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総連415機密文書 「レンク北朝鮮民主化支援全国集会」を叩き潰すための報告書

(RENK)

総聯大阪監査委員会1994.4.22

米CIAの操縦下に南朝鮮塊偶と日本反動からけしかけられたスパイである李英和は、変節堕落分子金英達、李明、朴春仙、○○○、○○○、○○○等、彼らの輩下をかき集め、去る4月15日に大阪森ノ宮にある「アピオ大阪」で「レンク北朝鮮民主化支援全国集会」なる名称で反共和国、反総聯の集会を持った。

奴らは、共和国に留学した李英和と前日本共産党ピョンヤン特派員萩原遼の講演、「在日企業家の激白−秘密映像が明らかにした北朝鮮の真相−」のビデオ上映、○○、芝田の「証言」を契機に、「ツ浩平、芝田孝三らの救援渚動を開始」することを、この集会を出発点にして始めようともくろんでいた。

李英和は、金英達、愛知から来た日本の反動学者であるHS、○○○、○○○らを前面に立て、日本人「新左翼系」約20名の部隊を編成して、「集会」場を占有しようと企てたが、憤激を禁じえなかった我が同胞たちの糾弾の声でおおわれた会場内で大混乱となり、30分もたたないうちに散り散りばらばらになって集会場の会館の外に出てしまった。

李英和は、仕方なく、会館前の公園で○○○、○○○らを引き続き前面に立て、編成された日本人「新左翼」勢力をけしかけて集会開会宣言を行ない、集会を始めようとしたが、我が同胞たちの引き続く糾弾の声を浴びて、集会を開くことができなくなると、8時から予定されていたデモを1時間以上早めて、6時55分から始めようとした。日本人「新左翼」勢力20名で編成された奴らは、機動隊200名の保護のもとにデモをしようとしたが、我が同胞たちが「反逆者、李英和の売国騒ぎを糾弾する」という横断幕を掲げて暴露糾弾したため、デモの解散地である生野の勝山公園と鶴橋駅までも行くことができず、JR玉造駅まで700メートル行ったところで破綻してしまった。

1.組織保衛対策委員会と事前活動について

1)総聯本部の組織保衛対策委員会および奴らの策動を叩き潰すための闘争を組織

a).3月3日、「全国集会」を持っという通報を受けた総聯本部は、直ちに本部常任委員会を開き、「人権問題」をかかげて反共和国、反総聯に狂奔する奴らの企図を破綻させるための闘争を全機関的な活動として取り組むことを確認した。

※「最近の内外反動の策動資料94.2」と結ぴ付けて浸透。

b).総聯本部は、組織保衛対策委員会を3月7日、3月25日の2回にわたって開き、米日反動と「安企部」が、背後から操縦して変節堕落分子、烏合の衆をかき集めて、李英和、李明を前面に立て、謀略団体を押し出そうと画策しているということを明確にし、東京、愛知に引き続いて大阪では完全に奴らの企図を破綻させるため、総聯兵庫本部、総聯京都本部との共同闘争対策を樹立した。

 *4.15当日の「集会」を叩き潰すための事前活動対策を樹立
 *4.15当日の『集会」を破綻させるための対策を樹立。

c).3月28日、総聯本部は、中央組織局の李○○同志の指導の下に、本部組織保衛対策委員会において討議された内容と、闘争対策樹立について、そして闘争戦術上の留意点について討議した。

d).総聯本部は、さらに、この期間に西日本の活動家たちが近畿学院分校〔RENK訳注:東大阪にある、朝鮮総連の専従活動家養成学校〕において「10日間幹部講習会」を行なっている場で、本部活動家が出かけて「李英和の策動の本質と悪辣性」について浸透した。

また、3月31日の「10日間幹部講習会」の第5日目には、西日本の朝青活動家48名を対象にする講習会場において、きたる4.15の李英和の「全国集会」を叩き潰すための思想動員を推進した。

