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創価学会が、公式ホームページから削除した宗教と文化

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保存にあたって

これは保存のために、web.archive.orgから発掘したものです。創価学会の宗教と文化についての考えの崇高さを尊重して、ここにその真実を保存することにしました。発掘したものなので、リンクがおかしくなっています。そのため簡易インデックスとして、このページがあることを御了承下さい。

創価学会は、キリスト教のヘッセを引用した時点で仏教ではなくなっています。神の決定という「外的な運命」と人間の意思という「内的な運命」を対峙させ、自由になる人間の意思で神の決定に勝利するとヘッセを解釈しています。一方、仏教の縁は、因果関係を人間の意思に限定していないので、人間の意思でどうにかなるはずはありません。そもそも対峙しえないのだから、勝利することはできないのです。創価学会がこれを同じと言ってしまうのは、仏教を捨てたからなのでしょうか?

創価学会は、脳死を人間の死として受け入れるべきだといいます。しかし脳死とは、脳と脳死以外の身体、すなわち霊魂と身体の二元論を肯定することに他なりません。そして仏教は、霊魂に関して無記説(成仏して仏になったら人として生まれ変わらないの。だから考えることは無意味であると切り捨てた)であり、仏教団体として安易に認めてしまって良いのでしょうか?

また「戒名」は生前出家者の法名であるとしつつも、死後に戒名をつけるのはおかしいと面白いことを言っています。日蓮が死者に戒名を付けなかったことが理由ならば、日蓮が「不殺生戒と申すは、是の如き重戒なれども、法華経の敵になれば、此れを害するは第一の功徳と説き給う也」(秋元御書)と述べたように、創価学会の敵を殺すのでしょうか? 日蓮根本主義を掲げるということはそういうことであり、そうでないならば御都合主義に他なりません。

そして仏教は、各地の風習を否定せず取り込んで伝播したのであり、死者に戒名を付ける風習があるのなら認めるはずなのです。位牌は、儒教が由来ですが、否定されていません。中国の風習が認められるならば、日本の風習もまた認められるのです。創価学会は、いったい何に依拠しようというのか不明なのです。

「塔婆」についても、インドの仏塔信仰が由来であるとして切り捨てます。ならば儒教由来の位牌や、神道由来のお盆やお彼岸も切り捨てるべきではないでしょうか? お盆やお彼岸は、神道の先祖祀りがもとであり、ひいては靖国神社の慰霊とも深い関係があるのです。

さらに「“僧侶に塔婆供養をしてもらわなければ故人は成仏できない”“戒名をつけなければ地獄に堕(お)ちる”などと説くのは、塔婆や塔婆を「金儲けの手段」としていることになり、日蓮大聖人の御精神と法義に背く“己義”なのです」ともっともらしいことを言うのですが、馬鹿馬鹿しい限りです。寺社とコミュニケーションがある檀家であれば、各宗派毎の勉強会などで戒名が貰えますし、各寺社の財政状況を把握しているので、供養代の金額の理由も知っています。だから大抵は適正ですし、そうでない僧侶であれば本山に訴えて終わりです。一部の強欲坊主を論うのは、一部の創価学会幹部を論うのと同じであると考えられないのは、何故でしょうか?

孫文と通じ合う創価の精神なんてのも馬鹿馬鹿しい限りです。孫文を支援した日本人は、頭山満や宮崎滔天らであり、牧口常三郎でも戸田城聖でもありません。頭山は、玄洋社を自由民権運動の結社として結成し、「わが福岡こそは憲政発祥の地であった」と豪語しています。また頭山は、福沢諭吉や犬養毅とともに朝鮮の金玉均を擁護し、玄洋社として金玉均を首魁とする朝鮮独立党支援を計画します。さらに頭山は、ヒバリ・ボースを支援し、チャンドラ・ボースを日本に呼び寄せ、インドの独立運動に手を貸しています。在野における日本のアジア主義者は、アジア諸国を民主主義国家として列強から解放することを目指していたのです。

だから国家権力と戦いつづけた3代会長と言うに至っては、お笑いです。どこも隠そうとしていますが、戦前から存在する日蓮系の新興宗教は、多かれ少なかれ田中智学の影響を受けています。田中智学は、「八紘一宇」という造語を作った人物で、日蓮国家主義の立役者です。牧口は、この田中智学に傾倒し、法華経に帰依することで日本が戦争に勝つ考えるようになり、戦勝祈願をしています。現在は放棄していますが、公明党設立の本来の目的である「国立戒壇の設立」は、田中智学の発案でした。戸田もまた、田中智学の影響を牧口経由で受けているのです。

当時の国柱会の出版物や機関誌『毒鼓』などに、生命哲学、価値論、夏季講習会、科学と宗教、政治と宗教、王仏冥合、国立戒壇などの言葉であふれていますし、田中智学の三男里見岸雄著『法華経の研究』(平楽寺書店)を紐解くと、「日蓮上人においては、本尊は………価値創造である」というのが見つかります。つまり創価学会は、田中智学の国柱会を中心とする日蓮国家主義の系譜にあり、その意味では孫文のアジア主義とは正反対なのです。石原莞爾と同じ系譜ということでわかるでしょう。

ところで創価学会の精神が孫文と通じ合うというのは、頭山らを裏切って、最後にソ連に近寄って革命の遣り方を変えた精神のことを指すのでしょうか?

論文・講演

オリジナルのインデックス(ファイル名に"_original"を追加)

生命哲学「九識論」―――――仏教の深層心理学―――――

生命倫理「脳死」―――――脳死・臓器移植問題に対する見解―――――

「戒名」と「塔婆」についての考察―――――日蓮大聖人の法義から―――――

「人間主義と創価学会」―――――台湾・中山大学での記念講演から―――――
創価学会会長 秋谷 栄之助

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