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著作紹介 燃えるアジアと日本の原点

「先進国」という言葉はいまだに通用している。日本は明治以降、一貫して武力国家、産業国家の道を歩み続けている。政治、経済が美意識につらぬかれない限り、支配も侵略も無くならない。本書は、美と宗教の統一的追求に生きた岡倉天心、帝国主義の道をその全存在で拒否した幸徳秋水について、読者一人一人の評価を求めている。

<目 次>

序章 アジアと日本の不幸な関係
遠ざかるアジア 天心の理想 アジアのこころ アジアと平和主義
日本の悲劇 岡倉天心の復権のために

プロローグ…吉田松陰・勝海舟・西郷隆盛と岡倉天心
吉田松陰の日本国観 勝海舟のアジア連合論 アジアのこころを説いた
西郷隆盛 世界をみすえるさめた目

1 岡倉天心とアジアの原点
倉の中で生まれる 孔・孟思想との対決 青年時代 中村正直との
出会い 大学で独学する大志 文人画を学ぶ 漢詩にも挑戦
アーネスト・フェノロサ 若い天心、若いフェノロサ
幻の名著『国家論』 文部省に入る 日本画とフェノロサ
西洋の開化は利欲の開花なり 狩野芳崖の発見 天台宗への傾倒
浦啓一と中国の夢を語る 浦啓一の死 美術にも思想がある
日本は日本、それが私の覚悟である 人間の本質は感情にある
中国へ行く あたらしい試練 狂い、酔う天心 東京美術学校を去る
新しい仕事への自信 日本美術院の創設 意気あがる同志たち
王道に生きよ 奇なることを恐るるなかれ 美術品より、美術思想が大切だ
美意識が日本人をかえる インドヘの旅立ち
日本人は茶を愛する国民である アメリカ旅行
五浦の地に日本美術院を移す ボストン美術館東洋部長時代
デーヴィ夫人との恋 愛弟子菱田春草の死 永眠

2 「アジアは一つ」の思想
人間存在の本質は“美意識”にある
諸学の出発点、諸学の到達点としての宗教
資本主義に欠けているものは宗教と美意識である 美と宗教の国家を求めて
偉大なり朝鮮文化 権力は美を追放する 真の統一国家=唐
東洋の王道、西洋の覇道 抵抗の歴史を誇るインド
侵略した国民が偉大なのではない 抵抗詩人タゴールとの友情
ヨーロッパ文明は政治的文明である 東方アジアの文明は人間の文明である
アジアは侵略者を全否定する 天心とヴィヴェカーナンダ
宗教は心の底の大自覚である 東洋と西洋の調和 アジアの兄弟姉妹たちよ
人間の内面のたたかい アジアに根づく偉大なる自由 ゲリラ戦法を説く
東洋の理想 物心合一の理念 アジアの栄光は平和の鼓動のなかに
進歩の意味 戦争はいつ根絶されるか アジアに侵略の思想はない
日本よ、アジアの心に帰れ 茶道の思想 美と宗教の道
「アジアは一つ」の思想的原点

3 幸徳秋水と燃えるアジア
岡倉天心と幸徳秋水 西洋覇道の全否定からの出発 社会主義への傾斜
我は社会主義者なり 愛国心とは憎悪のことである 帝国主義の非義不正
西洋的秋水とアジア的天心の一致 日露戦争 非戦論の訴えと革命の志
敵国の兵士も人の子なり 新聞を斬る 幸徳秋水とレーニン
暴力革命の道 社会主義は人間を真に解放するか
革命のあと、得られるものはなにか 直接行動論者 アジア諸国の生きる道
平和、正義、自由そしてアジア 科学や生産ではなく、博愛と平和の道

<以下抜粋>

「天心の考える美と宗教の統一的追究とは、たんに美術における美ではなく、政治的、経済的意識の中につらぬかれた美意識そのものであり、美意識の中に政治的、経済的意識がつらぬいているような美、いわば生活意識である。また宗教といってもいわゆる宗派宗教でなく、人間そのものに根源的・普遍的に存在する霊性そのものを対象にしていることを意味し、これら二つのものを統一させようとするのが天心の願いであった。」

「第二次大戦中、日本はアジア諸民族を政治的,軍事的に侵略しようとしたが、それに敗れると今度は経済的に侵略しようとしている。政治的、軍事的侵略も経済的侵略も要は一つのものであり、その目標とするところは同じである。この侵略をこれまで長い間、文明国とか、先進国とか、産業国家の名の下に、西洋諸国がなしてきた。岡倉天心も幸徳秋水もそれに敢然として、身をもって反対し、その結果、日本にいることもできなくなり、ついには抹殺されるしかない運命の道をたどったのである。」

「この霊性こそ、人間の肉体と精神をのりこえたものであり、諸学問の出発点であり、終点になるところのものである。いろいろの主義、思想を人間そのものの主義、思想にし、人間そのものを、全人類そのものを、生かすところのものである。」

「幕末から今日にかけて、一貫して武力国家、産業国家として秀でた国を、非常に進んだ国家と考える迷妄が世界中の人びとをおおっている。」

「天心は人間の本質を感情において、知識というものは、その感情を方向づけ、その感情に内容を与えるものとみた。いってみれば、感情が主で、知識は従であった。人間の感情を離れて美術はなく、徹頭徹尾、美術は人間の感情のためのものであり、人間そのものに奉仕するものであった。極言すれば、美意識、美的感情の欠けたものは、人間という名はあっても、真の人間にはほど遠いということになる。」

