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韓国の偽史と歴史問題

序文に代えて。

−我々は今何をいかになすべきか−「朴正熙選集」

近代韓国の祖・韓国史上唯一の英雄・愛国者 朴正熙 韓国大統領

我が五千年の歴史はひと言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった。

いつの時代に辺境を超え他を支配したことがあり、どこに海外の文物を広く求めて民族社会の改革を試みたことがあり、統一天下の威勢でもって民族国家の威勢を誇示したことがあり、特有の産業と文化で独自の自主性を発揮したことがあっただろうか。いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業のわくからただの一寸も出られなかった。

「われわれのもの」はハングルのほかにはっきりとしたものは何があるか。我々はただ座してわらを編んでいただけではなかったか。自らを弱者とみなし、他を強大国視する卑怯で事大的な思想、この宿弊、この悪い遺産を拒否し抜本せずには自主や発展は期待することは出来ないであろう。

以上のように我が民族史を考察してみると情けないというほかない。全体的に顧みるとただ唖然とするだけで真っ暗になるばかりである。

このあらゆる悪の倉庫のような我が歴史はむしろ燃やして然るべきである。

私は、この言葉を韓国人に捧げたい。

本論

韓国は歴史の歪曲として日本を批判する。しかし政治的性質を多分に含む個所は一概に是非を言うことはできない。そして、それを除けば歪曲しているのは韓国なのである。では、何故韓国人は「偽史」を信じるのだろうか?その本質を考えてみたい。

そもそも「偽史」は、どこの国にもあり一笑に付されるべきものだ。しかし「偽史」の普及は、噂の広まりと同義であり、「オルレアンの噂」の例をひくだけで、人々の願望が生み出したものだとわかるだろう。そこで、「偽史」を生み出した人々の願望とそれが歴史とどう関わったのかという視点から考えてみたい。

日本における有名な「偽史」に、義経=ジンギスカン伝説がある。最終的にこの伝説を決定づけたのが小谷部全一郎の『成吉思汗ハ源義経也』であるが、日本人の祖先がかつてそこにいた、すなわち日本人と祖先を一にする同胞として手を取り合うべきだという考えになる。それが同胞なのだから日本人が指導して国土を豊かにしよう、あるいは日本と合併して統一国家を造ろうという話になる。しかし、実際に日韓併合に用いられた日鮮同祖論は、倭国と百済の関係から成り立つものであり、民族=言語と考えれば確かに倭国=百済だが、百済≠新羅=朝鮮なので、実は日鮮同祖論は嘘なのである。まさに、自民族至上主義という願望が生み出した「偽史」なのである。

もう一つは、『竹内文書』である。「年歴無数」の過去から始まるこの「歴史書」は、日本こそが全人類の故郷であり、日本の天皇は神武天皇の即位以前にも、数百代、数千億年にわたって全世界に君臨していた、と解く。釈迦、モーゼ、キリスト、ムハンマドらは皆、天皇の子孫であり、若いころに日本に留学し、その経験をもとに世界中に自らの歴史を教えた、ということになっているのである。

つまり他の全民族が日本人の子孫であるとすることにより、あらゆる人種・民族的劣等感が払拭される。そして、かつて日本人が全世界を支配していたという叙述は、いわゆる「八紘一宇」の精神を歴史的に「証明」したものであり、従って日本の侵略戦争行為を完全に正当化するものであったと言えよう。

にもかかわらず、日本と天皇制を賛美し、日本の侵略行為を正当化するような内容である筈この「偽史」が、なぜか国家権力による弾圧を受けることになる。というのは天皇の偉大さを強調するために『竹内文書』に記載された膨大な皇統譜は、体制側の作った万世一系のそれと齟齬をきたしており、そのことは逆に体制側の皇統譜の虚構性を照射し、その絶対性を揺るがしかねないからである。

