Make your own free website on Tripod.com

「金大中+現代が造成した対北朝鮮秘密資金」が入金されたマカオ対南工作機関

(月刊朝鮮4月号)

朝光貿易・朴紫炳の正体と金正日の愛妾の別荘を探し出す!

●月曜日午前10時、事務室のなかには勤務者はおらず、貿易と関連する備品もなかった。監視カメラだけ作動中であった。退路のない廊下で恐怖感が襲ってきた
●金正日の愛妾、鄭イルソンは息子とともにマカオの別荘(ヴィラ)で暮らしている。山中ヴィラを訪問して写真を撮ると警備員が飛び出した
●朝光貿易の総マネジャー、朴紫炳は六十九の禿げ頭。外交官旅券、官用旅券の二つを所持。偽造ドル流通容疑で起訴状態
●朝光貿易総代表は金正日の秘密資金を管理する39号室所属ハン・ミョンチョル。金正日の愛妾の警護責任者は、北朝鮮外交官旅券を所持した金スンボク
●マカオ警察:「朝光貿易は国際犯罪集団」
●マカオのカジノ場は北朝鮮不正資金の洗濯場。マカオのカジノ皇帝、スタンレー・ホーは平壌の羊角島ホテルにカジノ場を開いた人物

禹鍾昌(月刊朝鮮次長待遇) ・Vladimir

woojc@chosun.com

誰もいない薄暗い事務室

アパートの出入り口右側に暗証を入力するボックスが設置されていた。暗証を知らない外部の人間は入っていくことができなかった。入口でうろついていると、身長が小さなおばあさんが一人、出入り口の前にやってきて、パスワードを入力するところだった。堅く閉められた鉄門が開くと、記者はおばあさんの後にぴったりくっついてアパートの中へと入っていった。正面に警備室があり、その中で50代の男性が背を向けたまま何かをしていた。エレベーターに乗りこみ向き直る瞬間、警備員と眼が合ったのだが、即座に顔を背けてしまった。

記者の目的地はこのアパートの5階であった。5階に到着しエレベーターのドアが開くと、白色の壁に英語で書かれた朝光貿易(ZOKWANG IMPORT & EXPORT CO)という文字があり、その下に黄金色の銅版で作られた横2m、縦1mほどの看板が掛けられていた。看板には赤色で「新朝光貿易」という文字が書かれていた。

マカオを拠点とする東南アジア地域の北朝鮮工作基地で、偽装運営されている貿易会社の入口に到着したのである。この会社は朝光貿易と朝光輸出入商社という二つの名前を使い、マカオ内の電話帳には朝光貿易公司という名前で登録されている。朝光は「朝鮮光明星」の略字で、光明星は北朝鮮では金正日の星座を意味する。

看板は事務室の入り口一カ所にだけ掛けてある。朝光貿易という名前の前に「新」という字をいつから付け加えたのかは不明であった。

エレベーターから降りると、右側は非常階段へとつづく廊下であった。廊下は三名か四名がようやく通過できるほどで、狭苦しかった。朝光貿易の事務室はエレベーターを降りて左側にあった。他の事務室はなく、朝光貿易が5階全部を使用していた。記者が朝光貿易を見つけたのは、さる3月3日の月曜日、午前10時(韓国時間午前11時)ごろであった。

事務室の出入り口は開いていたが明かりはついていなかった。中は薄暗く、勤め人は一人もいなかった。ドアに近寄り中を眺めた。事務用机と椅子、応接セットが置かれた応接間があり、応接間の裏側には仕切りで分けられた事務室がいくつか見えた。貿易会社でしばしば見られる電話機、ファクシミリ、コンピューター、複写機などは目につかなかった。

朝光貿易が偽装貿易会社であることは、事務室の雰囲気から直感することができた。貿易業者を詐称する朝光貿易に接近しようとした記者の意図は、いざ現地に来てみるとうぶな考えだった。貿易会社の物真似など少しもせず、まるでチンピラように躊躇しない北朝鮮テロ集団の行態を考えると恐怖感が襲ってきた。朝光貿易事務室には絶対行くな、というマカオ警察関係者の忠告が空々しい言葉でないことを実感した。エレベーターと非常口が塞がれれば、逃げ道はなかった。

記者に同行した人も緊張した顔色であった。彼は記者に「監視カメラが作動中のようだ。ここを何の用事もなくうろついている途中で北朝鮮人たちと出くわしたら、逃げる場所がない。危険だ。写真だけ撮ってさっさと行こう」と催促した。1階で眼が合った警備員を避けるため、記者は2階でエレベーターを降りると、非常階段から外に抜け出した。

朝光貿易事務室はマカオ治安警察局交通庁の向かい側にあった。

18階アパート2棟が並んでいる住商複合形態の建物なのだが、5階分を賃貸して朝光貿易をはじめとする北朝鮮の外貨稼ぎ企業等が事務室兼教育センター、宿舎として使用中だ。教育センターとして使用する3階は外部から覗き見ることができないよう、ベランダにレンガを積んでセメントでふさいでいる。

