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国家情報院内部資料の衝撃的内容「6・15以後、金正日の前衛隊化」

(月刊朝鮮 2000年3月号)

6・15南北頂上会談以後、大学街が急左折
強硬な主思派(主体思想派)核勢力…利敵団体、韓総連は金正日の「革命前衛隊」として登場

●国家保安法撤廃、駐韓米軍撤収主張を継続
●高麗連邦制として統一することに合意した、と歪曲宣伝
●北朝鮮の対南放送を闘争の絶対指針として受け入れ
●連共連北闘争強化
●NL系が掌握した総学生会が、2000年の38大学から2001年には52に増加
●北朝鮮の韓民戦放送は反米、政権打倒、連邦制統一を継続して指令中

禹鍾昌(月刊朝鮮次長待遇)・Vladimir

woojc@chosun.com

「第8期韓総連の実体」/52の大学でNL系が学生会長に当選

国家情報院は2000年12月、「第8期韓総連の実体」という本を出版した。4・6倍判232枚に達するこの分厚い本は検察、警察、機武司などの公安機関に制限して配布された。国情院はこの本で「6・15南北頂上会談以後、画期的な南北関係進展にもかかわらず、北朝鮮政権の対南煽動は相変わらずであり、韓総連(韓総聯)がより露骨に北朝鮮の革命前衛隊の役割を遂行している」と決定づけた。

韓総連は大法院が利敵団体と規定した、全国大学の総学生会連合体だ。6・15南北共同宣言以前とその以後の韓総連活動を土台として作成したこの本で、国情院が韓総連を北朝鮮の「革命前衛隊」として釘を打ったことは、北朝鮮の対南革命戦略が少しも変わらないのみならず、より攻勢化したということを意味する。

国情院のこのような評価は、南北頂上会談後の北朝鮮が一切の対南誹謗と宣伝煽動を中断し、和解協力時代をひらいているという政府の発表とは異なり、衝撃的だ。

国情院はこの本で、韓総連は相変らず盲目的な親北活動を追求しており、6・15南北共同宣言をあたかも大韓民国が北朝鮮の連邦制統一方案に合意したかのように糊塗して、北朝鮮の「高麗連邦共和国創立方案」を明らかにして宣伝しながら、北朝鮮が対南放送を通じて提示した闘争課題を絶対の指針として受け入れている、と明らかにした。

駐韓米軍と国家保安法が北朝鮮の連邦制統一方案の最大障害物だ、と主張してきた韓総連は、6・15宣言以後にも駐韓米軍の撤収と国家保安法の撤廃のために決死隊を組織、米軍基地・矯導所・国会を奇襲しての断食座り込み、オンラインデモなど極端な闘争を通じて組織の存在を誇示し、2000年の一年間は他のどの年よりも親北・利敵性向を露骨に展開してきた、と国情院はこの本で明らかにした。

運動圏68の大学中52大学でNL系が学生会長に当選

国情院はこの本で、今年の韓総連の闘争方向をこのように展望した。

2001年度の総学生会長選挙は、160の大学(全国210の大学の77%)で実施された。運動圏出身が当選した大学は68大学で、過半数には達しないものの成均館大、忠北大以外に全国の主要大学の大部分を占め、延世大、高麗大をとりもどすなど急成長の傾向を見せている。

運動圏出身当選者の性向はNL(民族解放)系が52大学、PD(民衆民主)系が11大学、「21世紀連合」が5大学で、NL系が昨年より13大学増加した。NL系内では韓総連を率いている、徹底的に主思派勢力である「自主派」が37大学を席捲し、NL系ながらも主体思想に批判的な「人愛派(サラムサラン派)」は15大学を占めて終わり、主思派の位置づけがよりいっそう強化された。「自主派」はソウル・釜山・光州・忠清地域で強勢であり、大邱・慶尚北道地域では衰退した。

自主派の位置づけが強化されることにより、今年には6・15共同宣言貫徹を名分として金正日の答訪を歓迎するなど、親北闘争をより一層露骨に行うことと展望される。「金正日答訪歓迎委員会組織」、「主体思想公開討論会開催」、「南北大学間姉妹提携推進」などの選挙公約で先送りし、連共連北闘争を重要視しており、2002年の大統領選挙で「6・15世代」(6・25、4・19、386世代につづく6・15宣言を支持する青年世代)が、現実政治の主役として活動することを主張している。

