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悪夢のシナリオ:金正日の核武装と韓国の対応-核物理学者・鄭根謨博士の警告

(月刊朝鮮 2003年4月号)

国際原子力機構(IAEA)議長を経た核物理学者・鄭根謨博士の悲壮な警告
「韓国が必死即生の姿勢で金正日の核開発を阻止しなければ、アメリカは核を許すかもしれない」
金正日が核武装すれば大韓民国を人質として国富を強奪するだろう

●北朝鮮の廃燃料棒8000余本の再処理を容認すれば北朝鮮は核保有国の仲間入り
●日本は四週間以内に、台湾は数ヶ月中に核武装が可能
●北朝鮮の核武装を阻止し、東北アジアでの核拡散を防げる国家は中国だけだ

「アメリカが『台湾核許容カード』を使えば中国は北核を防ぐ」

鄭根謨

1939年ソウル出生
京畿高・ソウル大物理学科卒業
米ミシガン大応用物理学卒業
プリンストン大核融合博士後過程(postdoc)
プリンストン大、MIT研究員.
ニューヨーク大核工学科教授(1975〜1982)
世界銀行エネルギー政策諮問委員、米国務省国際開発処諮問委員
韓国電力技術社長(1982〜1985)・国際原子力機構(IAEA)議長
科学技術処長官(12代、15代)歴任
現・湖西大総長

金演光(月刊朝鮮次長待遇)・Vladimir

yeonkwang@chosun.com

核兵器多量保有国へ向かう北朝鮮 「われわれは空言を好まない」

北朝鮮が大韓民国を相手に恐喝脅迫するとき、楽しんで使う表現だ。

1994年、第一次北朝鮮核危機の渦中に北朝鮮は「ソウルを火の海にする」と言いながら、アメリカの対北朝鮮制裁の動きに対抗した。休戦線近隣に配置された1万余門の北朝鮮長距離砲と多延長ロケット砲が、ソウルを人質に定めているという事実を知っている韓米両国は、北朝鮮の脅迫にびくりとした。

北朝鮮は1997年7月の労働新聞社説を通じ、自分たちの目標が「強盛大国」、すなわち途方もない軍事力を持つ国家の建設であることを宣布した。労働新聞は「偉大な党の指導により、社会主義建設で一大昂揚を起こそう」という社説で「主体の強盛大国」という表現を初めて使用した。

強盛大国を建設するという北朝鮮の宣言に、北朝鮮問題専門家らの反応は総じてこうだった。

「200万名の住民たちを、とうもろこし粥も食べさせられずに餓死させた政権が、何を以て何の才知で軍事大国を作るというのか。寝言にもほどがある……」

北朝鮮は空言を好まない。

1994年から3年にわたった「苦難の行軍」の中で、200万住民の屍体を越え、北朝鮮政権は核兵器を多量に保有する軍事大国への夢を育てた。

「北朝鮮は政権の安全保障と正常な待遇、経済的支援など彼らが切実に願うものをわれわれが提供すれば、よろこんで核強大国になるという野望をあきらめるはずだ」(盧武鉉大統領、3月3日付けのニュースウイークでのインタビュー)

このようにわれわれが自らに催眠を掛けるあいだ、北朝鮮は核兵器多量保有国へと向かう道に立ち入った。「北朝鮮の核は体制生存のための、交渉兵器だけのものだ」、「北朝鮮はどの瞬間にも核兵器に対する執着を捨てて、合理的に行動するはずだ」という韓国人の切実な希望は破られつつある。

北核のアルファ(α)からオメガまでを知る専門家 「時間はほとんどないですよ」

国際原子力機構(IAEA)議長を経た鄭根謨・前科学技術処長官は、北朝鮮核開発のアルファ(α)からオメガまでを語る核兵器の専門家だ。1970年代初期から北朝鮮の核兵器開発の可能性を追跡してきた彼は、「韓国経済が、核兵器で武装した北朝鮮の人質になるという結果が直ちに生じるはずであり、残された時間は長く見て2年だ」と語った。

彼は「核兵器を製造する数千個の製品設計図がすでに公開された状態」とし「核兵器の原料であるプルトニウムと濃縮ウラニウムだけが確保できれば、核保有国になることは時間の問題」と語った。彼は「北朝鮮が1994年10月、ジュネーブ核合意で凍結させた8000余ケの使用後廃燃料棒を再処理し、国際社会がそれを容認すれば、北朝鮮は潜在的な核兵器多量保有国だ」と語った。

