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日本潜伏中の「北朝鮮工作員」が語る「金正日から来た指令」

(週刊新潮 2002年10月17日)

日本の国土を蹂躙し、国民を拉致してきた謀略国家・北朝鮮。堰を切ったようにその非道な行いが白日の下に晒されている。中心になったのは言うまでもなく北朝鮮工作員たちだ。今も国内に潜伏する工作員は数十名。国家安全保衛部に所属する工作員の一人が、その活動実態を本誌に赤裸々に語った。

「9月17日の日朝首脳会談は衝撃でした。私たちには想像もつかない出来事だったのです。それまで本国からきていた連絡は、以降、ぴたりと途絶え、工作員の中には、裏切られたショックで舌を噛み切って自殺した者もいます」

そう語るのは、北朝鮮工作員の朴星一氏(54)=仮名だ。

「我々は工作員養成所を卒業すると『毘盧峰連絡所」という施設で最終訓練を受けますが、そこで最後に教わるのが自殺の方法なのです。なかでも舌を噛み切るという死に方は、喉に舌がゼンマイのように巻き込み、苦悶しながら窒息死する。しかし、連絡所ではこれが最も勇気ある忠誠心の高い死に方だとされているのです。にもかかわらず、会談で金正日が行った謝罪は、命がけで任務を遂行してきた我々を根本から否定するものでした。もはや生きている意味がない。そう思う工作員も少なくありません。彼の死は、驚きと怒りをこめた抗議の自殺なのだと思います」

朴氏は17年前にマレーシア人として日本に入国。以降、正規の労働ビザで、日本のとある地方都市に在住している。

「日本への入国は、共和国(北朝鮮)が用意してくれた偽造旅券を使いました。偽造といってもとても出来ばえがよく、今まで疑われたことなど1回もありません」

工作員とはこういうものだろうか。朴氏の口調はあくまで穏やかだが、その話し振りとは対照的に、表情は能面のように硬く眉ひとつ動かさない。まるで相手に感情を読み取られるのを拒んでいるかのようだ。

「一口に工作員といっても、2種類あります。私のように表向き一般市民として仕事を持ち、10年単位で任務をこなしてゆく者。そして、清津港や南浦港がら工作船に乗り込んで上陸し、短期間のうちに情報収集や拉致を実行する者たちです。一般的には我々のような長期潜伏工作員が上陸してきた工作員に対し指令を伝え、作戦を指揮することが多い。当然私も金正日からの指令を工作員に伝え指揮する立場にあったのです」

朴氏のような工作員は日本にそれほど多くいるわけではない。その数は現在数十名で、朴氏は、金正日の親衛隊といわれる国家安全保衛部所属の工作員として活動してきたという。

「工作員といえば朝鮮労働党の対外情報調査部(35号室)、作戦部、統一戦線部、対外連絡部といった組織が知られています。数だけでいえば、この党の工作員が最も多く、続いて人民武力部、社会安全部という順でしょう。これに比べて国家安全保衛部は共和国人民の取締りや収容所の管理などが主で、直属の工作員は極めて少ない。ただ、ここは金正日将軍直属の組織で、工作員に抜擢される者は皆精鋭ばかりです。国家安全保衛部は、第一副部長以下7名と18局から組織され、私はそのなかでも韓国担当局に属していましたが、後に対外政治局に転属しました」

朴氏によれば平壌にはこうした工作員を育てる養成学校があったという。

「工作員養成施設としては、政治軍官学校、第一総合軍官学校、人民武力部直属下士官教導隊、工兵士官学校などがありますが、最も有名なのは金正日政治軍事大学で、学内にはソウル市をそっくり模した街がある。私は、国家安全保衛部傘下の第八特殊団という部署が統括している『偵察軍官学校』で3年以上にわたって訓練を受けました。ここでは政治学、敵軍学、地形学、外国語、射撃、無線通信法、秘密潜伏地構築、襲撃訓練、野外実戦訓練などが叩き込まれます。ここを出た工作員は"人間凶器"といわれ、ひときわ恐れられていました」