昨年、大学別に推進中だった「訪北実地調査」が今年3月に延期になった状態にあって、老斤里事件など反米の懸案がずっと残っている点から考えて、反米、連邦制統一闘争がより一層進む展望である。

このような内容の本を国情院が編集し出版した理由は巻頭言に記されている.「学生会長選挙を通じて位置づけを拡張するようになった主思派の学生たちは、6・15宣言貫徹を口実に闘争活動をより一層強化するものと予想される。したがって韓総連の反国家、利敵活動の実像をありのままに伝え、彼らに対する研究・対策資料として活用するために『第8期韓総連の実態』という総合冊子を発刊するに至った」ということだ。

韓総連が北朝鮮の「革命前衛隊」として駐韓米軍の撤収と国家保安法の撤廃のための闘争を、今年より一層強化するはずである、との国情院の展望は、南北頂上会談のとき、北朝鮮金正日がまず金大中大統領に駐韓米軍の駐屯許容について言及した、という政府の発表と一致し、衝撃的だ。

このような内容を含んでいる「第8期韓総連実体」という本を求めるため、国情院広報官室に協調を要請した。国情院は第一期韓総連がスタートした1993年から毎年、韓総連関連の総合冊子を作成し、言論機関にも非売品として配布してきた。ところが国情院側は記者の要請に『ぜんぶ配布してしまい、一部しか保管していない』としながら提供を拒否した。

「第8期韓総連実体」という本は▲韓総連の結成および体制▲韓総連の基本性格▲韓総連の2000年度の闘争路線▲6・15宣言以前と以後の、韓総連の闘争活動の実態▲北朝鮮の韓総連闘争の煽動内容▲評価項目から構成されており、結びに韓総連関連の印刷物10種と、2001年度総学生会長の選挙結果が添付されている。

この本で最も注目される大きな課題は6・15宣言後の韓総連の活動だ。この部分は南北共同宣言以後、北の態度が変わったのか、変わらなかったかを判断することができる尺度であるためだ。以下は「第8期韓総連の実態」のなかから主要部分を要約、整理、解析したものである。

南北頂上会談開催発表で勢力拡張/金正日が提示した「祖国統一三大憲章」

第8期韓総連は2000年5月28日、釜山大からスタートした。議長は朝鮮大総学生会長・李煕哲(イ・ヒチョル・24・機械工学科4年)、祖国統一委員長はソン・ジェヒョク(25・昌原大哲学科4年)、学院自主化推進委員長はキム・サンファ(26・慶北大人類学科4年)、スポークスマンはソウル学生総連議長、パク・ジェミン(22・京畿大経営学科4年)氏であった。

その当時、全国204校の大学のうち、総学生会長選挙が実施された大学は147校であり、この中に運動圏出身が当選した大学は56校に過ぎず、1999年の66大学より少なかった。56校の大学のうち、NL系が釜山大、慶北大、東国大、朝鮮大など38校の大学を占め、運動圏の多数派が占めたが、韓総連の代替勢力であるPD系が延世大、高麗大、梨花女子大などソウルの中心大学を一人占めし、韓総連の位置づけは大きく揺れた様相であった。

第8期韓総連は全国178校の大学(専門大含む)から選出された代議員480余名と、地域総聯幹部ら核心勢力500余名、そして同調勢力が約3000人であると把握された。指導部の覇権的運営に反対する代議員たちの離脱がつづき、これに対応し韓総連執行部は代議員と新入生を対象として「ブル脱退宣言運動」、「代議員を守る運動」を示達し、必死のあがきを行った。しかし2000年4月10日、南北頂上会談開催の合意が発表されると、社会全般的に統一の熱気がひろがり、政府の柔軟な対北朝鮮政策に助けられて、韓総連に対する拒否感が希薄になり、一般学生たちの参加が順次増加した。

その結果、南北首脳会談開催の発表後に開かれた第8期韓総連発足式には8000余名参加し、第7期(1999年)発足式の1800余名と比較し、途方もなく勢力を拡張した。韓総連は、南北首脳会談開催発表があると「私たちの統一闘争の成果」だと歓迎し、各大学の学生会に配布した「教養討論資料集」で、政府の深刻な執権の危機を免除するためでやむをえず首脳会談を受け入れたのだ、としながら、会談の成功のために国家保安法の撤廃と、パルチザンら武装スパイの北送闘争を督励した。