北朝鮮が昨年末、IAEAの監視網下から引き出した廃燃料棒を完全再処理するのにかかる時間は6ヶ月程度と推算される。この場合、北朝鮮は22.5〜27kgのプルトニウムを確保することができる。核兵器4〜5個を作ることができる分量だ。

北朝鮮は1994年10月、核施設を全面凍結する前に7〜21kgのプルトニウムを抽出したことが判明している。北朝鮮はいつでも決心さえすれば、6ヶ月中に7〜8個の原子爆弾を作ることができる核物質を手にしている。

鄭博士が北朝鮮の核兵器開発の努力に初めて接したのは、30余年前の1970年代初期という。

ニューヨーク大の核工学科教授だった彼は、ニューヨークのロングアイルランドにある国立研究機関「TSO(Technological Service Organization)」で技術諮問役を兼任していた。この研究所は、全世界的な範囲での核拡散を追跡していた。プルトニウム抽出とウラニウム濃縮を追求する国家を探し出し、これらの国家が核兵器の原料物質と開発人材をどのように調達しているかを追跡するのが主任務であった。

「TSOにウィリー・ヒギンボサム(William Higginbotham)という方がいました。第二次世界大戦時に、アメリカの核開発プログラムである『マンハッタン・プロジェクト』に参与し、最初の原子爆弾を作るときに雷管を設計した人です。原子爆弾はどれだけ高いところで爆発させるかによって、その威力が変わります。大気の気圧によって高度を測定し、適当な高さで爆発させるのが核爆弾製造における核心的な技術です。

核兵器雷管設計者ヒギンボサムと北朝鮮

ある日、ヒギンボサムがハングルで書かれた新聞と雑誌をいっぱい持ってきました。見てみると、ハングルで書かれた北朝鮮の宣伝冊子です。ヒギンボサムが『このお友達たちが毎日送ってくるんだ。どうしてこのようなものをわたしに対し送ってくるのかわからない。根謨、君はハングルを知っているのだろう?どんな話なのかちょっと読んでみてくれ』と言いました。当時の韓国では『ウィリー・ヒギンボサム』が誰なのか知る人はいませんでした。しかし北朝鮮は核爆弾の雷管技術を持つヒギンボサムに、1970年代初期から接近していたのです。核兵器に対する北朝鮮の執着は根がそれほど深いのです」

−北朝鮮が核兵器に初めて関心を持つようになったのは、いつぐらいからでしょう。

「アイゼンハワー将軍が大統領に当選し、1953年1月に韓国の戦場に来ました。朝鮮戦争の終熄が彼の大統領選挙公約でした。遅々として進まない休戦会談を成功させるために、アメリカは『戦争を続けるならば、われわれは原子爆弾を使う』と中国側に通報したことが知られています。アイゼンハワーは軍出身ですから、原子爆弾をいくらでも使えるという考えを持っていたようです。このような圧迫が功を奏し、1953年7月に休戦協定が結ばれました。金日成は核兵器の外交的価値をその時に知ったのです。

『核兵器は絶対の兵器だ。外交・国防において必要でであり、緊急にさっと出すことができるジョーカーだ』。そのような概念が金日成の頭にしっかりと根を下ろし、核開発を始めたんですよ。1964年に中共が核実験に成功したから、「われわれもできる」と考えたんですね。その後、北朝鮮は科学者をロシアのドゥブナ(Dubna)研究所に大挙して派遣しました。ドゥブナ研究所は核兵器関連プロジェクトをたくさん運営していました」

―1970年代初期では、アメリカのTSOは北朝鮮の核兵器開発能力をどのように評価していましたか。

「核物理学者はもちろん、人類学者までもが参与した広範囲なグループの専門家たちが「次の核開発国家(Nth State)がどこであるか」を常時、討論しました。彼らは北朝鮮が核開発プログラムを推進しているという確信を持っていました。北朝鮮・イスラエル・イラク・イランがリストに登場した国家です」

核武装は国家の運命を賭した決断

―韓国もリストに入っていましたか。

「韓国のあらゆる核関連プログラムはIAEAの虫眼鏡のなかに入っていました。朴正煕大統領時代に核開発を試みたものの、国際社会の監視で組織的に推進することができませんでした」