電話帳に登録されている朝光貿易の電話番号は二つであった。外に出るやいなや、朝光貿易に電話を掛けた。たった今まで誰もいなかった事務室なのに、呼び出し音が二回鳴ると、同年代の声の北朝鮮の男性が出た。

訪問して事務室のドアは開いていたのだが誰もいなかったので電話をかけたと告げると、用事は何かと尋ねてきた。北朝鮮産の物品を買いたいと言うと、北朝鮮人は会話せずに電話を切ってしまった。

朝光貿易の代表は総マネジャーとして登録されている朴紫炳だ。朴紫炳は金大中政府の時期、現代の対北朝鮮送金と関連して注目されている人物だ。

朴紫炳は南北首脳会談直前の2000年6月12日、マカオから国際電話で「四つのうちの最後を受け取る」と平壌に緊急報告し、この報告は政府の対北朝鮮盗聴部署が捉えた。この電話があったその日、現代商船は産業銀行から緊急貸し付けを受けていた4000億ウォン(約4億ドル)のうちの最後の1億ドルを、香港中国銀行(Bank of China)に開設された朴紫炳の関連口座に送金した。そしてその翌日、南北首脳会談が予定より一日遅く開かれることになった(月刊朝鮮2003年3月号記事参照)。

35号室室長許ミョングクは高相文氏拉致に関与

南北首脳会談が開かれたときに国家情報院長だった林東源氏は「現代が大規模な対北朝鮮事業を独占するための代価として、5億ドルを支払ったという報告を受けた」という話で、現代が金剛山事業名目の9億4200万ドルのほかに、北に5億ドルをさらに多与えたことを認めたことがある。この5億ドルの送金に深く介入した北朝鮮の窓口が朝光貿易だ。

朝光貿易は北朝鮮労働党中央委員会「35号室」所属である。35号室と朝光貿易の関係について、韓国公安機関の一関係者はこのように説明した。

「35号室は対外情報調査部の別称です。北朝鮮は海外での対南工作を強化するため、1977年10月に労働党連絡部(対南間諜浸透部署)とは別に『調査部』を設立し、1983年の1月頃に調査部を再び『対外情報調査部』と『作戦部』に分離しました。対外情報調査部は海外での対南情報収集および要人暗殺・拉致・テロを専門担当する部署であり、作戦部は対外情報調査部所属の特殊工作員を目的地まで護送する任務を帯びています。

大韓航空858機を爆破した金賢姫が調査部所属工作員です。この対外情報調査部が1997年ごろ、35号室と改称されました。35号室は責任者である部長と5名の副部長で構成された組織です。初代責任者は旧ソ連大使を勤めた権煕京です。権煕京はソ連大使在職時の公金横領容疑で1997年12月に粛清され、その後は部長職は空席でした。この席を副部長のなかの一人である許ミョングクが2000年3月に受け継ぎ、現在35号室室長であります。

35号室は5名の副部長の下に海外担当部署、対南事業部署、支援部署などがあるのですが、東南アジア地域は35号室3課で担当します。朝光貿易は当初、35号室3課所属でした。そうするうち1992年から金正日の海外秘密資金の管理任務が追加され、金正日の海外秘密資金を管理する「39号室」が統制するなかで外貨稼ぎ事業も行っています。対南テロ工作、金正日の秘密資金の管理、外貨稼ぎが朝光貿易の主な任務です」

35号室室長、許ミョングクは1932年生まれで、咸鏡北道の出身だ。許ミョングクは金日成綜合大学在学中、留学生として選抜され中国北京の鉄道大学で3年間勉強して、帰国後は労働党社会文化部(韓国内間諜活動を担当する部署)に配置されて指導員、副課長、課長を経た。1978年に発生した映画俳優、崔銀姫氏の拉致事件と、1979年4月の高相文(当時首都女子高教師)拉北事件は、許ミョングクが社会文化部課長の時期に直接指揮した工作として知られている。

許ミョングクは1980年代末に35号室へ席を移し、1992年には中国上海駐在の35号室工作総責任者として2年間勤めて1995年に帰国し、副部長に任命された。金正日の信任が厚い対南工作専門家であり、労働党作戦部の呉克烈とは義理の兄弟(訳注:両者の夫人が実の姉妹)として知られている。

崔銀姫氏の拉致事件当時、許ミョングクの上司は社会文化部部長の李昌善だ。李昌善は1925年、全南順川の出身である。李昌善は20歳のときに金日成の護衛兵となり、51歳であった1976年に対南間諜事業の責任者となった。

李昌善は1997年に発生した李韓永暗殺事件で実務責任者として活動した。李昌善は、韓国に亡命した金正日の妻の甥である李韓永氏が金正日の内密な私生活を暴露できないようにしろ、との金正日の息子・金正男の指示によって、社会文化部所属特殊工作員チェ・スンホ組を南に派遣し、李韓永氏を殺害したのである。

大韓航空858機爆破犯・金賢姫の形跡はいまだにマカオに残っていた。爆破事件を起こす前、金賢姫が中国語に適応するため1986年8月から1987年1月まで滞在した明珠台アパート(1棟3階A号)は、朝光貿易から歩いて5分の場所にあった。マカオ到着後、金賢姫が一週間滞在したエストリアホテルは、朝光貿易と明珠台アパートの地点にあった。