2)事前活動について

(1)事前に叩き潰すための活動に散り組んだ

−総聯本部の組織保衛対策委員会では、奴らの「集会」を開かせないように、事前に叩き潰すため、総聯兵庫本部と総聯京都本部とともに協助して行なった。

a).李英和が勤務している関西大学内の理事会をはじめとする大阪府下の親朝勢力と各界80団体を対象にして、国際部が担当して李英和を暴露糾弾する宣伝物を配布した。

その結果、関西大学では今後、李英和をどのようにするのか検討することになっている。

b).李英和の妻、李明が勤務している△△小学校付近に、李明を学校から追放しなければならないという学父兄の立場に立って、李明を暴露する宣伝物を100軒の家に配布した。

その結果、4月から李明は△△小学校から同じ△△市内にある□□小学校に異動させた。

c).本部国際部を通じて、各新聞社と報道機関を訪ねて、「集会」の取材と報道をする場合、悪く掲載されないように働きかけた。

d).李英和の叔父の総聯大阪府本部・蔡○○教育部長が、李英和に直接会って暴露糾弾する。蔡○○教育部長は、4月11日、李英和の家を訪れて奴の罪行について暴露した。

e).当日「集会」を行なう場所である「アピオ大阪」会館側へ働きかけを進め、当日会館側は李英和ら主催者に会館「使用規則」に違反したとの理由で会館外に追い出すように働きかけた。

f).総聯兵庫本部は、金英達を暴露糾弾する思想動員活動と当日「集会」を叩き潰すための対策を樹立した。

g).総聯京都本部は、朴春仙を暴露して、4月15日の「集会」に参加させないように活動を進めた。

h).その他の活動弁護士との活動を進めた。李英和をはじめとする関係者たちへの抗議電話活動を進めた。

−闘争戦術と内容について

a).闘争の主導権を我々が掌握し、奴らの計画を完全に破綻させて我々の計画どおりに進行する。

b).攻撃の矢を李英和をはじめHS、朴春仙に集中しながら、李明、岸田、金英達らに攻勢をかけることとする。

c).奴らの「集会」を最初から窮地に落とし入れるために、「理論闘争」ではなく、始めから破綻させるための闘争を展開し、起こりうる状況に主導的に対応できるように、総聯兵庫本部グループ、総聯京都本部グループと協力して、グループ別に活動内容を任務分担する。

−グループ編成組織活動について

a).「集会」会場内に入る基本部隊−全体で8組、48名

1組  京都部隊  李英和、李明を集中攻撃
2組  兵庫部隊  金英達を集中攻撃
3組  女性部隊  朴春仙、○○を集中攻撃
7,8組 留学同の日本人部隊
〔RENK訳注:在日本朝鮮留学生同盟の日本人を仮装する部隊〕

倒れる病人部隊組  社協会長
〔RENK訳注わざと倒れて病気になったふりをする役、在日本朝鮮社会科学者協会西日本本部会長、李○○〕

一般同胞ヤジ部隊  総聯東成支部顧問2名

等で構成し、ヤジを浴びせる日本人部隊、「集会」の途中で倒れる病人部隊、抗議に詰め寄る部隊、会館側を見て騒ぎ立て「学習会」もできないと抗議する部隊などを組織した。

b).後方部隊

「学習会」部隊 7名
ビデオ部隊 仮想して奴らのそぱに立って活動 1名
録音部隊 女性同志 2名
巡回部隊 組織部副部長 2名
連絡員部隊 組織部 2名
指揮部 組織部、監査委員 大阪、兵庫3名