首脳会談が開かれる数日前には、各大学学生会に「緊急指針書」を出版して送り、「人共旗・太極旗を一緒に掲げること」、「金正日一代記の壁新聞付着」を指示した。これにともない6月7日、全南大を皮切りにソウル大、高麗大、漢陽大、西江大、慶煕大、建国大、梨花女子大、星辰女子大、東亜大、慶北大、全南大、木浦大など全国29校の大学に人共旗が掲揚された。

金正日が提示した「祖国統一三大憲章」

同時に「北をきちんと知ろう」資料集を通じ、金正日は独裁者や性格破綻者ではなく「英語に熟練、インターネットを活用する第二世代の指導者、話題が豊富で多才多能な男性的人物。自らカリスマを獲得した人物」と称賛した。2000年6月13日から15日まで、平壌で行われた南北首脳会談については「アメリカの対韓半島支配戦略を壊した快挙であり、親北勢力(編集者註:韓総連は自分たちを統一愛国勢力だと指し示すが、用語の混乱を防止するため、月刊朝鮮は韓総連を親北勢力と表記する)の痛快な勝利だ、と評価した。韓総連は6・15宣言を「祖国統一三大憲章の内容が項目ごとに書かれている、統一の里程標」だと極讃した。

「祖国統一三大憲章」は、金正日が1997年8月「偉大な首領金日成同志の祖国統一の遺言を徹底的に貫徹しよう」は論文をつうじて提示したもので、(1)自主・平和・民族大団結の三大原則(2)全民族大団結10大綱領(3)高麗民主連邦共和国創立方案、のことである。

この「三大憲章」を、韓総連では統一の宝剣と呼び、絶対指針と感じている。北朝鮮が1999年8月14日、平壌近郊で「三大憲章記念塔」着工式を開いた際、ファン・ヘロ氏を韓総連代表として北に送ることもあった。北朝鮮が記念塔の竣工日を2001年8月15日に定めると、韓総連は傘下の各大学に記念塔に付ける記念人形集め、献金および支持激励の手紙書きを大々的に推進した。「統一の暁には、記念塔建設にたった人は堂々として、そうしなかった人にはせつなさだけが残る」し「力ある者は力で、金がある者は金で、知識ある者は知識で積極的に支援しなければならない」と圧力を加えた。

韓総連は6・15宣言を契機として、これまで国民の拒否感を意識し自制してきた「連邦統一国家創立方案」を公開の場に持ち出した。この方案は北朝鮮の「高麗民主連邦共和国創立方案」と、基本骨格のみだけでなく使用する用語までそっくりだ。例えば「連邦政府の十大施政方針」という項目は北朝鮮のものを再構成し、同一化した。

『南北総選挙による統一方案は現実に即さず』という主張/金正日の論文をインターネットに上げて

韓総連が連邦制を再強調したのは、闘争の統一性を期するための布石と見える。「統一は私たちの役割」という韓総連文書に載っている「連邦統一国家創立方案」を要約すると、このようになる。

(南北韓の総選挙による統一方案は、果して私たちに可能だろうか?今の時期が分断されてまもない1940年代中・下半期ならいざしらず、今日にあっては総選挙による統一は南北の政治、経済、社会、文化的な差により、その実現の可能性が稀薄となった。そのうえ、人口比例による総選挙は人口が圧倒的に多い南側に断然有利な方式なので、南と北の要求と利益を公正に代弁しきれない。したがって総選挙による統一方案は、わが国の現実に合わないとすることができる。
連邦統一国家創立方案が最善の統一方法であることは、わが国の南北に二つの制度、二つの政府が存在するという現実的与件において、最も合理的であるためだ。南北韓住民たちのうち、多くの人々は「韓国化」あるいは「北朝鮮化」統一に怖じ気づいている。南北韓のどちらかの一体制を強要する統一は、経済を混乱に陥れる可能性が多い。連邦国家統一方案は、離散家族をはじめとし、統一を渇望する民衆たちの統一念願を、最も早い時期のうちに充足させることができる。これから私たちに残されたことは、「祖国統一三大憲章」という統一の根本の鍵を握り、走っていって統一祖国の門をぱーっと開きさえすればいいのだ)

