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北朝鮮による日本人拉致問題と日本共産党1

(『さざ波通信』第29号2002.11.11〜12.17)

はじめに

9月17日の日朝首脳会談を受けて、われわれは「トピックス」において、北朝鮮が行なった日本人拉致という国家犯罪を断固糾弾するとともに、その真相の全容解明を要求した。その後、生存者5名の帰国が実現するなどの進展はみられたものの、今なお、全容解明には程遠い状況のままとなっている。

北朝鮮側が日本政府に明らかにした十数名の拉致被害者の他にも、北朝鮮による日本人拉致や在日朝鮮人拉致があったとみられ、韓国においては、拉致被害者が数百人に上ると言われている。北朝鮮政府は、それらについてはいっさい認めていない。そればかりか、87年の大韓航空機事件の実行犯の日本人教育係であった「李恩恵」の存在を認めていないこと、死亡したとされる被害者の死亡証明書に記載された生年月日が間違っていたこと、持ち帰った遺骨が別人のものらしいことなど、安否が明らかにされた被害者の情報についても、きわめていいかげんなものであることが明らかになっている。

また、北朝鮮側が認めた日本人拉致問題は、日本の政界に相当のインパクトを与えた。これまで拉致問題の存在すら認めていなかった社民党をはじめ、与野党がこれまでの対応を批判されている。それは、なぜもっと強く追及してこなかったのか、という被害者家族らの当然の疑問であって、これについては日本共産党も例外ではなく、誠実な対応が求められている。もちろん、われわれ自身も、その党の一員として同じ責任が問われている。ここでは、こうした状況を踏まえ、拉致問題における日本共産党指導部の対応について批判的に検討しておきたい。

1、日朝国交正常化交渉

日朝関係を考える際に、まず確認しておかなければならないことは、日本政府にとって北朝鮮は、政府間の戦時賠償問題において唯一の未解決国だということである。そして日本は、東西の冷戦構造によって南北に分断された朝鮮半島の南側(韓国)に対してアメリカとともに肩入れして敵対してきたため、北朝鮮との国交正常化交渉は、戦後40年以上も経過した89年になって、ようやく開始されたにすぎない。この年、竹下首相が北朝鮮との過去の関係について「反省と遺憾の意」を表明して、政府間の対話を呼びかけ、90年に自民党・社会党(現社民党)と朝鮮労働党との「3党共同宣言」がまとめられて、国交正常化交渉(日朝会談)がはじまる。この共同宣言で日本政府は、「過去に日本が36年間朝鮮人民に与えた不幸と災難、戦後45年間朝鮮人民が受けた損害について、十分に公式的に謝罪を行い、償うべきであると認め」た(『ハンドブック戦後補償』梨の木舎より)。

しかし、日本側はすでに65年に韓国と「日韓基本条約」を締結しており、日朝会談でもそれと同じ解決方法を求めた。それは、相互に国家賠償の請求権を放棄して、日本側から経済協力を行なうというものである。北朝鮮側は、謝罪の意を込めた国家賠償を求めたが、日本政府側は交渉で「日本と北朝鮮は戦争状態になかった」ことを理由として国家賠償を否定した。また、ヨーロッパ諸国では旧植民地出身者にも適用される戦争犠牲者への援護政策も、日本政府は国籍条項を設けて適用を認めておらず(たとえば「在日の戦後補償を求める会 」のHPを参照)、補償に同意したのは、犠牲者・遺族個人の請求権に基づくものだけで、それも事実を裏付ける資料が必要だとした。北朝鮮側はそれに反発して双方の溝は埋まらず、92年11月から7年半にわたって会談は中断する。

なお、日朝会談が開始された時期に、「太平洋戦争犠牲者遺族会」の裁判や、元従軍慰安婦の裁判等が相次いで提起されている。これらの裁判は、日本側が認める個人の請求権に基づくものと言ってよいが、犠牲者が高齢になっているにもかかわらず、日本政府は「裁判を見守り調査に努力」としただけで政治解決を図ろうとせず、多くの裁判は棄却、あるいは長期裁判となって継続している状態である(「戦後補償裁判 データベース」を参照)。

一方、北朝鮮側が拉致問題についてどのような態度を取ってきたかをも確認しておく必要があろう。

交渉が始まってから、87年の大韓航空機事件で実行犯の金賢姫が行なった証言により、日本人教育係とされた「李恩恵」の身元が特定された。91年5月の第3回会談では、日本側がその事実関係を照会したところ、北朝鮮側が態度を硬化して会談が決裂し、それ以後は棚上げされた経緯がある。

日朝会談は、その後、99年の超党派による村山訪朝団の北朝鮮訪問をきっかけとして2000年4月に再開される。この時点で、拉致問題は「日本人行方不明者」として扱われ北朝鮮側も調査を約束した。しかしその後、昨年(01年)12月、朝銀の不正融資問題で朝鮮総連が強制捜査される事件に北朝鮮側が反発して、一方的に調査の打ち切り通告をした。それが、今年3月に再び一方的に調査の再開を通告して今回の日朝首脳会談となったのである。

このように、これまでの交渉に進捗がみられなかったのは、日本側が北朝鮮の補償要求に関して譲歩せず、北朝鮮側も拉致問題を頑としてみとめず、双方が歩み寄らなかったためである。交渉が当事者の歩み寄りによってしか成立しない以上、一方の日本政府が拉致問題を厳しく追及しさえすれば早期に解決したかと言えば、そうではないだろう。そのことは視点を北朝鮮側に移してみれば明らかであろう。北朝鮮側は、日本に対して賠償問題について厳しく追及してきたが、半世紀を過ぎても何ら解決していないのである。

したがって、拉致問題の存在すら認めていなかった社民党は非難されて当然であるが、公明党と共産党との間の論争はほとんど無意味である。これらの問題(賠償問題も拉致問題も)は、まだ解決の糸口が見えたにすぎず、政党の責務は、今後いかにして解決を図るのかという方向で、しのぎを削ることにあるのではないか。

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