―核保有国家になるために必要な要素には何がありますか。核分裂物質の確保が最も重要なのでしょうか。

「核兵器を持つという決心でしょう。核兵器の保有は国家的意志があってこそ可能なことです。核保有国家になろうとするなら、指導層が国家の運命を賭して決心しなければできません。技術力があるかないかというのは、その次の問題なのです。持つという決定が下されれば、その方向へ行くために核物理学者を集め、国家予算を投下して、核物質を集めなければならないでしょう。その全過程を企画するのが『プロジェクト設計』であり、核兵器を作るのに必要なのが『製品設計』です」

―韓国が今「核兵器を保有する」と国家次元で核開発を始めるならば、科学者はどれくらい必要ですか。

「核分裂物質を持っていることを前提とするならば、核心部門の設計などに十三、四名いればいいでしょう」

―韓国にはそれぐらいの核物理学者は、すでに確保しているのではないですか。

「もちろんでしょう。繰り返しますが、重要なのは技術能力より国家的次元の決断なんです」

−北朝鮮もやはり国家の運命を賭して核保有国の道に立ち入ったと見ていいのでしょうか。

「北朝鮮が核兵器を保有するために、いま払っている途方もない犠牲と代価を見ればわかることではないでしょうか(第五共和国以後)。われわれは(朴大統領時に推進した)誘導弾を作るのを自ら断念して、国防科学の人材をなくしてしまいました。その人材で研究を続けたとするなら、われわれは1980年代中盤に人工衛星を打ち上げることができるロケットを開発したでしょう」

―今回の第二次北核危機は、北朝鮮がアメリカ側にウラニウム濃縮を通じた核兵器開発を認めたことで触発されました。北朝鮮がウラニウム濃縮を通じて核兵器を開発する可能性もあるのでしょうか。

「ウラニウムを濃縮するには、途方もなく多量の電気が必要です。最初に核兵器を開発したアメリカは、ウラニウムを使う道とプルトニウムを使う二つの道をすべて推進しました。しかし1945年の夏までにアメリカが国力を動員して集めたウラニウム235の量は、広島に落とした核弾頭ひとつを作る分量にしかなりませんでした。核兵器を一つ作ることができる15kgのウラニウムを濃縮しようとするなら、100基以上の遠心分離機を5年間、完全稼動させなければならないのです。ウラニウム濃縮は『威嚇用』で、結局はプルトニウム原子爆弾を作る道を進むものです」

―1994年のジュネーブ核合意が妥結されたとき、西側は「北朝鮮が、核兵器1〜2個を作ることができる7〜21kgのプルトニウムを保有している」と推論しました。最近になってアメリカは「すでに1、2個の核爆弾を作った」と推定しています。反面、韓国の国家情報院は、北朝鮮は核兵器を開発する能力がないと推測しています。北朝鮮が核兵器保有のために突破しなければならない技術的な難関には、どんなものがありますか。

「プルトニウムはピュレクス(訳注:PUREX法)という化学工程をつうじて抽出します。プルトニウムには同位元素が多いです。同位元素があまり多ければ、核兵器設計が複雑になります。安定したプルトニウムを作るのが最初の宿題なのです。あとはプルトニウムを爆発させる『耐爆(implosion)装置』が研究課題です。プルトニウムを点火させるには、高度な電子装置が必要です。何百万分の1秒まで合せなければならないですから。マッチをつけるとき、火がぱっと点くときとプシュっと消えるときがあるでしょう。耐爆装置の精密度によって核爆弾のイールド(yield:効率)が変わります」

−北朝鮮が耐爆装置を「すでに開発した、あるいはできなかった」と観測が交錯しています。

「核物質があり、設計図だけがあれば核兵器は作ることができます。原子爆弾製造技術は1945年の技術です。原子爆弾が初めて爆発してから5年間に2000個の設計が現れました。北朝鮮はすでに何度も寧辺地域で高爆実験(訳注:高性能爆発実験)を行いました。これまで核爆弾製造に関する多くの文書が秘密解除になりました。

私は1987年に国際原子力機構の理事に就任して、1989年には議長に選ばれました。国際原子力機構の本部はオーストリアのウィーンにあったのですが、その時『最も勉強熱心なのが北朝鮮外交官』という冗談が飛び交いました。北朝鮮外交官たちは図書館に出入りしながら、途方もなく多くの核開発関連書類を書き写して行きました。北朝鮮がプルトニウム生産のため使っている黒鉛減速爐の設計図、核開発初期の核兵器設計図などは図書館にいくらでもありますからね。