韓総連が6・15宣言後にも、相変らず北の指令を受けて動いているということは、韓総連の思想教材に、北朝鮮の対南革命機構である「韓民戦」(韓民戦・韓国民族民主戦線)放送の内容がそのまま載っていることで確認された。北朝鮮の対南宣伝放送は中央放送、平壌放送、韓民戦放送など三つなのだが、中央放送と平壌放送は6・15宣言以後、対南誹謗放送を自制し北朝鮮体制の宣伝に重点をおいているが、韓民戦放送は相変らず反米・政権打倒・連邦制統一闘争を行っている。

韓民戦は、北朝鮮統一戦線部傘下の対南革命前衛隊で「救国の声」放送を通じ、韓総連の地下指導部である国内主思派に闘争指令を送る。韓民戦放送は毎年1月1日、「新年の書信」の形式で、その年の闘争指針を示達し、新学期の開講・休みなどの時期別に闘争方向を提示している。

韓総連発足式に際しては「韓総連を学生運動の指令塔として建てよ」と促した。韓民戦放送は7月25日、8月31日、11月14日などにわたり、ひきつづき「韓総連を利敵団体と規定したのは、6・15共同宣言を正面拒否する、容認できない自殺的行為」とし、「利的団体の規定を即刻撤回しなければ、歴史の峻厳な審判を受けるだろう」とし、政府を威嚇した。

大学街に学生会長選挙が実施された11月7日、北は韓民戦放送で「学生運動を強化しようとするなら、大学総学生会を強化することが何より重要なので闘争力と組織力、そして事業作風が良い学生を総学生会長に当選させなければならない」と指示した。

11月9日には野党総裁、朝鮮日報などを「6・15宣言の実現をさえぎる極右反統一勢力」と罵倒しながら「極右保守分子らの罪悪性を告発する白書の発刊などを通じ、対国民世論宣伝を展開し、極右保守分子を清算せよ」と煽動した。彼らが語る「反統一勢力」とは「反赤化統一勢力」を意味する。

金正日の論文をインターネットに上げて

韓総連は昨年「学生の日」(11月3日)を控えて、「11・3記念大会を成果のあるものにするための教養資料」という文書を作成した。この文書には6・15共同宣言を実現するための、青年学生の課題というタイトルのもと、四件の文章が掲載された。

そのうち「6・15共同宣言と青年学生の姿勢」と、「歴史の汚物を清算しよう」というタイトルの文は、韓民戦放送の8月22日付と9月1日付を全文転載したものだった。

「自主は統一問題解決の根本原則」と「人間の思想があらゆるものが決定する」という文は、韓民戦放送10月3日付、9月13日付、9月21日付をそのまま載せたものだ。文書に添付された「永生の花」という文は、金日成回顧録「世紀とともに」3巻から抜粋した(後章11・3文件内容出処を参考)。

韓総連が2000年10月17日から21日までを「北側をきちんと知ろう」週間に定めたとき、ソウル大訪北推進委員長キム・ヒョンソクは、自身のホームページに「主体思想について」と「主思について」という文を載せた。「主体思想について」は、金正日が1982年3月に使った金日成誕生日記念論文であり、「主思について」は、北朝鮮社会科学院パク・スンドク教授の講義録を全文転載したものだ。

主思派の学生たちが韓民戦放送を部分的に引用、流布するのは全大協(全国大学協)の時期からのことだが、北朝鮮の指令内容全体を公式文件としてそのまま収録するのは、6・15宣言後に新しく現れた現象だ。これは韓総連の北朝鮮追従の程度を反証し、大学街が急左折したことを証明する。

6・15宣言以後、韓総連で重要視したのは、わが国の社会各界各層の連共連北(聯共聯北)化であった。韓総連は8月15日の「2000年統一大祝典」を拡散の契機とする。この運動の最先鋒部隊を自認する韓総連は、7月21日に統一大祝典推進団を結成し、6・15宣言実践のための支持勢力の確保という名分のもと、政府当局、政党、社会団体をはじめとする各界の人々の参加を誘導した。

韓総連が運営するインターネット放送局「青春」/米軍撤収への総蹶起闘争

韓総連は8月3日からは「米軍撤去団」と「国保法撤廃団」を結成し全国を巡回して、6・15宣言支持の署名運動を展開した。

米軍撤去団(隊長・了解性・カンウン大総学生会長)は晋州→馬山→釜山→大邱→大田→清州→春川→水原→梅香里を経てソウルに、国保法撤廃団(隊長・キョン・ジェウン・木浦大総学生会長)は木浦→光州→群山→全州→大田→天安→水原→梅香里を経てソウルに到着した。