金賢姫が滞在していたアパートは空いていた。25坪規模だがドアには鍵がかかっており、外から中を覗き見ることができないようベランダにカーテンが打ちつけられている。マカオは人口数に比べて高層アパートが多いために、家の価格が韓国より安く、空いているアパートが多いらしい。

マカオ警察の一関係者は「金賢姫はマカオ滞在中、公民証を所持しない容疑で警察の不審検問に逮捕されたことがあるのだが、北朝鮮人が金賢姫のものだといいながら日本の旅券を提示したので釈放された」と語った。この関係者は「マカオ人と比較して、金賢姫は非常に美貌だったので憶えている警察官がいる」と話した。

大韓航空858機爆破事件が発生した後、マカオ警察は閉められたドアを開けて中へ入り、金賢姫のアパートを捜索した。しかしきれいに整理してから出発したがゆえに、テロと関連した痕跡を見つけることはできなかった、と言う。

金賢姫の告白録「いま女として」を見ると、金賢姫は対外情報調査部2課所属だった。調査部所属の工作員たちに住居や生活便宜施設を提供して、現地で適応するよう助けるのは朝光貿易の任務のひとつである。朝光貿易はマカオを経由する北朝鮮工作員が必ず通り過ぎるところだ。

映画俳優・崔銀姫氏を拉致するため、崔氏を香港に誘い出した人物は李像姫(当時52歳)という女性だ。李像姫は東国大政治科出身で、故郷の忠南禮山から国会議員に出馬しようとしたが失敗すると、1963年に香港へ渡っていった。

事件発生後、崔銀姫氏の行方を探すために八方を飛びまわった申相玉氏は最近、記者に「李像姫本人からマカオの朝光貿易で仕事をしているという話を聞いた」としながら「崔銀姫拉致事件には、朝光貿易が関係している」と語った。

外交官旅券や官用旅券を所持

北朝鮮は6・25戦争終戦後の1953年から、マカオと友好的な関係を維持し、1957年に拉致およびテロ前哨基地として朝光貿易を設立した。その後、高麗貿易・キムガク貿易・チャンロク貿易・スウェル商社・龍興輸出入商社・萬徳輸出入商社・タエクシム商社・テボ商社・シンハム商社・朝鮮民芸連合商社・ミョンギ公司・高麗航空社など17の北朝鮮外貨稼ぎ企業がマカオに進出しているものと、マカオ警察は把握している。

これら会社の駐在員の身分でマカオに常駐する北朝鮮人は約80人だが、30人ほどが北朝鮮の外交官旅券や官用旅券の所持者だ、とマカオ警察関係者は語った。

この関係者によれば、ミョンギ公司およびタエクシム商社所属の駐在員、金スンボクと高麗貿易駐在員の金ヨンギルは外交官旅券所持者で、高麗航空社マカオ支社長の崔チャンド、龍興輸出入商社所属チョン・チョンドク、萬徳輸出入商社の金チャンシク、テボ商社の許ジェウォン、シンハム商社の金ソクチルは北朝鮮の官用旅券の所持者だ。

マカオ警察は外交官旅券や官用旅券を所持する北朝鮮人は工作員と推定しているが、外交官の身分であるがゆえに現行犯でない以上、制裁する手段がないらしい。

この関係者は朝光貿易に対し「マカオに進出している北朝鮮外貨稼ぎ企業等を調整して統制する指揮部だ」と語った。朝光貿易の実際の正体については「貿易会社として偽装した北朝鮮の東南アジアのテロ基地として、拉致およびテロを行うのみならず、北朝鮮産の偽造ドル貨幣の流通、ヒロポン販売などを通じて香港、マカオの経済はもちろん、全世界の経済秩序を撹乱させる国際犯罪集団」と断定した。

彼によれば、スウェル商社が中国と香港に開設した支店は工作員等の拠点であり、マカオ市内にある日本料理屋「ハッピーハウス」は、北朝鮮が情報収集のために運営する食堂であるとのことだ。

この頃、マカオ警察は朝光貿易と関連があると推定されるヒロポン問題で非常事態であったという。マカオでヒロポンが初めて発見されたのは1995年であり、その後は暴力組織を通じて急速に広がっているという。これを防ぐために空港と国境地域の税関には、マカオ特殊警察隊所属の麻薬犬が配置されている。

マカオ警察はヒロポン供給の責任者として朝光貿易を指定している。マカオに流通するヒロポンが粗悪な中国産とは異なり、高濃度の結晶体であるため北朝鮮産と推定されるためだ。

マカオ警察関係者の話である。

「ヒロポンは人間の精神状態を荒廃させてしまう深刻な犯罪であるがゆえに、マカオ特殊警察隊が捜査を担当している。密輸ルートを把握するためにヒロポン販売者に限っては厳しく尋問するのだが、あまりにも点組織の形態で成立している。高濃度のヒロポン製造技術を持っているのは韓国だけだ。われわれは北朝鮮が韓国人ヒロポン製造技術者2人を中国の北京に誘い出し、平壌行きの汽車に乗せて北へ引っ張っていったという情報を持っている」

