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メディアの解体−ワールドカップと北朝鮮報道の正体を暴く、メディアリテラシーの新しい波。

(「現代コリア」1・2月号/第428号)

西村幸祐

メディアリテラシー派の誕生

中田引退報道で多くの抗議がメールや投書で寄せられたと朝日新聞は書いている。だが、それは、W杯の一カ月を通して多くの読者がメディアを読み解く力を蓄え、日本に於けるメディアリテラシーの新しい波が急速に広まった結果に他ならない。W杯報道が契機となり、<受け手>の新しい論理と手法が誕生したことを美事に物語っている。朝日新聞の二カ月に及ぶ「お詫び」の姿勢が何よりもその証左となっているのは、何というアイロニーであろうか。

テレビ視聴者数がオリンピックを遥かに上回る延べ四百億人というデータが示すように、スポーツイベントの頂点であるW杯はそれだけ膨大な情報を発信する。サッカーファンにとっては四年に一度のW杯だからこそ、情報の質が大きな意味を持っていた。にも拘わらず、情報の質を劣化させた朝日新聞を頂点とする様々なメディアが、サッカーファン=読者=<受け手>の信頼を一気に失ってしまったのだ。その最も大きな原因は、情報の<送り手>であるメディアと<受け手>である視聴者、読者が、従来の情報の流れと異なった関係を築きつつあったからだ。つまり、<送り手>による川上から川下への一方的な<受け手>への情報の垂れ流しではなく、<受け手>も<送り手>同じサイドに立つことができたからだった。

現在私が編集長をしているサッカー情報サイトのオンラインマガジン「2002CLUB」(http://www.fantasista-net.com/2002club/)は一九九六年に誕生している。当時から他にも有力なサッカー情報サイトは存在していた。また、インターネットは日本でも先進的な取材対象者から、いち早くメディアとして認められたという幸福な経緯があった。「2002CLUB」は日本で最初にJリーグと日本サッカー協会からメディアとして認知されたサイトだが、そのようなサイト以外にも関連企業やサッカーファン個人が開設したサイトが凄まじい勢いで増殖し、パーソナルメディアとしてもサッカーサイトが定着し、百花繚乱のような趣となった。

これは革命的な出来事だった。試合の観戦者がインターネットをツールにしてパーソナルメディアとして<送り手>に変換を遂げたのだ。<受け手>であると同時に<送り手>である存在。従来の<受け手>が情報を発信し、さらにその情報が反響し、増幅され、一般メディアの情報と異なった情報を多くのサッカーファンが共有できるようになり、さらにメーリングリストの普及やBBSと呼ばれる掲示板が多くのアクセスを集め、W杯の1カ月で情報の共有化がサッカーファンの間で加速度的に進行していった。「2ちゃんねる」やYAHOO掲示板、サッカーサイトの様々な掲示板にアクセスすることで、彼らは世代を越えて<受け手>=<送り手>の位相でメディアとして機能することが可能となり、一般メディアの情報をネット上で比較しながら評価、検証することが可能になった。それが従来のメディアを比較しながら読み解く力となったのだ。

前述した抗議サイトを作ったTNにこのようなメールが届いていた。

「2ちゃんねるでこのHPを知りました。50代のおじさんです。韓国に特別の縁も感情もないというのが正直な気持ち。(略)今回のW杯には色々怪し気な気配があると感じています。(略)最初に気が付いたのは、あたかも一緒に盛り上がっているかのような報道からでした。それは絶対ウソだ。私のまわりで共催を喜んでいる同世代はひとりもいませんよ。(略)問題は歪んだ情報で我々を洗脳しようとしたマスコミです。」

あるサッカー掲示板にはこのような投稿もあった。

「日本が世界に対して、どのようなポジションに立ち、主張し、立ち回るのか、過去を意識していない底辺レベルで、純粋な国際関係のうねりが沸き上がったことが、とても興味深かった。それは今後、新しい歴史の一部になるだろうし、これからのナショナリズムのスタイルを予測する一部になる気もする。ある意味、世代のギャップが明確になって新鮮だった。ただ、自分は韓国が嫌いになったと言うよりは、あからさまに報道規制をして、場合によっては日本の国益を損なってまでも、日韓友好を刷り込もうとする、マスコミの報道姿勢に嫌気がさした。」

日本がトルコに敗退した瞬間、韓国対イタリア戦のスタジアムに詰めかけていた韓国サポーターは歓喜の声をあげていたが、この事実を報じるメディアは皆無だった。W杯で素朴なナショナリズムに目覚めた多くのサッカーファンにとって、W杯後の八月から見られた韓国が日本海の名称を東海に変えようとする凄まじい活動や、不法占拠している日本領土の竹島を国立公園に制定するという発表も、日韓の距離をさらに遠ざける要因となった。また、日朝平壌宣言を巡る報道から北朝鮮の拉致事件と核開発が明らかになり、特に拉致事件を隠蔽してきたメディアの存在により、メディア自体が疑惑の眼を向けられる対象にしかならなくなったのだ。

これは、W杯報道から北朝鮮報道までの半年の過程で、メディアをどう読むか、どう峻別するか、どう対峙するかという意識を<受け手>が持つ事によって、日本人にメディアリテラシーの手法が定着してきたという事だ。W杯と北朝鮮問題は、多くの日本人の心に訴え掛ける力があった素材だったからこそ、それを伝えるメディアの力量が<受け手>にとって切実に問われ出した。W杯と北朝鮮問題は、素朴なナショナリズムという同質性を核として、メディアそのものを両方向から鋭く刺した刃になったのだ。

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