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英語版SOKANET中国語版SOKANET 2003年2月1日(土)
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手記 青年訪中団に参加して
 団長 松山満信(副青年部長)



 21世紀初の訪中団として、過日、大成功の全日程を終えた青年部の「日中友好青年交流団」。その団長を務めた松山満信副青年部長に手記を寄せてもらった。


【青年の連帯で、第2の金の橋を!】

 創価学会青年部の「日中友好青年交流団」は8月18日から26日まで、北京、天津、ハルビン、長春、大連の各都市を訪問した。

 21世紀初となる今回の訪中は、かつてない意気込みに包まれていた。

 出発直前の13日に、小泉総理が靖国神社を参拝。それに加え、歴史教科書問題などを巡り、日中両国関係は国交正常化以来、かつてないほどの厳しい状態にあったからである。

 そうした状況下で訪中する私たちを、池田先生は「今回の訪中は、非常に大事だよ。(青年部の訪中は)新しい、第2の金の橋だ」「しっかり学んできなさい」等と最大に激励してくださった。

 私たちは、この日中友好へ偉大な業績を残された“先達者”の魂を受け継ぐ覚悟で日本を飛び立った。

 北京入りして、早速、今回の招聘先である全青連(中華全国青年連合会)本部へ。黄丹華副主席が迎えてくださった。

 女性リーダーである黄副主席は、その心情を次のように語ってくれた。

 「国交正常化後、中日の関係が最も緊張しているこの時期に、私たち全青連が創価学会の交流団を歓迎するのは、それだけ学会を大事にしているからです」

 また、天津にある南開大学では、周恩来研究の第一人者であり『周恩来と池田大作』を執筆・出版した周恩来研究センターの王永祥所長にお会いした。

 王所長は、周総理から池田先生に、万代にわたる日中友好の大事業が託された歴史的な会見の意義を、感動を込めて語ってくれた。

 さらに、黒竜江省社会科学院の歩平副院長は「今、中日両国に感情的な対立がありますが、それは、両国が正しい歴史認識を持つことで必ず解決できます。ゆえに池田先生が青年に正しい歴史の認識を持つことを訴えておられることは、両国の友好にとって、本当に大きな希望なのです」と強い期待を寄せられた。



訪中団メンバーは、中国の青年と有意義な交流を重ねながら、歴史を学び、新しい友好の足跡をしるした(万里の長城で)


【揺ゆるぎない創価学会への友情と信頼 】

  私は、感動した。たとえ政治レベルで、どんなに波風が立っていようとも、周恩来総理と池田先生の友情を淵源とする、中国人民の池田先生に対する信頼と尊敬は揺るぎないのである。

 「本当に日中友好に貢献したのは、だれなのか」――。それを鋭く見抜き、ひとたび友誼を結べば、どこまでもはぐくんでいく――“信義の大国”の真骨頂を見る思いであった。

 また、青年交流も、今回の訪中の大きな目的の一つであった。全青連は、中国の15歳から35歳までを中心とした青年層3億7千万人が所属。

 こうした青年たちを統率する各地の青年連合会のリーダーは、その地域の若手有力者で構成されており、副市長や局長など行政のトップをはじめ、大学教授、学校長、実業家、マスコミ関係者など、多士済々の人材が集まっていた。

 私たちは、こうした次代を担う若手リーダーと率直に語り合い、ともに歌い、まるで兄弟姉妹のように深い友情を結ぶことができた。この友情の“苗木”を、何としても両国友好の“大樹”へと育てていきたい。

 また、今回の全日程に、全青連の機関紙ともいうべき「中国青年報」の記者が同行取材した。女性記者の劉坤テツ<吉に吉>(りゅうこんてつ)さんが一人で担当したが、9日間の諸行事を通じ、池田先生と創価学会が、中国でどれほど信頼されているかという事実を目の当たりにして感動していた。近く見たまま、感じたままを日本に寄稿してくださると伺っている。

 今回、私たちが一番学ばなければならなかったのは、かつて日本軍が中国大陸に残した残虐で非道な爪痕であった。

 日中戦争勃発の地・廬溝橋には、抗日戦争記念館を訪ね、ハルビンでは、細菌兵器を作り人体実験を繰り返していた731部隊の本部跡も訪ねた。

 直接、この目で、数々の展示物や資料を見てきた私たちには、肉親を目の前で殺された中国の人々の怒りと悲しみが、突き刺さるような痛みとして感じられた。

 と同時に、人間をここまで残虐にする戦争の悪魔性に激怒する思いであった。

 日本を戦争に駆り立てた精神的支柱である靖国神社に、時の総理が参拝することを、中国の人々が許さないのは当然である。

 日本の国民も軍国主義の犠牲者だったと、寛大にも過去の痛みを乗り越えようと努力してきた中国人民の心は、どれほど踏みにじられ、傷つけられたことだろうか。

 人民大会堂で会見した中国政治協商会議の孫孚凌副主席の言葉を思い出す。



中国政治協商会議の孫副主席(右)は、両国友好へ青年に期待を託した(20日、人民大会堂で)

 ハルビンに生まれた孫副主席は、10歳の時、日本軍に攻められ、その時、自分の叔父を日本軍に殺されたという。副主席の口調は厳しかった。

 「小泉総理が靖国神社に参拝したということは、この日本軍の行為は正しかったといいたいのか。日本は、中国と武器を手にとって向き合うのか、それとも話し合うつもりなのか」と――。

 私は、お答えした。

 「牧口先生、戸田先生がその軍国主義と戦って牢獄に入れられ、牧口先生は獄死したのです」

 副主席は、何度も何度も頷いておられた。

 副主席に対しては、池田名誉会長が、愚かな日本の国家主義の台頭に対し、だれよりも戦ってきたことを伝え、その長編詩「黎明の8月15日」の翻訳を手渡した。

 すると、何ページかに静かに目を通され、「この名誉会長の詩は、永遠の中日友好の証です」と感動の思いを伝えてくれたのであった。

 歴史認識の問題で、日本への批判が最も厳しい中で、先生の平和行動、創価学会の正義の闘争は、ひときわ大きく中国人民の心に映ったものと確信する。

 今後、私たち青年部は右傾化をもくろむ日本の国家主義に対し、断固として戦い、正しい歴史の認識を持つ青年の連帯を徹底して拡大していく決心である。



黒竜江省青年連合会の代表メンバーと「交流座談会」を活発に(22日)




2001年8月31日付「聖教新聞」より