マカオ当局が朝光貿易に対して動態把握を開始したのは1982年2月頃で、全斗煥・当時大統領暗殺未遂事件に朝光貿易が関連しているという情報を、カナダ警察から通報を受けながらのことだった。

未遂に終わったこの事件の主犯は、カナダに居住する崔泓煕(前マレーシア大使で一家が入北した)の息子、崔重華(当時30)であった。マカオ警察の調査の結果、崔重華はこの時期にマカオに現れて、暗殺に必要な工作金を長春高麗人参商社から受領した。長春高麗人参商社は朝光貿易の統制下にある会社だ。この事実を知ったマカオ政府は、長春高麗人参商社に対して追放令を下した。

その1年半後にアウンサンテロ事件が発生すると、ミャンマー政府はマカオの北朝鮮工作組織がテロと連携しているという情報をマカオ警察に提供し、捜査協調を依頼した。このころ、マカオ警察は朝光貿易の地下室で小さな爆発事故が発生したという申告を受ける。当時、朝光貿易の事務室は現在のアパートから100mほど離れた5階の建物にあった。

朝光貿易の地下室では、アウンサンテロの際に使われたものと同じ爆薬とバッテリーが発見された。マカオ警察は朝光貿易がアウンサンテロに関連したという心証を持っているという。

世界を驚かせた超精密な北朝鮮産偽造ドル

マカオ警察のものものしい監視を意識してかはわからないが、朝光貿易は1993年、5階建ての自社ビルを売り、外部の人間の出入りが難しい現在のアパートに事務室を移転した。北朝鮮ビザを発給した領事館業務も、香港に北朝鮮領事館が開設されたのを契機として中断した。香港駐在の北朝鮮領事館は、金正日の58回目の誕生日だった2000年2月16日に開設された。

事務室移転の1年後、朝光貿易がマカオデルタ銀行を通じて偽幣(偽装紙幣)25万ドルを両替しようとして摘発されるという事件が発生した。マカオ警察は1994年6月28日の夜、偽造米貨所持容疑でマカオ人2人と北朝鮮人16人を緊急逮捕し、朝光貿易をはじめとする北朝鮮貿易業者の事務室と宿舎12ヶ所を一斉捜索した。

この捜索で、相当量の100ドル偽幣が朝光貿易事務室から発見された。本物のドルとまったく同じ紙に、まったく同じインキと印刷技法で製造され、肉眼では識別が不可能であり、専門家や最新鑑別機でなければ識別できない超精密偽装紙幣であった。アメリカが財務省所属の偽幣専門捜査官をマカオに急派するなど、事件の波紋は大きかった。この事件は北朝鮮が100ドル偽装紙幣を専門的に製造しているという事実を、全世界に公開する契機となったのである。

1996年3月には、日本赤軍派の要員、田中義三が北朝鮮外交官・金イルスの旅券を所持しては、カンボジアやタイなどで偽装紙幣300万ドルを流通させた容疑で逮捕され、同年12月にはモンゴル駐在の北朝鮮大使館公館員2人が偽幣11万ドルを闇市で両替して摘発され追放となった。彼らが使用した偽装紙幣は朝光貿易で発見されたものと同じものだった。

マカオ警察は、偽装紙幣を流通させた容疑が確実な8人を起訴した。朝光貿易代表・朴紫炳もこの事件で起訴された。マカオ警察が押収した朴紫炳の公民証によれば、彼の身体的特徴は禿げ頭であった。マカオ警察は朴紫炳が容姿を偽装してマカオを脱出する場合に対応して、かつらをかぶせた写真も作成しておいた。

マカオ警察の資料によれば、朴紫炳は1934年生まれで、今年六十九である。彼は1976年8月、マカオに初めて入国した。その後、1985年までの約10年間、朝光貿易で勤めた後に席を移したのだが、1990年8月頃に再びマカオに現れ、現在まで留まっている。朴紫炳は1995年10月、朝光貿易の総マネジャーとして登録した。

朝光貿易総代表、ハン・ミョンチョルは39号室所属

マカオ警察関係者は、朴紫炳のマカオ脱出の可能性について以下のように語った。

「朴紫炳は北朝鮮外交官旅券と官用旅券の二つを所持しています。宿舎はアパートの18階にあり、妻と二人の息子がともに居住しています。家族とともに海外に送りだすほど、北朝鮮が信任する大物なのです。

朴紫炳は海外生活が長く、また年齢は若くありません。彼は北朝鮮の惨めな現実をよく知っているのです。家族とともにマカオに出てきているため、北へ帰る可能性は稀薄だと思われます。朴紫炳が中国国籍とポルトガル国籍を取得した点も、彼の去就と関連して見つめる必要があります。

朴紫炳は35号室所属の朝光貿易総マネジャーとなっていますが、本部の副部長らが随時マカオにやってきては現地で工作を指揮するため、権限はそれほど大きくはないものと推定しています」