北朝鮮は1985年核拡散禁止条約(NPT)に加入し、国際社会の『良い子』になりました。その後、IAEAを通じて莫大な核兵器開発資料を蓄積したのです」

―プルトニウムを確保した北朝鮮が核兵器を手に入れるまでにどれぐらいの時間がかかりますか。

「時間の問題でしょう。プルトニウムの精製、プルトニウムが核分裂するとき中性子が外に出ないようにする技術、高爆物質を利用してプルトニウムを内側に追い込んで爆破させる技術、このようなことを北朝鮮はこれまでたくさん研究しました」

北核が実戦では爆発しないことも

―「北朝鮮がすでに1〜2個の核爆弾を保有している」というのが米情報当局の分析でありますが、「北朝鮮が核兵器を保有した」と、わたしたちが最終判断する時点はいつになりましょうか。

「北朝鮮が地下核実験に成功したときかもしれません。北朝鮮の技術者たちが核実験をしない状態で、すでに粗悪な原子爆弾を作っては、金正日に『原子爆弾を作った』と報告しているかもしれませんよ」

―ならば北朝鮮が地下核実験をしないまま「われわれは核爆弾を保有している」と宣言するなら、北朝鮮を核保有国と見做さねばなりませんか、あるいは核保有可能国家と見做すべきなのでしょうか。

「ウラニウム爆弾は実験する必要がありません。無条件で爆発するようになっていますから。北朝鮮が開発しているプルトニウム核爆弾は複雑です。原子炉のなかでウラニウムを燃やせば、プルトニウム239のほかにプルトニウム249が生成されます。プルトニウム239の純度を高める精製が必要なのです。北朝鮮が地下核実験をしなければ、北朝鮮が保有している核爆弾というのは実際に爆発することも可能であり、また爆発することができない兵器でもあります。北朝鮮がどこかに核爆弾を投下したとき、バンと爆発せずにプシューっと継続して燃えることもあります。これは『汚い爆弾(dirty bomb)』と呼ばれています。汚い爆弾はアルファ(α)波を大量発生させ、これを吸入した人は肺癌になります。最悪の場合、北朝鮮は『汚い爆弾』を投下する可能性もあるのです」

―核実験をせずに核保有国になった事例はありますか。

「まだありません。南ア共和国とイスラエルは核開発プロジェクトを共有しながら、南ア共和国で核実験をしたことが知られています」

−北朝鮮が保有したと推定される核兵器1〜2個は、ある程度の水準の核爆弾だと思いますか。

「開発に成功したとしても、とても原始的な状態のものです。重さは5tぐらいになりますよ。威力はダイナマイト20kt程度のものでしょう。戦略核兵器の破壊力はメガトン級ですから。威力は比較にならないですよ。5tぐらいならあまり重いためミサイルに搭載するのが難しく、ミサイルに搭載しようとするならものすごく高度な設計が必要です。砲弾で核爆弾を射つぐらいに至ろうとするなら、もうとんでもない兵器設計が必要です」

―そうした点のため、「北朝鮮が粗悪な核爆弾を1〜2個を開発したとしても、韓国の安全保障に実際的な脅威とはならないであろう」という観測が出ていないですか。

「そのような単純論理、白黒論理がいちばん勢いを持つことが、わたしにはさらに心配です。多くの人々がわたしに『北朝鮮は現在、核爆弾を持っているのか。持っているのではないか』と尋ねます。北朝鮮がこの瞬間には核兵器を持っていないものの、数ヶ月後に、あるいは1年後に核爆弾を持つようになるのであれば、いまこの瞬間に核兵器を持っているのとまったく同じ脅威なのです」

北朝鮮が粗悪な核兵器を保有しておいて、今後の二年間でそれを途方もなく発展させることもできます。安全保障と国防は『最悪のシナリオ』に基づかなければならないのです。『核兵器を持っていても、金正日がわれわれに対して射てるのか』、『金正日政権はもうじき崩れるのではないか』という希望的な期待へ向かえば、われらは亡びるというものです」