祝典開幕に先立ち、8月13日にはソウルの明洞で第二次汎国民大会を開き、金正日の「祖国統一三大憲章」を称賛する「三大憲章歌」を歌って、露骨に親北活動を繰りひろげた。統一大祝典行事の日には北朝鮮歌謡が鳴り響き、梅香里事件を劇化した劇が公演された。北朝鮮でも8月15日、平壌体育館で1万余名が参加したなかで、南北共同宣言を支持しその実践を決議する政党・団体連合大会が開かれた。

統一大祝典はインターネット放送局「青春」で、動映像で中継放送された。静止した写真や文字で構成される従来のインターネットサービスから脱皮し、実時間(RealTime)で躍動感のある画像を提供し、闘争の宣伝効果を極大化した。インターネット放送を活用した闘争はこのときが初めてだ。

インターネット放送局「青春」は、韓総連が大衆意識化のための映像闘争の次元でで作った。責任者は忠南大祖国統一委(祖国統一委員会)出身尹汝滄(ユン・ヨチャン。27・材料工学科3年除籍)、申奉久(シン・ボング。25・機械設計学科卒業)氏であった。彼らは一次的には韓総連の大衆的支持基盤拡散のため、二次的には反帝サイト運営を通じた全世界の民衆の意識化に目標をおいたインターネット放送局を設立することとし、彼らが属する地域組織の「大田総聯(テジョン総聯)」に「主体総和書」を提出、韓総連執行部の許諾を受けて、2000年8月3日にインターネット放送局「青春」を開局した。

彼らは「青春」の広告文で「資本を中心に置いた商業的放送局の壁を飛び越えた、自主思想を中心とする人間中心のインターネット放送局。自主・民主・統一が、青春が進むべき道」だと公言した。開局は8月3日だが「青春」製作陣はその以前から韓総連文化局長「ジン・イスル」(女・仮名)と数回会い、映像を通じた闘争を議論した。

「青春」は韓総連代議員大会(2000年4月7〜9日:全南大)と韓総連発足式を現場撮影し、韓総連が主導した梅香里射撃場の反米集会を録画放映した。「米軍撤去団」と「国保法撤廃団」の全国巡礼には同行取材した。「青春」製作陣は7月20日から22日間に、慶北大で開かれた韓総連「文芸イルクン(働き手)前進大会」に参加した各大学文化局員を相手に、映像を通じた大衆宣伝講義も実施した。

米軍撤収総蹶起闘争

2000年5月8日、梅香里近隣の米空軍射撃場ノンソムで発生した誤爆事件で、梅香里が突然、社会問題として浮上した。駐韓米軍の撤収を粘り強く主張してきた韓総連は、この事件が発生した翌日、米大使館へ進入デモを繰りひろげた。北朝鮮は即刻、韓民戦放送をつうじて「植民地奴隷生活の怨恨と憤怒の噴出」とし、韓総連を激励して「汎国民的駐韓米軍撤収闘争へ連係させること」を煽動した。

韓総連は決死隊を組織し6月20日にノンソムを奇襲占拠して、二日後には京仁総聯が梅香里一帯で米軍犯罪写真展を開いた。6月30日には反米団体を糾合、「梅香里爆撃場閉鎖汎国民対策委員会」を結成し、いち早く反米世論を拡散させた。

8月2日には「韓米行政協定全面改正」を主張して、米大使館前で奇襲デモを繰り広げたのち、全国の米軍基地前で集会を開いた。反米の機運を高めた韓総連執行部は「9・10月事業計画書」で、統一大祝典で結集した力量を土台として9月29日を期し、米軍撤収のための総蹶起闘争を指示した。

韓総連が下した指針の内容は、米軍撤去バッチ・リボンダルギ運動、米軍撤去シンポジウムの開催、米軍を国際戦犯裁判所に提訴するための署名運動などだ。この事業計画書で韓総連は、デモ集会時に前面に押し出す闘争標語として54の標語を選定したが、米軍撤収が32、国保法撤廃が22であった。

北朝鮮は韓民戦放送をつうじて「国保法は6・15宣言で存在の名分を喪失した、反統一の悪法であるから、多様な形式と方法で用意周到に繰りひろげよ」としながら、具体的な闘争の方向として署名運動などの対国民広報戦と、市民団体との組織的連帯強化などを提示した。

韓総連は国保法撤廃運動と「国保法謹弔」リボンダルギ運動を展開した。北の指令どおり、国保法は死文化した、ということを意図的に浮上させ、政府の対応を注視するための戦術だった。

