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南北頂上会談を祝う大阪大会

(思想新聞 2000年10月1日号)

南北統一祈り3000人が大合唱

9月21日、大阪市の大阪国際会議場大ホールにおいて、「南北頂上会談を祝う大阪大会 〜南北平和統一とアジアの平和を目指して〜」(主催=南北頂上会談を祝う大阪大会実行委員会)が行われた。この大会は、6月の金大中・韓国大統領と金正日・北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)総書記との歴史的な首脳会談の実現を祝うと共に、日本において日本人と在日本大韓民国民団(民団)と在日本朝鮮人総連合会(総連)が手を取り合って南北の平和的統一を祈念しようというもの。講演者として招かれたのは、朴普熙・世界平和連合(FWP)議長。約三千人が集結した会場には、地元の国会議員や地方議員をはじめ、民団と総連の幹部も駆けつけた。

大会は、まず南のリトルエンジェルスと北の少年芸術団である平壌学生少年団との交流を描いたVTR「南と北の天使 〜リトルエンジェルスの平壌公演と平壌学生少年団ソウル公演〜」を上映。

続いて、北の平壌学生少年団と98年の平壌公演と今年のソウル公演と民間交流の大役を果たしたリトルエンジェルス芸術団によるアトラクションが披露された。「扇の舞」「人形の踊り」そして日韓両国をはじめとした歌曲のコーラスと、少女たちの愛くるしい演技と演奏に満場の観衆は大いに魅了された。

この後、主催者を代表して、弁護士の相馬達雄実行委員長が挨拶。「韓半島の南北両国が50有余年を経た今、統一に向けしっかりした足取りを踏み始めた。朴先生の講演を通し、希望あふれる豊かな新世紀を迎えるために、南北統一そしてアジアと世界の平和の意義を体得する大会としたい」と語った。

次に来賓が紹介され、代表して挨拶に立った大塚克己本連合会長は、「在日韓国・朝鮮人の方々が最も多く住む大阪の地で、日本人と在日が手を取り合いこのような大会を行う意義は誠に大きい。日本人の一人として応援し、この運動がよりいっそう大きく広がるよう共に手を携えていきたい」と祝辞を述べた。

祝電が多数披露された後、朴普熙議長が登壇、「南北頂上会談はいかにして実現したか」と題し講演を行った。

朴議長は、文鮮明FWP総裁の北朝鮮訪問に随行して以来、金剛山開発や南北の少年芸術団の民間交流(リトルエンジェルスを率いた平壌公演と返礼としての平壌学生少年団のソウル公演を実現)など、南北交流に一貫して関わってきた。その豊かな経験をふまえた講演に満場の聴衆は熱心に聴き入っていた。

この後、来賓代表とリトルエンジェルスが登壇し、朴議長から記念品が贈呈されると、今度は参加者全体で日本と統一韓半島の小旗を振りつつ「統一の歌」を大合唱。会場全体が統一への切なる祈りと熱気に包まれた。最後に、全体での万歳三唱で大会を締めくくった。

南北頂上会談はいかにして実現したか

朴普熙 世界平和連合議長

「種」となり頂上会談へ道を備える

民団・朝総連が同じ席に一堂に会するのは頂上会談に匹敵する分断55年目の歴史的快挙。「突然」行われた頂上会談後、南北関係は急速に進展、離散家族再会や閣僚会談、文化交流が活発化している。が、物事には「突然」はありえない。必ず種があり、根がある。ではその頂上会談は誰が種をまいたのか。それについて少し証ししたい。

1990年、わが師、文鮮明総裁御夫妻のモスクワのクレムリンでのゴルバチョフ大統領との会見を私は見届けた。その帰りに先生は「次は北朝鮮の金日成主席に会うが、91年を逃したらいけない。ソ連はじき滅びる。重要なのは第二の韓国動乱を起こさないこと」と語られた。