―アメリカは、寧辺のプルトニウム抽出施設である「放射化学実験室」などを精密爆撃し、核開発を阻止するというシナリオを持っています。このような爆撃が北朝鮮の核開発を阻止できるでしょうか。

「再処理施設は化学工場です。必ずしも寧辺に作る必要はないのですよ。北朝鮮が他の場所にどれほど多くの再処理施設を持っているのか、知る由もないのです。再処理は放射能物質を扱う工程なので安全装置が非常に重要です。しかし安全施設をきちんと備えないまま、死ぬ気で人々を動員して再処理をすることも彼らにはできるのです。われわれには高度な技術ですが、原始的な方法で再処理をすることも可能なのです」

アメリカの「レッドライン」が後退することも

―「北朝鮮が8000本以上の核燃料棒を寧辺地域の外に搬出した」というアメリカ言論の報道が出てきたことがありますが、現在では寧辺地域内にあるものと窺えます。核燃料棒がどこへ行ったのかわからない状況が来たら、それはアメリカが定めた「レッドライン」を越えたことになるのかもしれません。

「レッドラインはさらに後退するかもしれませんよ。アメリカは最終レッドラインを『地下核実験』に設定する可能性があります。北朝鮮は廃燃料棒を引き抜き移動して緊張を造成しましたが、『引き抜き移動はしたが、手は付けなかった』と出るかもしれません。北朝鮮はいま、狡猾なゲームをやっているんですよ」

−北朝鮮は寧辺の核施設で抽出したプルトニウムのほかに、さらに多くのプルトニウムを保有している可能性はないでしょうか。

「旧ソ連崩壊以後、とてつもなく大きな核分裂物質ブラックマーケットが形成されました。そこからプルトニウムを仕入れてきた可能性もありますよ」

―1993年と1994年の対北朝鮮核交渉パターンを見れば、北朝鮮は国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁が始まれば「ウラニウム濃縮をあきらめる。核凍結で原状復旧する」として協議にはいる可能性があるのではないでしょうか。

「金正日の体面が内部で途方もなく失墜されているので、北朝鮮がそんなに素直に譲歩すると考えるのは難しいです」

鄭博士の長い説明がつづいた。

「金正日は昨年、四つの大きな失敗を犯しました。最初は、ジェームズ・ケリー米国務省次官補が訪れたとき『ウラニウム濃縮による核武装の道へ向かっている』と認めたことです。対米恐喝用に使ったのに、アメリカは脅えなかったのです。

二番目は日本と修交交渉を進展させるために、日本人拉致を認めたことです。拉致問題に幕を引こうとする発言が日本国民の感情に火を付け、修交交渉の門を完全に閉じて閂をさす結果をもたらしました。金正日が拉致を認めたため、朝総聯の人々は拉致の共犯者になってしまいました。

三番目は新義州特区を開発するため、楊斌という人を行政長官に任命しましたが、中国政府は楊斌を脱税容疑で拘束しました。

四番目は、昨年7月1日に価格現実化措置を行なったのですが、300%のインフレが起きて、闇市の穀物価格が膨れ上がりました。金正日政権は動くその都度むちで打たれて、グロッキーな状態かもしれません。制裁が始まったからといって素直に『核開発あきらめる』とする立場とはいえないのです」

中国が食糧・エネルギー供給を断てば北朝鮮は三ヶ月もたない

−北朝鮮がある日「われわれは核保有国だ」と宣言したならば、国際社会が選択できる方案には何がありますか。

「そうなれば交渉でありなんでありみんな終わりですから、,北朝鮮はそこまで行かないでしょう。核保有宣言すれば、駐韓米軍が核を導入しますよ。NPTも韓半島非核化宣言もすべて破られるのですから、核を導入するのにのに何の問題もありません」

国家の運命を賭して、核保有に執着している北朝鮮を鎮めることができる方法は何でしょうか。

鄭博士は「わたしたちが北朝鮮の恐喝に怖じ気づかなければ、北朝鮮の在来式軍事脅威と核脅威を無力化させる政治・軍事・外交・技術相談など多くのカードがある」と語った。

「中国には台湾問題があり、北朝鮮が核を保有して、東北アジアに核拡散が進行するのを座視できません。アメリカが許容さえすれば、台湾は数ヶ月のうちに核保有国家になる能力を持っています。