日本の「偽史」は、日本人との同祖論を展開することで、同一民族ゆえに統一するのは当然であるとし、併合や植民地という名の侵略を正当化したのである。

このような「偽史」は、何も日本特有のものではない。西洋にもチャーチワードに限らず、アトランティス大陸やレムリア大陸の実在を唱える人々がいるのだ。彼らの描く沈没大陸は、ほとんどの場合、全人類と全文明の故郷であり、なおかつその地の住民の支配層は白人種で、自分たちの先祖であった──ということになっている。これらの説は、白人優位主義、自民族至上主義を正当化し、ひいては「かつては全世界が自分たちのものであった」ということを「立証」して植民地支配を正当化するために編み出された「偽史」と言える。

西洋の(白人の)「偽史」は、白人優位主義・自民族至上主義を正当化するのであり、白人による有色人種蔑視すなわち有色人種の奴隷化を正当化するのである。

上記のように「偽史」とは、現実の世界と歴史に対する根拠のない願望を、現実化・正当化するために生み出されてきたものと言えよう。その願望はまず第一に、自民族至上主義的な世界観の正当化であり、第二に対外侵略の正当化であったと言える。日本人は偽書に基づく同祖論によって、白人は白人優位説によって、それぞれ植民地支配を正当化した(正確には精神的な正当化を試みた)。

面白いのは、日本人が全民族が日本人から発生したと考えるのに対して、白人は全民族の支配者が白人(自民族)と考える点である。しかし、これば植民地における人種差別・民族差別の有無の違い(少なくとも法的平等を与える/与えないということであり、奴隷化する/しないという違いでもある)をもたらしたのであり、面白がってもいられないだろう。

さて韓国人の「偽史」は、日本に寄りかかっているものが多い。剣道・相撲・空手道・居合道・合気道・日本刀・和食・生け花・盆栽・桜・扇子・折り紙・納豆・味噌・錦鯉・カタカナ・日本語・八咫烏など日本文化の起源が韓国にあると主張するのである。道は日本人独特の考え方であるし、ハングルは13世紀に作られた人工言語であるし、竹は朝鮮半島にはないとか色々とツッコミどころが満載で、こんな捏造してまで誇りが欲しいのかと思ってしまう。

ハングルが全言語の根元とか、韓民族が人類の祖とかいうのは、もう季違いとていってもいいだろう。ちなみに韓民族が人類の祖といっても何故かアジア人や黒人は蚊帳の外である。おそらく韓国人の差別感情がそこに現れているのだろう。また韓民族が人類の祖という話は檀君神話から派生する話で、金大中大統領がW杯で国5000年の歴史を誇ったみせた根拠なのだが、中国の歴史書を読めば朝鮮半島最初の国家である衛氏朝鮮は中国人の王朝であることは自明であるし、そもそも檀君神話は神話なのである。もっとも神話を歴史と考えていること自体、前近代的精神の持ち主だということの証明ではあるのだが。

結局、韓国人の「偽史」は、小中華と呼ばれる自民族至上主義と日本の超克願望から出てくる韓民族優位説の正当化するためにある。そして恐いのは、韓民族以外がどうなっても良いという考えがあり、差別感情の源となっていることである。ロサンゼルスで起きた黒人の暴動の標的に、韓国人がなったことは有名であるし、ICECUBEというラップグループが韓国人による黒人差別をふざけるなと歌っていたりと非常に問題である。

そして韓国人が未だに公式的にも「偽史」に囚われていることは、韓国人の精神が植民地時代で止まっており、すなわち韓国人が未だに近代人になれず中世人のままである証明なのである。いいかえれば、韓国における「偽史」の流行の背景が、実は韓国人が未開人であり文明人でないことを証明しているのである。したがって韓国人に対するには、彼ら韓国人を文明人としてではなく未開人として接する以外にはない。私は、ただ韓国人が近代人・文明人の精神を有することを願うだけである。

**韓国人の歴史認識は下記サイト

剣道の起源は韓国にあり!?

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大日本史番外編朝鮮の巻(保存版)

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