になっているのではなく、国家権力が関与した権力犯罪が問題になっているのだから、政党としては当然、百パーセントの物証がなくても(権力犯罪に関しては、権力の側が事実を明らかにしないかぎり、百パーセントの物証を明らかにすることは至難である)、いくつかの重要な事実や資料や関係者の証言にもとづいて、あるいはその国家権力の基本的性格や過去の行動などを勘案して、一定の政治的判断を下さなければならい。過去、わが党は、たとえば大韓航空機事件に関して、百パーセントの物証がない段階で、あれは北朝鮮の仕業であるという政治的判断を下した。

また、たとえ公式的には「疑惑」の段階であるとしても、その可能性が強いだろうという立場で「疑惑」と言うのか、それとも「たぶんそれは嘘だろう」という立場で「疑惑」という表現を使うのかでは、その姿勢はまったく異なる。たとえば、保守政治家の汚職の「疑惑」が取りざたされた場合、それが「疑惑」の段階であっても、共産党はその「疑惑」を徹底的に追及するだろうし、相手に対してその身の潔白を証明するよう厳しく要求するだろう。けっして、それはまだ「疑惑」の段階だからなどといって追及を甘くすることなどありえない。今回の共産党の「疑惑」論が多くの人々を納得させていないのは、「たぶんそれは嘘だろう」と言いたげなニュアンスで「疑惑」を云々していたと多くの人が感じているからである。これでは「棚上げ」と批判されて当然であろう。

立場も視点も異なるが、黒坂氏が痛快な批判を行なっているので引用しておこう。

緒方靖夫氏の奇妙な「論証」

緒方氏は外務当局や警察当局が「拉致事件は全体として疑惑の段階である」と述べていることをあげて拉致事件が疑惑の段階であることを実証した気分になっているようだ。緒方氏に問う。政府当局がある命題を主張したからその命題が真理であるということなら消費税も新ガイドラインも必要であるということにならないか。緒方氏が政府当局に「消費税の税率を上げて経済には良い影響がありましたか」と問えば当然政府当局は「良い影響がありました」と答えるであろう。

共産主義者が、「革命」の対象である政府当局の主張を用いて論証にかえるなどということは、「革命」を放棄しているようなものである。最近の日本共産党は、経済政策などでも「経済企画庁がこのように述べているから正しい」と主張している。日本共産党の経済政策立案を担当する人は「革命家」の基本的立場とは何なのか、思考することが出来なくなっているのだろう。「政府当局が言っていることは正しい」なら「革命」も「私たちの日本改革」も不必要ではないか。

緒方氏らのこうした思考方式は、「自分で資料を調べて考え、判断する」ということが、日本共産党幹部に出来なくなっていることを意味している。

まさしく黒坂氏の言うとおりである。だが、なぜあえて彼らがこのような主張を行なったのかについては、黒坂氏は納得のいく説明をなしえていない。彼の説明では、第一に「共産主義者は共産主義国を守る」、第二に「共産主義者は昔も今も、資本主義国家の強化を徹底して敵視し、あらゆる詭弁を用いて国家の権限の強化に反対する」、第三に「共産主義者は『指導者の権威』を死守する」などとして、日本共産党が朝鮮労働党と友党関係にあった時期の党の文書、あるいはそれ以前の党幹部の発言などでそれを裏付けようとしている。結局、なぜ最近になって拉致問題を棚上げするような発言をするに至ったのかは説明できないのである。

※黒坂氏は、北朝鮮がその誕生から一貫して硬直した独裁体制であるかのように述べているが、これも誤りである。確かに北朝鮮は、ソ連軍の駐留の下で国づくりが行なわれたゆえに、そもそもはソ連の傀儡体制であったという見方はできる。だが、傀儡と独裁体制とは異なる。金日成独裁体制への移行は、67年終わりごろとする研究者・論者が多く、日本共産党指導部も同じ見解を持っている。萩原遼氏は、独裁体制の成立は、67年の金日成によるクーデターの結果であるとしている(『ソウルと平壌』文春文庫、184ページ)。

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