マカオ警察が注目している人物は、朝光貿易の総代表として登録されているハン・ミョンチョルだ。ハン・ミョンチョルは1992年9月、マカオに初めて姿を現した。彼は外交官旅券を所持し、妻と息子(1男1女)を同伴した。妻と息子たちは官用旅券を所持している。マカオ到着後、ハン・ミョンチョルは朝光貿易の総代表として登録した。旅券によれば、ハン・ミョンチョルは1954年生まれで今年49歳だ。

マカオ警察によれば、ハン・ミョンチョルは金正日の秘密資金を管理する39号室の所属である。朝光貿易が最近はもっぱら金正日の秘密資金管理と外貨稼ぎに主力を注いでいるため、マカオ警察はハン・ミョンチョルの地位が、朴紫炳に比べて相対的に高いものと見ている。

韓国公安機関の一関係者は、ハン・ミョンチョルについてこのように語った。

「ハン・ミョンチョルは金正日の警護部隊である護衛総局の所属だったのですが、若く仕事の処理能力が優れていたため39号室に抜擢されました。ハン・ミョンチョルは39号室から朝光貿易に派遣された人物です。マカオを拠点とする、東南アジア一帯の金正日秘密資金の管理がハン・ミョンチョルの主な任務です。彼に比べて、朴紫炳は韓国の対北情報機関でかなり以前から注視してきた対南工作専門家です」

インターネット利用する北朝鮮の心理戦

朝光貿易が外貨稼ぎの次元で推進する事業のひとつが金の輸出だ。39号室傘下の17の金鉱で生産する延べ平均11tほどの金を金塊にして輸出する。この輸出は合法的な方法で行われているのだが、マカオ警察は韓国のS物産が朝光貿易を通じて北朝鮮産金塊を輸入したことがあると語った。

これに対してS物産のある関係者は「1993年と1994年頃、統一部の勧告によって、一度に300kgずつ総計2tの北朝鮮産の金を輸入したことがあるが、その後は取引を中断した」と語った。

外貨稼ぎを通じて造成された資金は、ほとんど大部分が39号室へ送金され、金正日の秘密資金として使われて、きわめて一部だけが朝光貿易で工作金として使用されるものとマカオ警察は把握している。

アメリカ情報機関の一関係者は「金正日の秘密資金は金正日本人とその家族の生活費、対南工作費、大量殺戮兵器の開発費などに使われている」としながら「韓国社会を混乱させるために使われる対南工作費が、大量殺戮兵器開発よりもさらに恐ろしい存在だ」と語った。

韓国公安機関関係者たちは「金正日の秘密資金が国内に流入しているかもしれないという兆しが、いたるところで発見されている」と語った。

合参(合同参謀本部)民事心理戦参謀部がさる2月26日に発表した「最近の対南心理戦の実態」報告書によれば、北朝鮮は韓国内部の安保意識を忘覚させるため、インターネットなど各種の心理戦媒体を動員し、北朝鮮に対する認識の混乱誘導、南北が同じ民族であるという意識の拡散、韓米協調の弱化に主力を注いでいるという。

これによれば、北朝鮮が集中攻略対象として定めているのは10代から20代のインターネット世代であるという。北朝鮮は彼らに「北朝鮮の核は7000万民族の自尊心」、「女子中学生死亡事故を追悼するキャンドル・デモは継続していかねばならない」、「イラク戦争反対」の雰囲気をそそのかしているということである。

金正日の秘密資金の使いどころと関連して注意深く見るのは、金正日の家族たちだ。外部に公開された金正日の公式の女性は3名である。金正日の最初の女性は映画俳優出身の成恵琳だ。成恵琳は慶尚南道昌寧の豪農の一族、成有慶の娘で6・25戦争以前に父母に従って越北、北朝鮮の有名映画俳優となった。金正日は1971年、成恵琳との間に長男、金正男を得た。成恵琳は昨年5月にモスクワで死亡した。

金正日の二人目の女性は金英淑だ。金英淑は咸鏡北道安全局で電話交換手として働く途中で労働党組織局に席を移し、そこで金正日に会ったのだ、と黄長・前北朝鮮労働党秘書は語った。金正日と金英淑の間には息子がおらず、雪松という娘が一人いる。金英淑は金正日と同じ家に暮らしており、金正日の本妻として知られている。

金正日の三人目の女性は日本の大阪出身の舞踊家、高英嬉だ。1953年生まれで今年で50歳である。高英嬉は在日同胞北送事業が始まった1960年代に、父母と一緒に北朝鮮へ渡り、万寿台芸術団で舞踊家として活躍した。金正日は高英嬉との間に金正哲という息子と、それより2歳年下の姓名未詳の息子を得た。高英嬉は金正日の本家から遠く離れたところに住んでいる。

金正日の子供は3男5女であると知られている。長男、金正男が32、次男の金正哲が22であり、金正哲の下に2歳年下の弟がいる。金正日の子供らはスイス、フランス、オーストリアなどで留学中なのだが、昨年9月に上の子である金正男の連絡を受けて、カザフスタン共和国に全員が集まったことがあるという。カザフスタンは北朝鮮の対中東武器輸出窓口であり、また北朝鮮にソ連製ミグ-29機を販売した国である。金正男は昨年11月、警護員4人を同伴してマカオに現れ、マカオ警察を緊張させた。