北朝鮮は低い段階の経済制裁も粘り通す余力がありません。電磁波で北朝鮮のミサイルと核弾頭を無力化させることができる兵器体制の開発も行われています。精密な先制爆撃で寧辺一帯の核施設を除去することもできますよ。死の灰がない戦術核兵器で北朝鮮の長距離砲・多延長ロケット砲陣地を無力化させる方法もあります」

「北朝鮮に対するいかなる形態の制裁にも反対する」という盧武鉉政府の人々と「北朝鮮に対するいかなる形態の制裁も挑発行為と見做す」という北朝鮮は、確実な「対米協調」体制を構築した姿です。韓国社会では『対北朝鮮制裁=戦争』という公式が、幽霊のように飛び交っています」

鄭博士はこのような点を勘案するとき、「中国カード」を通じて北朝鮮に外交的圧力を加えるのが「最善のカード」と語った。

―中国人に会ってみれば、外交部の人も研究所の人も、北核問題に対する返答はまったく同じです。「中国は北朝鮮を動かせる何のレバレッジもない。当事者であるアメリカと北朝鮮が解決しなさい」と言いますよ。

「外交的修辞にすぎません。北朝鮮軍は中国軍と緊密な紐帯関係を有しています。6・25時にともに戦った血の同盟という考えがとても強いんですよ。中国から提供される石炭と石油が、北朝鮮エネルギー消費の80%以上を占めています。中国がエネルギーと食糧支援を切れば、北朝鮮は三ヶ月もたせるのも難しいのです。にもかかわらず中国は『われわれには力がない』と、巧みに避けるばかりですよ」

台湾カードで中国を動かせる

―中国外交部は「北朝鮮に対する国連次元の制裁に反対する」と公開の場で立場表明をしています。中国を対北朝鮮経済制裁に賛同させられる方法は、何があるでしょうか。

「アメリカは『台湾カード』を持っています。中国が最も頭を痛めているのが台湾問題です。中国は台湾を中国の一部と言っていますが、台湾は厳然とした独立国家です。台湾は原子力発電所と核物理学者を十分に確保しています。台湾は過去二十年間で二度も核開発を試みました。

レーガン大統領時に一度、父ブッシュ政権時に一度、核開発を試みています。しかし二度ともみな、中国の要請を受けたアメリカが出ていって、台湾の核開発を阻止させたのです。中国はアメリカに二回も負債を負ったのです。中国が対北朝鮮経済制裁に賛同せず北朝鮮の核武装を放置するならば、アメリカとしては台湾の核武装を許してしまえばいいのです。中国は台湾を自らの一部であると言っているので、台湾が核武装をしても核保有国家の数は変わりません。台湾はUNにも、NPTにも加盟しておらず、国際法では核開発を阻止することもできないのです。アメリカが許容さえすれば、台湾は安保のために即刻、核武装をはじめるでしょう。そうなれば日本まで動くこともなく、中国を圧力を加えることができます」

―台湾カードが作動するものと見られますか。

「中国は、IAEAが北朝鮮核問題を国連安保理に回附したときに棄権しました。ロシアは反対しました。中国は言葉では「対北朝鮮制裁に反対する」、「安保理回附に反対する」というものの、アメリカの要請を拒否できない立場です」

―アメリカ言論で「アメリカ政府が北朝鮮の核保有を容認することにした」という報道が少しずつ流れ出ているのは「対中国圧迫用」だと思いますか。

「そうですよ。『中国よ、君たちが何もしないならば、われわれも手を引く。北朝鮮が核を持ち、台湾・日本が核を保有するとき、どのようなことが行われるのか、君たちがきちんと判断して行動に移しなさい』このように威嚇しているのです。

―核開発を二度も試みたことを見れば、台湾は核武装の必要性を強く感じているようですね。

「台湾海峡はそれほど広くありません。アメリカが口頭でのみ『台湾保護』を約束しているために、常時不安なんですよ。もし台湾が核武装するようになれば、中国は自分の心臓部に向かって狙いを定める核兵器を、足の下に置きながら生活しなければならないのです。中国は日本と台湾が核武装をする状況を、あらゆる手段を動員して防ごうとするものです」