文先生は「ソ連が滅びれば次は北朝鮮。絶対に滅ぼしてはならない」と戦争防止という目的を携え、91年11月30日北朝鮮の平壌に入り、12月4日歴史的な金日成主席との会談が実現した。互いに抱き合って固く手を握り合った光景は何十年ぶりにあった兄弟さながらだった。そして二人は同胞愛と祖国統一への熱望が一致し、十カ条の共同声明が発せられた。しかし当時、その意義を韓国政府は理解できなかった。今回の南北頂上会談では五カ条の共同宣言が出されたが、その10年も前にそれ以上に踏み込んで合意に達していた。その十カ条の内容そのものを見れば、まさに「予言」そのものだ。

これは北朝鮮の金日成主席と間で結ばれた合意であるため、北朝鮮政府の「遺訓」となっている。これがすなわちこの度の南北頂上会談が行われる「種」となった。文総裁と金日成主席がその種をまき、六月の南北頂上会談という「花」を咲かせたと言える。

では、この91年の合意がなぜ10年もそのままだったのか。その第一の理由は、当時の韓国政府の態度だった。もし時の盧泰愚大統領が文総裁が帰られた後、文先生を青瓦台に招いてその功労をねぎらい、さらなる南北和解に努めてくださるよう頼んだなら、南北頂上会談は92年には実現したはずだった。そのことを金日成主席が本当に願われたことを私はこの眼で見てきた。ところが、盧泰愚大統領はそこまで先を読み、消化することができなかった。また当時一部の保守言論人が、文先生の歴史的成果を「容共への変心」と決めつけ批判した。こうして南北頂上会談は時の流れに埋れてしまった。

そして第二の理由が、94年7月に金日成主席が亡くなったこと。それも金泳三大統領との南北頂上会談を17日後に控えてのことだ。その日から金正日国防委員長が、国内の体制を整えるのに6年の歳月を要した。それで頂上会談がようやく今年になり実った。

金日成主席が死去した時、もし金泳三大統領に勇気があったら、直ちに平壌に赴き「民族の人道的礼儀」と哀悼の意を表していたら、北の同胞がこぞって感動し、南北の関係がもっと早く好転していたはずだ。

その時、文先生は私に「私の代わりに北に弔問に行って金正日委員長に弔意を伝えなさい」と言われた。私は「外国の弔問は一切断る」とした北当局の通達にもかかわらず、北京の北朝鮮大使館に行って文先生の意向を大使に伝えると、彼は深く感動し、金正日委員長に伝えてくれた。すると特別機を用意してくれ平壌に入ることができた。

私は早速、金正日委員長に会い、文先生の弔意を伝え懇ろに慰めた。そこで北朝鮮の最高幹部たちとも挨拶を交わした。7月16日の葬儀に参列、20日の百万人大追悼式にも出席、23日に北京に帰ってきた。

ところが、私が北朝鮮を訪れていた10日間、韓国では大変な騒ぎになっていた。私が韓国からの唯一の弔問客として北に行ったことが報道され、直ちに世界日報社社長の地位を追われ、韓国の言論界が私を「反逆者」だと非難を重ねた。逆に、その非難が強くなればなるほど、北朝鮮の幹部たちからの尊敬と信頼は厚くなり、ある日、金容淳委員長が私に「あなたは死線を越えてこられた南の同胞の一人。二千五百万の同胞は文先生とあなたを南の英雄と思っている」と告げた。

それで記者会見を行った。「私は堂々と金日成主席の弔問に行った。これは人道的礼儀を尽くした正当な行為である。いつかこの件は南北統一に大きく貢献することになろう」と言明した。が、韓国政府は私の帰国を拒絶し、4年間、私は亡命生活の旅人となった。うち3年間、私は日本をくまなく巡り日本を愛するようになった。

