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ペクトラジ(白桔梗)――北朝鮮におけるアヘン栽培の実態2

(『RENK』第17号 1999.3.1)

朴東明(パク・ドンミョン)

2.北朝鮮における1980年代のアヘン栽培

◆北朝鮮住民の麻薬に対する認識

ここで、北朝鮮住民の麻薬に対する認識について見てみよう。言うまでもなく、麻薬は人の心を惑わし、正気を失わせる害毒作用を持つ麻酔薬物である。代表的なものはアヘン、モルヒネ、コカインなどであり、中毒になれば全神経を侵され、最後には栄養不足で死んでしまう。もちろん、各種の犯罪の原因ともなり得る。それゆえ、北朝鮮当局はこれまで、各種の宣伝・煽動媒体を通じて麻薬の害毒性を広く宣伝してきた。

党組織と宣伝機関では、麻薬の害毒性を科学的に宣伝すると同時に、政治的な宣伝をも行っている。すなわち、当局によれば、麻薬は米国、日本、南朝鮮など腐りきった人間の世界で、一部の堕落した人々が資本主義社会に対する幻滅を抱き、超人間的な力を借りて生命を維持しようとするための精神略奪剤であり、犯罪に没頭するため使用される薬物に他ならない。この点を『さあ見よ、米国、日本、南朝鮮の社会に麻薬中毒者がいかに多いかを……』と題する映像などを通じて明らかにし、「敬愛する首領金日成大元帥と偉大な金正日将軍の懐の中で世に羨むものもなく幸せな暮らしを享受しているわが人民の中で、麻薬服用などあってはならないことだ」と周知徹底させている。

法律でも、アヘン栽培は衛生保健部門や家畜牧場のような特定の単位だけが、一定の目的にのみ利用することと定め、住民のアヘン栽培に対しては厳しく取り締まり、アヘン中毒者は厳しく処罰される。

そういえば、思い出すことがある。筆者が住んでいた地区には、1978年に日本から帰国した同胞女性が暮らしていた。その女性は、何故かは知らないがモルヒネ中毒者で、モルヒネを打たなければ一刻も生きていられなかったようだ。その家庭では、帰国に際して持ってきたテレビ、冷蔵庫をはじめ家財をすべて売り払ってモルヒネを手にしたが、安全員に麻薬中毒者だとばれてしまい、結局、彼女は三年の刑を受けて教化所に入れられた。だが、出獄後も依然として麻薬を断つことができず、とうとういつの間にか行方不明になってしまった。皮肉なことに、これがよい宣伝材料になり、宣伝活動が活発に行われたので、地区の住民は麻薬を心の底から恐れるようになったのである。

◆病気治療を目的としたアヘンの栽培

1980年代の初頭には、ごく一部の農村の住民が民間療法のためにアヘンを数株ずつ植えていた程度だったが、1980年代の中頃になると、アヘンが大腸炎や下痢症などの胃腸病に効くとの噂が広まり、農村住民の間では、家の脇地にアヘンを数株栽培するのが珍しいことではなくなった。これは、北朝鮮で慢性の胃腸病が流行っているにもかかわらず、製薬工場や病院の下痢治療薬が不足しており、また、薬があったとしても効き目ないからである。農村住民がアへンを数株ずつ植える目的は、アヘン汁を搾って悪用することではなく、あくまで薬として利用することにあった。

北朝鮮では、パラチフス、腸チフス、コレラのような、病名が公表されない伝染病の発生率が著しく高いが、その中でも各種伝染病につながる大腸炎や下痢症の患者の比重は相当なものがある。

これは、機関・企業所ごとの労働者の出勤率を見れば分かることだ。機関・企業所では毎日、労働者や協同農場員の出勤状況を把握し、それを安全部(警察)に報告するよう定められているが、労働者、農場員の無断欠勤の原因を分析してみると、10人中4人は大腸炎や下痢症である。しかも、実際は「10人中4人」どころの話ではない。

北朝鮮では胃腸病は一般に慢性病と了解されており、病院や診療所にコネが利かなければ、まず「休職診断書」を発給してもらえない。だが、「休職診断書」なしに欠勤すると、その日の食糧配給を中止される。元気がなく、実際には仕事ができなくても、出勤さえすれば食糧配給は受けられる。そのため、機関・企業所では時々、大腸炎や下痢症に罹って苦しみながらも、食糧配給だけは受けようとして何とか出勤し、機械の前で座り込んでいる労働者の姿を見ることができる(もちろん、今日では「食糧配給」という言葉さえ、過去のものになってしまったが……)。

胃腸病の原因として挙げられるのは、何よりも飲料水である。上水道の消毒が医学上の標準値に達しないため、大腸菌をはじめ多くの有害物質を含んだ飲料水が給水され、そこから病気が発生するのだ。それでも、ピョンヤン市はまだよい方で、地方都市では微細藻類や微生物に汚染された地下水を使うため、微生物や黴菌も容易に混入してしまう。水道から泥水、ミミズが出てくるのは当たり前のことである。水質衛生に関心ないわけではないのだが、消毒剤や処理設備が不足しており、特別な措置を講ずることもできないのだ。