「デモ」解散地で花見をしながら奴らが来たときの「緊急集会粉砕部隊」 総聯生野西支部、総聯生野南支部の各基本成員10名

c).その他の部隊として、「集会」会場内に入らず、ロビーで騒ぎ立てる京都同胞20名兵庫同胞34名を動員した。

動員総数128名

(2)当日の「集会」と「デモ」を叩き潰すための活動に取り組んだ

a).3月30日、当日の、「集会」と「デモ」において全般的闘争を指導していく各グループの組長と後方部隊を選抜して、闘争戦術等を討議した。

b).4月4日に第1次、4月12日に第2次と、2回にわたり全動員者に対する徹底した思想動員を進める一方、あらゆる状況に対応する闘争戦術、各部隊の活動において留意すべき点について、具体的な任務分担組織を一つの単位として方式上学〔RENK訳注:一つの単位を模範にして他の単位に見習わせて学習させるという北朝鮮の学習方法〕を行なった後、闘争現場に送り込んだ。

c).「デモ」を叩き潰すために、我が基本部隊同志たちがその隊列に参加して、事前に準備した我々の横断幕を掲げ、我々のスローガンを叫び、奴らの「デモ」を完全に破綻させるようにした。

※基本部隊同志たちは、絶対に機動隊と争わず、機動隊を完全に無視して、李英和に集中した。

2.当日の4月15日の「レンク全国集会」と「デモ」を叩き潰すための闘争

(1)「集会」に参加した代表的な人物たち

−李英和(大阪)、○○○(大阪の変節者)、○○○(大阪の変節者)、李明(大阪)、○○○(大阪の変節者)、○○○(大阪の特務の手先)、朴春仙(京都)、○○(東京)、金英達(兵庫の変節者)、HS(愛知の反動学者)、李○○(在日党、看護婦)、金武義(マルコポーロ雑誌記者)、岸田早苗(大阪のレンク代表者)、○○○(京都のレンク)、高○○(大阪のレンク)、金○○(大阪のレンク)新左翼勢力日本人約20名

(2)警察関係と報道関係

△警察関係

機動隊パス 3台
             計200名
指揮車    6台
パトカー4台
制服警官50名
私服警官20名

△報道関係

テレビ局
NHK、毎日、朝日
新聞社
読売、毎日、朝日
その他
統一日報、講談社、サピオ、KBS(韓国放送社)、マルコポーロ、その他

△その他

領事関係7名
公安庁関係6名
正体不明者15名

(3)闘争の推移と状況について

5:20 機動隊パス2台待機
5:25

李英和をはじめとする関係者30名が現われ、「集会」会場内に入る
〔RENK訳注:李英和は会場内に入っていない〕
入口で待っていた我が同志たちが、奴らの顔を見るやいなや、申まで入って行って糾弾を開始この時から闘争が始まる

5:50 李英和、朴春仙が外に出る李英和、喫茶店に逃亡する
〔RENK訳注:このとき李英和、朴春仙はもとより会場内に入っていない〕
公園で朴春仙に集中攻撃
6:00 「集会」会場内でも「集会」をできず、引き続き闘争を展開している
6:23 「集会」会場内で、我が「病人部隊」が倒れて、救急車が来て病院に出発する
6:30 奴らは4名だけ「集会」会場内に残り、他の全員が会館前の公園に出る
公園で奴らとの口論が始まる
李英和が喫茶店から出て来て、主催者側は会場内でできなかったが、今から公園で「集会」を始めると開会宣言をする
機動隊と衝突が始まる。機動隊はレンクと区別ができず主催者側と思って話をしている。
〔RENK訳注:混乱の中で、レンク、総連、一般参加者の見分けがつかない状態〕
6:45 奴らを護衛している機動隊との闘争が過激化していく
社協会長が倒れて、2回目の救急車が来て病院に出発する
李英和への集中攻撃を開始
6:55 奴らがデモに出ようとする
機動隊は奴らのデモを護衛し始める
我が同志たちは、横断幕を掲げて隊列に参加しようと闘争
7:13 李明が機動隊を見て「李英和を助けてくれ、警察の車の中に入れてくれ」と悲鳴をあげている
李英和が行方不明になる
我が同志たちが機動隊に抗議
奴らが機動隊に完全に警護されて行進を始めようとする
7:20 機動隊の隊長が我が同志たちに解散しろと命令
奴らのデモは、「新左翼」の20名のみで、機動隊80名の護衛のなかで行進を開始
我が同志たちが引き続き追いかける
7:40 本部指揮部から、一部基本成員のみ(10名)を残して、全成員は解散せよとの命令指示が下達
8:00 奴らはJR玉造駅まで来て、機動隊から解散しろという命令を受け、デモは勝山公園までも行けずに破綻し、解散してしまった