「天心は美術品をみる目だけでなく、万人の美意識が重要であり、万人が美意識をもたなくてはならないと思った。天地万物のなかに美をみようというのであった。政治も経済も社会も、さらに自分自身さえ美でなければならなかったのである。

いってみれば、美術の美は、あくまで美の探求であり、実験であり、モデルにしかすぎないもの。大事なのは日常美であり、生活美なのである。…美によって日本人を改革しようとしたのであり、産業国家の名のもとに、東南アジアを侵略する西洋諸国がきたなくみえたのも無理はないし、西洋諸国を見習うことを極度にきらったのも当然である。」

「経済の発展、進歩といっても公害を生みだす以上、決して美ではない。これまであまりにも、西洋人は美意識を欠き、美術品なかにしか美をみなかった。しかし、美術品はたんに美の入り口であるにすぎない。」

「アジアは一つといいきった天心ゆえに、世界は一つといったと理解されたのである。美が世界を一つに統一する日はいつのことか。ただそれだけを夢みて生きた天心であった」

「美というものが美術品のなかの美だけでなく、本来、人間の本質であり、人間の全存在を支えるものである、という考え方に天心はたっていた。」

「だから天心は美術品そのものよりも美の思想を愛し、美意識を大事にしたし、生活のなかの美、日常の美を尊んだ。万人のなかに芽生える美意識を問題にし、美そのものが、全生活に貫かれることをなによりも欲した。全生活が美に高められることを求めた。」

「天心のめざめた宗教とはドグマ化した宗教でもなく、阿片化した宗教でもなく、宗教本来の、人間の霊性をめざめさせる宗教である。

天心は人間の霊性をめざめさせる宗教として宗教を重んじたのである。」

「宗教こそ諸学の総合の学であり、統一の学である。いいかたを変えると、諸学の出発点てあり、終結点である。諸学の原点であり、到達点だといってもいい。だから宗教は本来、時代とともに発展してとどまるところがない。しかし、多くの宗教はドグマ化して、人間の伸び伸びとした発展を阻んでいる。」

このような宗教観にたてば、美意識は宗教意識と別のものでなくなる。その美意識は宗教意識の一部であり、それが派生したものである。」

「王道は言葉をかえれば美と宗教につらぬかれた政治である。」

「侵略による経済の発展ということを盛事とか進歩の名で呼ぶ者には、天心の苦しみもアジアの苦しみも、そしてそれを契機として天心が新生したことにも気づかないであろう。」

「もし、美と宗教のなかに生きていたら他人の犠牲のなかで成立するような資本主義、帝国主義にはならない。」

「“アジアは一つである”と天心がいったとき、西洋に対して、アジアそのものが一つであるといったのでないし、西洋の侵略に対して一つになって抵抗せよと叫んだものでないことはもちろんである。アジアの美と理想主義を一つにして戦えといったのでもない。美と理想主義などアジアのどこにもない。アジア諸国の現実は、もっとも美と理想主義をふみにじっている。

天心がいわんとしたものは、西洋の侵略的な政治姿勢、経済姿勢のみでなく、自然をも征服して、ただ無限に富だけを追うのを否定し、アジア文化圏の平和的、自足的、調和的なものを追う伝統を再建し、アジアのみでなく、西洋諸国をめざめさせなくてはならないといったものである。

平和的、伝統的、調和的なものを求める伝統はあるにしても、それはどこにもない。それどころか数世紀以上にわたって、アジアはヨーロッパを政治的、経済約に侵略し、暴力のかぎりをつくした。いまその反省の上に立って、まずアジアがめざめ、しかる後、ヨーロッパがめざめなくてならない。そうでないかぎり、地球上には真の発展も、真の平和もこないというのである。

まったく新しい美と宗教、より高次の日常美、生活美を普遍化し、政治に支配された宗教でなく、政治を支配した宗教、それも政治、経済をつらぬき、包含するような宗教を創造しなくてならないと天心は考えたのである。」

「幸徳秋水は、資本主義の道を歩むかぎり侵略的になることはまぬかれないし、資本主義の発展のためには帝国主義の道をたどるしかないのだと、より現実的に、より具体的に西洋の道を攻撃したのである。その点では天心の思想をより具体的に発展させたといってもよい。

西洋の覇道にたいして、東洋の伝統であり、理想でもある王道を実現しようとしたのだといってもよい。王道とは民衆を第一とし、民衆を他のいかなるものよりも重いと考える思想である。東洋にはそのような伝統があり、理想があり、現実にその理想に一歩近づこうとした時代はあったが、ほとんどそれは実現されえなかった。王道の実現を念じて、覇道を倒す大義名分として昔から易姓革命の伝統もあったのである。覇道とは君あるのみを知って、民衆をただ君のために存在すると考えるだけでなく、他民族、他国民の存在をただ我のために存在すると考えるものである。インドも中国もその他アジア諸国もただそのためにいためつけられてきたのである。覇道が、今日の言葉でいえば資本主義であり、帝国主義である。」

<1974、産報KK刊>

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