その上、北朝鮮では「ない物は作りだし、足りない物は探し出して」という自力更生の革命精神が強調される。衛生防疫のような非生産部門の活動家(担当者)にとっては悩みの種で、「作り出す」にもすべてが足りないのである。結局、上の機関は下の機関に、下の機関は上の機関に互いに押し付け合うしかない。「事なかれ主義」がはびこるばかりだ。標準値に達するまで水道給水を止めるという手もあるが、その場合住民はより汚染された川の水を勝手に汲んで飲み、更に大きな苦痛をなめることになる。

もっとも、1995年以降は電力事情がどうにもならず、水道給水さえできなくなった。そのため、人々は汚染された川の水を飲まざるを得ず、胃腸病はむろんのこと疥癬をはじめ各種の寄生虫伝染病まで蔓延しだした。各家庭では「疥癬病を防ごう!」とか「水を沸かして飲もう!」とかいうスローガンを貼り出すのだが、燃料もない有り様なのでただ貼り紙を眺めるしか手立てがない。

胃腸病が流行るもう一つの要因に、消化が困難で栄養価の低い食べ物、微生物に汚染された食べ物の存在を挙げることができる。北朝鮮の多くの家庭では、殻がそのまま使われている硬いトウモロコシ飯を主食としたり、繊維素が多く含まれた株(まぐさ)を副食にしたりする。こうしたものばかり食べていれば腹をこわすのは当たり前だが、そうでもしなければ食べるものがない。また、乏しい食糧を分け合って生きていかなければならないため、人々は多少腐敗したり変質したものでも、捨てるのは勿体ないと思っていい加減に食べてしまいがちである。だから、食中毒の発生率も高い。

これは胃腸病が流行る第三の要素にもつながる。つまり、普段は質の悪い食品を摂る反面、急に脂肪分が多く栄養価の高ものを食べ、病気になるのである。とりわけ、金日成、金正日の誕生日に一般世帯に送られる肉、食用油や、12歳以下の子供たちにのみ与えられる砂糖、菓子のような贈り物は事故の原因になる。

この日がくると、子供たちは久しく見なかった砂糖や菓子を抱えてむやみに過食する。もともと食べ盛りであり、また普段食べられないこともあってついつい食べ過ぎ、腹をこわす。大人たちにしても、久し振りに肉や油を使った料理をやたらに食べるので、うまく消化吸収できずに腹をこわす。人々は金日成と金正日の誕生日を迎えると、その政治的意義よりも食べられなかったものが食べられるという喜びが先に立つ。と同時に、それによる悪い結果も予期して、消化剤や下痢止めを用意するのである。

とはいえ、こうして住民が大腸炎や下痢症に苦しんでも、悲しいかな治療薬が絶対的に不足している。各病院に供給される幾ばくかの消化剤や下痢止めは、裏から幹部の手に渡ってしまい、一般住民には漢方薬ぐらいしか渡らない。しかも、こうした薬物は有効期限がとうに過ぎているし、治療効果もほとんどない。こうして、アヘンが求められるようになる。

もちろん、人々は、アヘンを使うのはよくないことだと分かってはいるが、治療薬が不足した状態では効果のあるアヘンに頼らざるを得ない。農村の住民はアヘンを自留地や家の傍などに植え、日陰で乾かしておいて胃腸病の治療薬として利用するのである。

北朝鮮の農村地域では、1985年以前に比ベ明らかに数株のアへンを栽培する農家が増えた。筆者は1987年、平安南道大同郡のある村に農村支援に行ったが、その時もやはり農家の垣根に植えられたアヘンの花を目にした。ただ、その時筆者はそれがアヘンの花とは知らず、傍らにいた老人に尋ねて初めてわかったのだ。 「おじいさん、これは何の花ですか?」

「学生さん、知らないの? 何をかくそうアヘンだよ」

「ええっ、アヘンは麻薬でしょう。個人の家で勝手に植えても大丈夫なんですか?」

「別に心配することはないさ。たくさん植えてもいないのに何が起きるものか。それに、わしら農場員はそもそもそんなに植えようとは思わんよ。一粒でも穀物を多く植えて食糧の足しにしなければ……」

「いや、私が言っているのは、個人がアヘンを一株でも植えたら党政策に外れないか、そう言っているんです」

「もちろん、アヘンを植えてはいかんのはわかっとる。しかし、どうすれば……。この大同郡のようなところは、西海の海が近いから水も悪くて大腸炎と下痢症が多い。だから、家々でアヘンを少しずつ植えて……。大腸炎や下痢症にはアヘンがいちばん効くから」

「党組織幹部や安全員は取り締まらないんですか?」

「彼らもアヘンを植えろとは言わんだろうさ。だが、薬に使うため数株ずつ植えるのに何の文句があるものか。分かり切ったことを……。こんな農村に大腸炎の薬や下痢止めの薬などあるものか。事情を知っている党幹部や安全員は口に出さないし、来たばかりの党幹部や安全員も初めこそ『大変だ、由々しき問題だ』と騒ぎ立てるが、時間が経てば同様に知らん振りだよ」