−奴らが言いふらした発言 ※内容 別紙に添付

3.奴らの「集会」を叩き潰すための闘争において、収めた成果と経験、現われた不足点について

(1)収めた成果

a).「人権問題」を云々しながら虚偽を掴造し、東京、愛知に続いて、何としても大阪では「全国集会」を契機にして「運動展開」の出発点にしようという「集会」のやからどもの陰凶な企図を完全に破綻させた。

今回の闘争は、大阪だけではなく総聯兵庫本部、総聯京都本部と協力して、全機関的に闘争した結果である。

奴らのこのたぴの大阪「集会」がどれほど甚大な打撃を受けたのか、李英和はこのようにまでなることを予測できなかった。これまでおとなしくしていたが、総聯を告訴しなければならない、抗議しなければならないと言いながらも、いかにあわてふためいているかを窺い知ることができる。

※4月17日の「抗議」するという記事を参照

また、いつも「集会」で糾弾を受けた直後に、必ず総聯各級機関に「抗議」をしてきた朴春仙が、何の悪態も言えないでいる。

b).闘争の中で、我が活動家たちの団結がいっそう強化された。老幹部たちは、我が朝青同志たちを、よく闘ったと評している。敬老から頼もしいという言葉が出たことは、近年このような闘争経験のない朝青同志たちが闘争した結果、正しいと固く信じる心が現われたということである。そして、朝青同志たちは、社協の李○○会長のような老幹部の屈することを知らない闘争姿勢から、多くを学んだと話している。

c).組織保衛対策委員会の機能を高めて、「集会」を叩き潰すための闘争を遂行しながら、闘いを展開しなければならなかった。

事実、この時期、「同胞権利擁護3ケ月運動」が力強く展開されており、提起された課業を遂行しながら、闘争を展開しなければならなかった。また、奴らは、4月15日といえば偉大なる首領様の誕生日であることを知って目的意識的にこの日を定めたが、我々はこの闘争は一歩も後に引けない闘いであるとして、どのようなことがあっても必ず破綻させなければならないという確信と最大の力を発揮して事前活動に取り組んだ。特にこの日、李英和は変節堕落分子である○○○、○○○、○○○らを前面に立てて「集会」を持たなければならなかったという実情は、自らが奴らとどれほど結託しており、その背後には誰がいるのかを暴露することとなった。〔RENK訳注:朝青=在日本朝鮮青年同盟〕

(2)現われた不足点

a).奴らの挑発にかからないように常に強調していたが、一部朝青同志の中で、興奮のあまり、奴らが持っていた携帯マイク1個を壊してしまった。

また、毎日新聞社の記者が撮っていたビデオフィルムを奪い、壊してしまった。
〔RENK訳注:そのほかに、レンクの旗を奪い取リ、レンク関係者のナップ・サックから財布・手帳・キャッシュカード、家のキーなどを盗み取っている。また、多くの集会、デモ参加者に暴行を働いて負傷させている。〕

b).病人部隊は1名であったのに、現場である組長が自ら倒れて、一時的に混乱を引き起こした。

c).各局の報道界へ事前の働きかけを行なったが、十分ではなかった。

〔RENK訳注:文中、現在レンクと関係ない者、現場に来ていない者などの人物名については我々の判断で、イニシアル、○○○及び、△として実名を伏せた。総連関係者においては、原文にて実名すべて明らかではあるが、一律匿名とした〕

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