鄭イルソンのヴィラと警護員のヴィラ

金正日には愛妾が一人いる。鄭イルソンという女性で、現在マカオに居住中だ。鄭イルソンは1975年生まれで今年29歳だ。鄭イルソンの存在はアメリカ情報機関でも把握していた。

鄭イルソンは1999年1月初め、北朝鮮人3人とともに男の子の手を握り、マカオに入国した。男の子の名前は「ハンソル」なのだが、マカオ警察は金正日の子供と見ている。

一ヶ月後、マカオ警察特殊捜査隊は中国を経由しマカオへ入国した北朝鮮人2人を不審検問の過程で逮捕した。彼らは米貨100万ドルを所持していた。調査の結果、彼らが所持した米貨が本物であると判明するとマカオ警察は彼らを釈放しお金も戻したのだが、北朝鮮人が100万ドルという大金を所持していた事実に注目した。

それから少しして、マカオのコロワン島に位置する別荘地帯のヴィラ二棟を北朝鮮人が購入した。太平洋に面するこの別荘地帯は中国と香港、マカオの大金持ちが居住する高級休養地だ。ヴィラ1棟の価格は香港ドルで最低でも400万ドル(韓国のお金で6億ウォン)であった。

北朝鮮人が購入した二棟のヴィラのうち、一棟に住んでいる人物が金正日の愛妾、鄭イルソンで、その側のヴィラは警護員の宿舎である、とマカオ警察の関係者は語った。

鄭イルソンが暮らしているヴィラは、マカオ本土から乗用車で20分の道にあった。入口は山の頂上にあるのだが、警備歩哨所と車両遮断幕が設置されてあり、こん棒と銃(拳銃なのかガス銃なのかは不明)で冷たい警備員らが守っていた。入口をすぎて海辺へおりて行く下り坂の道をすすむと、数十棟のヴィラが集まった別荘が現れた。湿気が多く蒸し暑いマカオ市内と比較すると、空気から違った。済州島の観光地中門地域を連想させた。

鄭イルソンが住むヴィラは、1階は車庫で2階と3階が家庭用であった。規模は100坪ぐらいに見えた。訪問したのは日曜日(さる3月2日)の午後4時頃だったのだが、ひとりが車庫の門を開け放して掃除をしていた。

この一帯のヴィラらはそれぞれ独立された形態なのだが、鄭イルソンと警護員が居住するヴィラは写真のとおり2つのヴィラの間に通路を作って連結している。通路を作ったのは警護の一環である、とマカオ警察は推定した。

ヴィラに住んでいる人のように偽装して入っていった記者が、他人の目をはばかりながらカメラを取り出し、鄭イルソンが住むヴィラ側に向けて写真を撮ると、どこで監視していたのか、すぐに警備員が走ってきた。彼は記者に、写真撮影が禁止された場所だと警告した。一抹のいざこざが起きると、開いていた鄭イルソン居住ヴィラの車庫の門が閉められてしまった。外部の怪しい気配に敏感に対応するようであった。

鄭イルソンの警護責任者は金スンボクだ。金スンボクは北朝鮮外交官旅券を所持している。1946年生まれであり、朝光貿易・タエクシム商社・ミョンギ公司など3つの企業の駐在員の身分で、家族とともにマカオに出てきている。タエクシム商社は39号室直属の貿易会社である大成総局のマカオ支社だ。

マカオには金正日とその家族たちの生活必需品を購入する専門担当者も出てきているという。このように金正日本人とその家族たちの豪華な生活の維持費と、金正日の子女等の海外教育費、金正日の愛妾のための生活費などに金正日の秘密資金は使われている。

熊の足の裏の料理

金大中政権が鄭夢憲の現代と共謀して秘密資金を造成し、送金したお金がこのような豪華版生活に使われたと考えると胸が苦しくなった。金正日の派手で贅沢な生活は、彼の甥である李韓永氏の証言と、一昨年に列車を利用したモスクワ訪問時に全世界に公開されたことがある。

南北首脳会談の際、経済界の要人として北に行った全経聯前副会長・孫炳斗氏は、金正日主催の晩餐会場で衝撃を受けたという。彼の話だ。

「だいたい10種類の食べ物が出たのですが、そのうち2種類はわたしも初めて食べる料理でした。ひとつは熊の足の裏の料理です。熊の足の裏の骨と、骨の間にぎゅっと詰まった肉がついているので、牛の尻尾のコムタンスープと似たように作られた料理でしたよ。肉が口のなかでそっと溶け、滋味が詰まっていました。自分の側の席には平壌防御司令官(朴基瑞次師)が座りました。その人に「あなたも初めて食べる料理ではありませんか」と尋ねたら、自分は金正日主催の宴会で何度も食べたと言いながら、わたしにたくさん食べなさいと薦めましたよ。