―「日本が核武装するには、6ヶ月あれば充分だ」という観測が出ています。日本が核武装をするのに、障害要因はありませんか。

「北朝鮮が核を持つようになり、アメリカが日本の核武装を容認するその瞬間、日本は核保有国の地位を有するようになります。日本の技術力を勘案すれば、4週間あれば充分です。日本は核爆弾設計作業を終えられる状態にいます。日本が現在保有しているプルトニウムは5tです。北朝鮮が20kg有していることを以て国際社会が騒いでいることを考えてみてください。日本はプルトニウム原子爆弾の起爆装置を作るのに必要な、あらゆる電子技術をすべて持っています。人工衛星を打ち上げるほどの推進体技術も世界水準です。日本は『作る』と決心さえすれば、4週間以内に数百発の原子爆弾を保有できます」

―台湾の核関連技術力はどの程度でしょうか。

「台湾は日本よりすこしもう、数ヶ月かかかります。ここでもアメリカが関門です。アメリカが安全保障を確固として約束すれば、あえて核爆弾を開発する必要はありません。『作る』と国家次元で決心すれば、台湾は核物質を自ら生産するよりも外国から購入する方向へ向かうでしょう。

既存の核弾頭を解体しながら出てきた核物質が3000tぐらいあります。ブラックマーケットでウラニウムとプルトニウムを買い入れて、雷管を付ける方法でしょうね。稼動中の原子炉からプルトニウムを抽出すれば、時間がたくさんかかり、それを阻止しようという中国との葛藤ゆえに危険負担が増幅されますからね」

ジュネーブ核合意は失敗作

―鄭博士が憂慮するままに北朝鮮が「核保有国家」の地位をもつとき、韓国も自衛的な次元で核開発を始めるべきではないでしょうか。

「韓国はそのような意志を持つこともせず、持つことができる状態でもありません。盧武鉉政権は北朝鮮がどんなことをしても、『北朝鮮が危険であればあるほど、さらに交流して協力しなければならない』という姿勢を持つようです。韓国は核拡散禁止条約(NPT)をはじめとする、あらゆる種類の国際的な核拡散禁止条約に加入しています。『韓国も核開発をするのかしないのか』という質問が成立するのは難しいですよ」

―中国は対北朝鮮制裁で北朝鮮体制が崩壊し、駐韓米軍が鴨緑江と豆満江線まで上がってくる状況を最も恐れているのではないでしょうか。

「だから中国が韓国に対して信頼を持つことができるように、努力を傾けるべきなのですよ」

―中国が韓国を信頼する、というのはどういう意味ですか。

「『南北韓が統一しても中国の脅威にはならない』,『韓半島市場に中国市場を連結させることが、中国の安定に役立つ』こう考えるよう、長期にわたって布石をしかなければなりません。そうなれば中国の人々は厄介の種である北朝鮮を投げてしまうものです」

―盧武鉉大統領は「北朝鮮問題をわれわれが主導的に解決する」、「アメリカと北朝鮮を仲裁する」と言っています。これは可能でしょうか。

「1993年に北朝鮮核危機が発生したとき、アメリカが出ていって北朝鮮と交渉し、ジュネーブ核合意を成立しました。IAEAと国連安保理が出ていって解決しなければならない仕事なのに、アメリカが北朝鮮と交渉を繰り広げたこと自体が誤ちです。

ジュネーブ核合意は形式や内容すべてが失敗作です。プルトニウム抽出を防ぐとしながら、軽水炉を提供したことが代表的なナンセンスです。ガルーチに対し、どうしてそんなにインチキな交渉をしたのかと問うたら、『軽水炉が供給される10年頃後ならば、北朝鮮は亡びているだろう』と言いました。軽水炉二基を建ててみても、送電線がないため利用することもできないのです。当時、アメリカと北朝鮮が交渉テーブルに座り、われわれは交渉がどのように帰結するかもわからず、お金だけを付けました。ところがまた『アメリカと北朝鮮が双務交渉せよ』と言う理由がわからないですね。『われわれが解決する』と出る必要はありません。アメリカと協調しながら毅然と対処すればいいことなのに、なぜ盧武鉉大統領が出ていって、余計なことを話すんでしょうか。われわれにはそのような力はありません」

―「北朝鮮はすでに核保有国の道に立ち入った」という鄭博士の観測と、「中国カードなどを活用すればいくらでも北朝鮮の核武装を阻止できる」という鄭博士様の言葉は、相反するのではないでしょうか。