『もんじゅ』の資料を奪取せよ

朴氏が続ける。

「共和国からの指令は短波の暗号放送によって行われています。暗号は数字を羅列する『A1』、モールス信号を使う『A2』、そして言葉や音楽を使う『A3』の3種類に分かれ、私の場合は常にA1の暗号でした。具体的に言うと"01243"とか"15392"という5桁の数字が流れ、それぞれがーつの文字を意味します。この5桁の数字を乱数表と対照することで指令文が判明するのです。でも、今は昔のような乱数表カード存在しません。工作員は皆、頭の中に乱数表を叩き込んでおくのです」

朴氏の目的は"対韓工作"だった。

「対韓工作の基本は日本人を利用して、韓国の情報を獲得するということ。日本で活動するには日本人を利用するのが最も簡単なのです。しかも、日本人は仕事が正確なため、とても都合がいい。我々は常に"細胞"と呼ばれる4〜8人単位のグループを組織し、その中に最低1人、多い場合は5人の日本人協力者を獲得していました。彼らは知識人、サラリーマンなど職業は様々です。なかには暴力団関係者もいました」

朴氏はその獲得法をカネ・酒・女としか言わない。

「最初は全国津々浦々の電話帳や白書のような公刊行物を入手させるのです。慣れてきたところで日本人名でマンションを借りてもらったり、韓国旅行に行かせたりする。さらには工作員同士の接触に日本人を挟んだりすることもあります。しかし、難しいのは拉致などの非合法工作に協力させることです」

朴氏は拉致に話が及ぷと、とたんに口が重くなる。だが、自分自身は拉致に関わったことはない、という。

「長期潜伏工作員は拉致に失敗したら今住んでいる場所に居られなくなるからめったに関わらない。ただ、実行できるだけの訓練は受けています。対象者に近づき一撃で相手の抵抗力を奪う方法。そして、袋に入れた人間と同じ重さの荷物を負ったまま20キロの山野を走破する訓練などです」

横田めぐみさんは、工作員が道でばったり遭遇してしまい、あわてて拉致したといわれている。だが、朴氏によれば、それは違うのだという。

「そんな当てずっぽうに拉致を行うことはありません。田口八重子さんの例をみれば分かるように拉致は常に計画的に行われる。5カ年計画で年齢や性別、職業によって人数を決め、獲得した外国人を共和国にとって最も有益な人問に仕上げなくてはならない。当時、横田さんを連れてきたのは、未成年の女性を養成するためだと聞いています。まだ、頭が柔軟な少女に5年かけてハングルや北朝鮮の習俗を覚えさせ、北朝鮮に奉仕する人間を創造する。そのほうが成人を教育するより早いからです。そして、工作員教育ほか、さまざまな分野で貢献させる。工作員たちが新潟の路上で横田さんと遭遇したのは偶然だとしても拉致することは必然だったのです」

はじめは対韓工作のために日本に潜入した朴氏の役割は次第に変化していったという。

「私の次の使命は共和国内の原子力施設を建設するための情報収集でした。正直言って私は対韓工作ではあまり実績を残すことは出来ませんでしたが、これは大成功でした」

朴氏がターゲットにしたのは、何と核融合実験施設の『もんじゅ』だった。

「共和国はプルトニウム生成に関する情報が決定的に不足していました。そこで私は日本人協力者を使って核施設の技術者から重要資料を入手することに成功しました。現在、共和国の慈江道キムタンコルの地下には第三工兵局のプルトニウム製造施設がありますが、私の資料はその施設建設に多大な貢献をしたそうです。この成果は、工作員としての私の誇りでもあったのです」

だが、朴氏は言う。

「9月17日から、私の置かれた立場は180度変わりました。今や私は"一部の妄動主義"に走る反逆者かも知れない。共和国のためにやってきた非合法工作はいったい何の意味があったのでしょうか」

彼もまた北朝鮮の犠牲者なのか……。

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