2番目は、デザートに出た果物に驚きました。大きなメロンを半分に切って中の果実をくり抜きだし、そこにさまざまな果物を満たしてあるもので、一流ホテルでも見たことのないものでした。飢えに苦しむ北朝鮮住民たちを考えると喉がつまりました」

金正日が楽しんで食べる熊の足の裏料理は、マレーシアやインドネシアの密林で密猟した南方熊であると判明した。この地域での熊狩猟は違法だ。金大中前大統領も野党総裁の時期、ソウルの新羅ホテルに特別注文して熊の足の裏料理を試食したことが知られている。

カジノ皇帝、スタンレー・ホーは親北人士

金日成死亡以後、北朝鮮に餓死者が続出したとき、金正日は側近に「命をかけて共和国を支持する国民が300万人がいれば、わが共和国は健在であるはずだ」と語ったという。改革・開放を拒否し、北朝鮮住民300万名を事実上、食事も与えずに殺した金正日にとって、2200万の北朝鮮住民は眼中にもない存在だ。

43億ドルと推定される金正日の海外秘密資金は、イギリスのロンドン、オーストリアのウィーン、スイス、日本などで造成管理されているのだが、その一つの軸がマカオの朝光貿易だ。

朝光貿易はカジノ王国というマカオを脇に挟んでいるのが強みだ。賭博場での換銭(両替)は銀行より甘く簡単であるため、密輸代金や偽札の資金洗浄には最高だ。

マカオには総計11のカジノ場がある。これらカジノの所有主はマカオ内観光・娯楽企業グループの総師「スタンレー・ホー(Stanley Ho)」である。彼は1962年以後、マカオ全域のカジノ運営権を独占した。彼がカジノ収益に伴う税金としてマカオ政府に支払った金が、1996年基準で米貨6億4000万ドル(韓国のお金で5440億ウォン)であった。マカオ政府の収入の半分以上を占めた。

スタンレー・ホーは「ミスターマカオ」、あるいは「カジノ皇帝」と呼ばれる。彼は香港でも十指に入る大金持ちだ。今年で80歳であり、香港とマカオをかわるがわる居住している。

スタンレー・ホーは北朝鮮の立場を代弁する親北人士だ。記者がマカオに出張したさる3月2日、香港の英字新聞サウスチャイナ・モーニングポストにこのような記事が載った。

北朝鮮がサダム・フセイン、イラク大統領とその家族に、北朝鮮内の山岳地帯に亡命場所を提供するという提案を、マカオのカジノ財閥であるスタンレー・ホーを通じてイラクに伝達したという内容だ。

報道によれば、スタンレー・ホーは「北朝鮮官僚らが戦争を防止する機会は相変らず存在しており、サダム・フセインは米・英軍の空爆開始2日前に退陣し、民主選挙を要求することができる。民主選挙はアメリカから資金支援を受けない人物たちだけが現れて行う選挙であるべきで、万一アメリカの支援を受ける人物がいた場合、彼は狙撃されて死亡する」と語ったということである。

金正日の代理賭博

スタンレー・ホーは1999年、香港ドル2億3300万ドル(韓国のお金で370億ウォン)を投資し、平壌の羊角島ホテルにカジノ場を開場した。北朝鮮が一人の外国人にカジノ営業許可権を与えたということは、その人物に対する信頼が大変なものであるという反証だ。

金正日は賭博狂として知られている。10余年前、安企部は非常に珍しい会話を盗聴した。一関係者の証言である。

「一度は安企部が盗聴した金正日の国際電話の内容について報告を受けました。報告書で見たのは、平壌の金正日がマカオのカジノ場にいる部下に電話で指示する内容です。マカオの部下が賭博板の状況を電話で説明すると、金正日がこうしろ、ああしろと指示するのです。実質的には金正日本人が賭博をしているようなものですよ。賭博が非常に好きなので、電話を通じた代理満足しているのです」

1999年初め、スタンレー・ホーがカジノ契約をするために平壌へ向かったとき、朝光貿易総マネジャーの朴紫炳と朝光貿易総代表のハン・ミョンチョル、そして高麗航空社マカオ支社長の崔チャンドが同行した。彼らの平壌行きには、スタンレー・ホーの専用飛行機が利用された。

平壌カジノ場は1999年10月1日に開場した。開場式ではスタンレー・ホーとマカオに駐在する北朝鮮名誉領事の黄成華(マカオ人)がテープカッティングを行い、マカオ司法警察庁長など検・警幹部と有力者たちが参加した。高麗航空社マカオ支社では、顧客を誘致するため米貨5万ドル以上の所持者には無料航空券と宿泊を提供している。

マカオのカジノと北朝鮮のカジノは姉妹縁組している。マカオ人や香港、中国人は平壌でカジノをする場合、マカオのカジノが保証してくれるという契約によって、現金を持って行かなくても遊ぶことができる。平壌とマカオの間は、カジノを通じた資金洗浄や、資金を引き出して回しあうことがそれほど自由だ、という意味である。

北朝鮮が1997年、マカオ駐在北朝鮮名誉領事として委嘱した黄成華もやはりカジノ富豪だ。彼はマカオ内の一部カジノの運営権を持っている。朝光貿易が「不正な金」を洗浄したり平壌に運搬するとき、黄成華を利用することは、マカオでは公然の秘密であった。