韓総連は三民闘委から出発、全大協を継承した

1993年第一期韓総連スタート

韓総連の根は1983年の学院自律化措置以後、大学街闘争を主導した「三民闘委」だ。民族統一・民主争奪・民衆解放闘争路線の三民闘委とは1985年、米文化院占拠座り込み事件を繰りひろている途中で組織が瓦解した。

生き残った三民闘委勢力のうち、北朝鮮の「民族解放人民民主主義革命論」(NLPDR)に追従する親北勢力たちが1986年3月、地下組織の「救国学生連盟」を結成し、その年の4月には公開組織として「反米自主化・反ファッショ民主化闘争委員会」(略称・自民闘)を結成、彼らの機関紙「解放宣言」に北朝鮮の対南放送の内容を収録、伝播しながら大学街に主思派(主体思想派)を作った。

彼ら主思派は、全国の大学の学生会を自分たちの勢力圏のなかに置くため、1987年5月の「ソ大協(ソウル地域大学生代表者協議会)」結成をはじめとして学生会を地域別単位でまとめ、1987年8月19日に忠南大学で「全大協(全国大学生代表者協議会)」を結成した。全国95校の大学が全大協に加担した。

以後継続的に勢力を拡散し、1992年には全国183校の大学が全大協に加入した。全大協は、反政府闘争とともに大学街を親北勢力化した。だが全大協はその名のとおり大学生代表者などの「協議体」なので組織が緩かった。

全大協は、協議体水準の学生組織から抜け出し、強力な組織力と闘争力をそなえた「学生連合体」を結成するため、組織転換を試みる。その結果1993年3月30日、慶煕大で開催された第6期全大協代議員総会で、全大協を解体して新しい学生組織である韓総連を結成することに決定した。1993年5月、高麗大で全国186校の大学が加入した韓総連が公式にスタートすることになる。第1期議長は漢陽大の金在容(キム・ジェヨン)氏であった。

韓総連は全大協と別個の組織ではなく、全大協の活動を継承発展させた、全国規模の強力な学生組織だ。韓総連は1993年から毎年、新しい執行部をスタートさせ、今年は第9期時代を迎えている。

韓総連は意思決定機構として代議員大会と中央委員会をおいているが、代議員大会を1年に一回しか開かない閉鎖的な組織だ。議長、地域総聯議長、特別機構長で構成された「中央常任委員会」が実質的な役割を担当するかのようになっている。特別機構は新入生の意識化教育と財政を担当する学院自主化推進委員会、反米・統一闘争を打ち立て執行し対北朝鮮接触を総括する祖国統一委員会、そしてスポークスマンだ。

核心幹部は「職業革命家」

韓総連で政策決定と執行など、活動全般を左右する核心部署は、中央常任委員会の傘下に隠れている「政策委」、「祖国統一委」、「執行委」などである。彼ら核心部署の幹部たちは非公開人物として、28才から30才ぐらいの卒業生および休学・除籍生たちで、運動圏で活動してきたいわゆる「職業革命家」だ。

彼らは徹底して仮名を使用し、点組織で活動する。人員は合計20余名で、厳格な資格審査を経て選抜され、各部署に布陣させて韓総連を操縦する。幹部になろうとするなら、韓総連あるいは地域総聯で幹部を務めた人で、卒業後の一定期間、職業を持ってはならず、既存の委員たちの全員一致の賛成を得なければならない。

韓総連の傘下団体として▲全国女子大生代表者協議会▲全国農大サークル連合会▲全国カトリック大代表者協議会▲全国師範大連合会▲全国タルペ連合会▲教育大総学生連合会▲全国薬大協議会▲全国漢方医科大学生連合会など九つの団体がある。「全国大学新聞記者連合」は傘下団体ではなく、郊外周辺の宣伝機構として活動する。

韓総連の財政は各大学の総学生会分担金(学生数×学生会費×0.01%)と代議員会費(月5000ウォン)からなる定期会費と、特別会費でつくられる。韓総連の行事場所で着るTシャツ(5000ウォン)と手ぬぐい(1500ウォン)、ハガキ(1000ウォン)、帽子、ステッカー、携帯電話ストラップ、手帳、かばんなどを製作販売する特別財政事業をくりひろげたり、運動圏団体を学内行事に招請しながら、新聞広告費などの名目で金を受け取ることもある。

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