「わたしたちが命をかけて北朝鮮の核武装を阻止する意志があるかどうかが関門です。わたしたちが死ぬ気で走り込めば、アメリカは北朝鮮が『核兵器保有潜在国』になる状況も阻止するものです。わたしたちが北朝鮮の恐喝におじけづいて縮み上がれば、アメリカは北朝鮮が核保有国家になる状況を容認するかもしれないのです。アメリカの『レッドライン』が、最初の『廃燃料棒再処理』から『地下核実験』へと一歩一歩しりぞく場合ですね。そこで韓米軍事同盟が重要なのです。内部的に一つの意見を作って、アメリカと戦略的な理解を共有しなければならないのです。そうしなければ北朝鮮の核武装阻止は大河を渡るようなものです」

必死即生

鄭博士は二度のインタビューのなかで、李舜臣将軍の「必死即生(死ぬことを覚悟すれば生きられる)」という表現をしばしば使った。穏健で物静かな科学者である彼が、やや低めな声で「死ぬ覚悟で北朝鮮の核武装を阻止しなければならない」と話すのを聞きながら、北核問題を対岸の火事として見物している政府と政治圏が浮き上がった。

―鄭博士が「北朝鮮の核武装を阻止するために、電磁波爆弾で北朝鮮のミサイルを無力化させ、北朝鮮の長距離砲多延長ロケット砲基地を爆撃する方案も検討しなければならない」とおっしゃるのを聞き、わたしははっと驚きました。そのような話を公開の場ですれば、もし『戦争をそそのかす冷戦主義者』という非難を受けませんか。

「わたしたちを守ろうという話ですよ。先に攻撃しようということとは違います。われわれの武装を解除することが防御になるんですか。『戦争だ』、『与えるべきだ』このような単純論理で世相を見てはいけません。北朝鮮の2000万人の住民のための人道的な支援は、より一層拡大しなければなりません。しかし北朝鮮の核武装を阻止することとはまったく別の問題です。北朝鮮が核武装すれば、日本と台湾が核武装をするようになります。われわれをとりまく北朝鮮と中国・ソ連・日本が核武装をして、東北アジアが核軍備増強を繰り広げるとき、わが国民の安全は誰が守ってくれるのですか」

彼は「北朝鮮が核武装に向かうならば、われわれは核兵器自体を無力化させる超現代的武器システムを揃えるべきだ」と強調した。

『核兵器はミサイルや飛行機に載せて飛んできます。それに対抗しようとするなら、光速度時代の兵器体系を揃えなければならないのです。電磁波、レーザー波を発射して、ミサイル体系を無力化させる兵器をわれわれも開発して揃えなければならないのです。『北朝鮮を刺激してはならない』、『北朝鮮に対するいかなる制裁も戦争だ』という単純、白黒論理で国民を守ることはできません。北朝鮮の核問題は韓国政府が持っている漠然とした楽観論とは他の方向へと流れていくものです。国防を安易だと思ってはいけません。死ぬ気で対処するべきであり、小才で刹那を免除しようとしては困ります」●

北朝鮮核問題日誌

1974年 北朝鮮、国際原子力機構(IAEA)加入
1977年 IAEA核安全協定署名、IAEA査察受け入れ
1985年 核拡散禁止条約(NPT)加入
1986年 寧辺の5Mw級黒鉛減速爐稼動開始
1991年 「韓半島非核化宣言」署名
1992年 IAEAの包括的核安全協定署名

1992年5月
14の核施設に対する最初の報告書を提出(後ほど2つの施設を追加)。
「1990年に84個の破損燃料棒から90gのプルトニウム抽出した」と報告。

1992年5月〜1993年2月
IAEA6回臨時査察実施。実際のプルトニウム抽出量を欺いたと判断、IAEA特別査察要求

1993年3月12日 北朝鮮NPT脱退宣言

1993年6月11日
北朝鮮NPT脱退猶予宣言
米・北高位級会談開始
北朝鮮、IAEAの制約的査察提案受容

1994年6月13日
北朝鮮IAEA脱退
5Mw原子炉から燃料棒抽出

1994年10月21日
米・北朝鮮、ジュネーブ核合意妥結

1995年 米・北朝鮮軽水炉供給協定妥結
1999年 アメリカ、金倉里核施設査察
2002年10月 北朝鮮、ウラニウム濃縮による核開発認める
2002年12月 アメリカ重油供給中断。北朝鮮、IAEA封印を除去して原子炉再稼働。

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