◆麻酔薬としてのアヘンの栽培

ところで、北朝鮮では民間治療薬として以外にも、アヘンが使用されるケースがある。といっても、快楽や犯罪を目的とするわけではなく、一種の麻酔薬として使用するのである。そうした目的でアヘン栽培行う者はたしかにいる。筆者がそれを知ったのは、1988年、中国の延辺に近い咸鏡北道のある農場を訪れた時のことだ。一人の農場員が泥地の中に畑を開墾して、密かにアヘンを栽培したことが発覚し、安全員(警察)から尋問を受けている場面を目撃したのである。

当時、筆者は同僚とともに、その地域の協同農場の土地調査を行っていた。その際、一日の作業を終え、凍えた身体を温めるため駆け込んだのが、地域の担当保安員(安全員)事務室だった。同僚の一人が担当保安員と親戚関係にあったため、その縁故で思いがけなくも世話になったのである。

さて、筆者が事務室に入ってみると、そこでは一人の農場員が保安員と向き合って座り、熱心に調書を書いていた。安全員は、われわれが入ったのを見るとその農場員を他の部屋に移し、われわれとは対面させなかった。机の上にコップとナイフ、いろんなガラクタがあるのを見て、親戚の同僚は一つのコップを手にとった。

「何ですか、これ?」

保安員の口からは意外な答えが返ってきた。

「ああ、アヘンの汁を搾る道具だよ。さっき男がいただろう。あいつがアヘンを搾っていたのさ」

事情はこうだ。件の農場員の家には息子がおり、その息子は人民軍に入隊したものの「特派性壊疽」に罹り、除隊して家に帰ってきたという。農場員は、苦痛で夜も眠れずに何度も寝返りを打つ息子の姿を見るに忍びず、痛みを減らしてやるため、重罪と知りながらもアヘンを植えて汁搾りを始めた……。

「特派性壊疽」という病気は、人民軍内にだけ発生する「軍人病」で、足の指から次第に腐っていく壊疽性の不治の病だ。いったんこれに罹ると、脚を切断する以外に方法がないと言われている。原因は人民軍内で毎年冬に行われる「冬季訓練」である。兵営内の衛生状態が悪いため、凍傷にかかりやすくなるようだ。 「冬季訓練」に入ったすべての人民軍兵士は、寝る際にも靴を脱ぐことはできず、就寝は基本的に野営だ。そのため、靴の中で足が凍ったり温まったりして凍傷にかかり、そこに壊疽菌が浸入して腐り始めるのである。そもそも日常訓練においてさえ、人民軍兵士らの裸足を見ることは稀である。北朝鮮の娘らの間で「兵隊の一物を見るのは容易いが、足の裏はめったに見られない」という、顔のほてるような冗談が口にされるのも偶然ではない。

ところで、この病気が特異なのは、朝鮮人民軍軍官(将校)には全く発生せず、もっぱら兵卒にだけ発生することである。

およそ160万人の朝鮮人民軍兵士について、栄養失調をはじめとする疾病発生率を病名別に統計するのは難しいが、北朝鮮ではどこの誰でも「特派性壊疽」について、またどの地域にもこの病気に罹って除隊した元兵士がいることについて、知らない者はいないと言っても過言ではない。

件の農場員にしても、かけがえのない息子がこの病気に罹り、腐ってくる両足の痛みに耐え切れずに苦しむのを見て、親としてどれだけ胸が痛んだことだろう。農場員は、はじめはなけなしの財産をはたいて、病院に極く少量供給されるモルヒネやルミナールのような麻酔薬を、医師から闇で高値で入手していたらしい。しかし、ついには財布も空になり、といって苦痛に泣き叫ぶ息子を見殺しにはできず、せめて死ぬ瞬間だけでも痛みを軽くしてやりたいと考えた。それで、泥地の中に300株のアヘンを植え、汁を搾ったのだ。

「そういう人は、どうなるんですか?」

筆者の問いに、保安員はこう答えた。

「う〜む。私も調書を受理して上級機関に回すだけだから……。どうなるのかねぇ。事情は事情だけど、法は法だしなぁ。3年は食らうことになるんじゃないか……」

これが担当保安員の結論であった。とにかく哀れな話である。

同時期、一部住民の間では、慈江道や咸鏡北道のような深い山里で中国人に密売・密輸するため、法機関の目を避けてアヘン栽培が行われているという話が伝わっていたが、これは確証しようがない。そうした事件について北朝鮮では一切公開報道しないため、公式に消息を知ることは不可能なのだ。

その点は措くとして、基本的に北朝鮮では1980年まで、アヘン栽培は厳格な法的統制を受けており、かりにあったとしても、病気治療などやむを得ない目的のために、ごく少量を消極的に栽培するような状況だったと思われる。

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