その後、私は10回にわたって北朝鮮を訪れ、南北の和解を熱心に説いた。それも南北頂上会談を実現するためだった。最後に行ったのは、去る2月、平和自動車工場の起工式だった。私は金容淳委員長に三度会い、「金大中大統領は和解を願っている本当の平和主義者。彼の在任中こそ頂上会談を実現するなら今年を逃したら機会を失うだろう」と告げた。

98年5月、韓国のリトルエンジェルスが民間芸術団として分断後初めて平壌を訪れた。これは金主席の遺訓による。子供たちの統一は15分もあれば兄弟のように親しくなれる。そこには思想もなく国境もない。団員のある少女は、「子供たちの統一は終わりました。後は大人たちが一つになれば祖国統一は終わります」と語った。何とも恥ずかしいことだが。

さらに、今年の5月14日、頂上会談18日前に、平壌の少年学生芸術団が分断後初めてソウルを訪れた。感動的な6回の公演は全世界に放映された。この4千万の韓国同胞が受けた感銘は、南北頂上会談の雰囲気づくりに大きく貢献した。

では今後どうすべきか。警戒すべきは、韓国内に「統一はなにも急ぐ必要はない」「北への援助は無駄だ」という議論。これがまかり通るなら10年、100年たっても統一は訪れまい。燃えるような祖国愛、我が身を振り捨ててもという無償の民族的愛情がなければ、統一は成し遂げられない。

最後に、日本の皆さんに申し上げたいのは、歴史を顧みて韓日両国は血筋を同じくする兄弟。韓半島の南北統一が周辺の兄弟国、特に日本の力なくしては絶対に実現できない。経済超大国であり道徳大国をめざす日本の絶大な協力を賜りたい。

私はゴルバチョフとの会談で通訳を務めたが、その時文先生はゴルバチョフ大統領の説得に成功され「あなたは絶対に人類の滅亡を意味する第三次大戦を起こしてはならない。世界の命運はあなたの掌中にある。あなたはソ連大統領より世界を生かす歴史的聖業を成し遂げなさい」と説かれた。

【1】双方は半世紀近くも持続する民族の分裂を、【2】【3】祖国統一を外国の干渉なしに自主的に対話と協商によって平和的になされなければならないという見解の一致を見た【4】双方は体制が異なる南と北が互いに共存共栄する基礎の上で同じ民族として統一国家をたずねる方法としては、若者の実情に即して民主主義的にしなければならないと認める【5】双方は我が民族が二度と戦争の惨禍を被ることのないよう南と北が不可侵に合意し、核エネルギーは平和的にのみ利用し、朝鮮半島は核兵器の戦争や廃棄があってはならない【6】双方は政治的軍事的対立を解消し、多角的交流・協力を実現することを目的とした南北公吏級会談が全民族の期待に沿って進展し、一日も早い頂上会談が開かれることを祈願する【7】双方は血は水よりも濃いという原則から民族の大団結を実践し、力ある人は力、知識ある人は知識を、資金ある人は資金を足して、祖国統一実現に積極的に貢献することへの合同の念願を表明した【8】海外同胞援護委員会、すなわち北朝鮮側は、北冠在住海外同胞らの経済的投資を歓迎し、世界平和連合側、すなわち文総裁側は北本土で進展される経済事業に様々な形で投資する用意があることを明らかにした【9】双方は世界平和連合と海外同胞援護委員会との間に、文化交流を実施することを合意し、まず92年にリトルエンジェルスの平壌招待公演、平壌少年芸術団のソウル招待講演を実現させることを取り決める【10】双方は関係諸団体との協力の下に、祖国統一より早く一千万の離散家族の苦痛をやわらげるため、南北間の自由往来と全面開放を実現することを、合同の努力を傾ける。その初めの段階として、人道主義的事業を共にする意識にしていくことを取り決める。その一環として、92年に双方が合意する場所に、離散家族面会所、手紙交換場を設置し、まず老齢者からの対面から実施することを取り決める――。

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