現代商船は朝光貿易に最後の1億ドルを送金するとき、外換銀行を利用した。外換銀行香港支店はこの1億ドルの行方を把握できる位置にいる。送金が行われた2000年6月ごろ、香港支店に勤めた職員たちは捜査を意識してか、ほとんどが転出されて残っていなかった。

現代商船が、香港の中国銀行に開設された朴紫炳の関連口座に送金した1億ドルの処理について、マカオ警察関係者はこのように語った。

「1億ドルを現金で送れば体積は途方もないものです。北朝鮮はこの1億ドルを香港から小切手で送った次に、マカオに持って来て、マカオのカジノ場で現金化したのです。マカオにも中国銀行が出てきていますが、マカオで1億ドルの巨額を引き出す場合、警察が注視しているため、全世界の資金の約3分の1が集まっている国際金融中心地である香港を利用したのです。

マカオのカジノで動くお金は、アメリカのラスベガスに劣りません。非常に巨額なお金が動くために、1億ドルをマカオのカジノで現金化するには、余裕を以て見積もって一週間あれば不足はないでしょう。カジノ場に行けば現金と変わらないチップを売り買いする仲介人がたくさんいます。小切手でこのチップを購入した後、カジノ内の両替所で現金に変えれば資金追跡も難しいのです。このようにして現金化したドルは、マカオ国際空港に不定期に寄港する高麗民航を通じて、金正日の秘密資金管理部署である39号室に送ることがわかっています」

マカオのカジノ場に入る

さる3月2日(日曜日)夜10時ごろ、マカオで最も規模が大きいというリスボアホテルのカジノ場に行ってみた。地下1階から4階までカジノ場が設置されているのだが、人々がものすごく押されて歩いた。各階ごとに設置されたスロットマシンの前には空席がなかった。階ごとに数十の両替所が設置されており、クレジットカードでの貸出も行われていた。

バカラ、ブラックジャック、ルーレットは基本で、サイコロ3つを投げてその合計で大小を競う中国式ゲームもあった。マカオのカジノ場を初めて訪れた記者の眼には、客数の多さばかりが眼について、動くお金の金額は計ることができなかった。

基本ベッティングは7500万ウォン

廊下でタバコを吸おうとタバコを取り出すと、そばにいたジャンバー姿の男性が韓国語で「韓国からきたのか」と尋ねてきた。彼は記者が韓国産タバコを取り出したので、韓国人とわかったとのことだ。

彼は中国で事業している韓国の企業人であると自分を紹介して、ときどき頭を冷まそうとマカオのカジノ場を訪れると言った。ここで行き来する金額の規模はどれくらいになるのかと尋ねると、彼は記者に「ついてきなさい」と言った。

彼は2階にある、バカラゲームが行われている場所に記者を連れて行った。10人ほどがチップを積んでゲームをしていた。チップ一つの最小金額は、香港ドルで1万ドル(韓国のお金で157万ウォン)であった。6万ドルのチップもあった。バカラは簡単に言えば、もらったカードの合計が9に近い人が勝つゲームだ。

ネクタイも結ばず服装も質素な人々なのだが、1万ドルチップ50枚をベッティングするのは基本だった。韓国お金で7500万ウォンだ。ゲームを一度するのにかかる時間は5分に満たなかった。もし10人がゲームに臨むならば、5分ごとに7億5000万ウォンが動くわけだ。

ベッティング金額に記者が驚くと、彼は「ここでは1億ウォンはお金じゃない」と語った。彼の説明を聞いた後、もう一度カジノ場を見回したら、そんなボードが数十カ所もあった。これよりも大きな金額の賭博が行われる場所は、外でベルを鳴らしてはじめて入ることができる構造になっていた。のみならず、一般人は入ることのできない「VIPルーム」もあった。

記者はカジノの本場、アメリカのラスベガスには行ったことはなかったものの、ロサンジェルス近隣のインディアン居留区ペチャンガ地域に設置されたカジノ場には行ったことがあるのだが、バカラゲームでこのように大きな金額が動くのをみることはできなかった。1億ドルを痕跡なしに1週間のうちに洗浄できるというマカオ警察の話が実感に溢れた。

荷物検索しないマカオ空港

香港の西北側40マイル海上に位置する二つの島からなるマカオは、出入国が自由な国である。ポルトガル領であり1999年に中国へ返還されたが、中国の統治を受けず、ビザなしで入国が可能だ。マカオの大きさはソウル汝矣島の4倍半、済州島の10分の1だ。

香港とマカオの間には高速フェリーが24時間運航し、かかる時間は1時間ぐらいである。香港からマカオに行こうとするなら、香港の出国審査台を通過しなければならず、マカオに降りればマカオ入国審査台を通過しなければならないのだが、身体検査や荷物検査は一切なかった。X線透視機が設置されておらず、出入国申告書だけを作成すればよいのだ。数百万ドルを現金で持って行こうが、小切手で持って行こうがチェックするところがない。

マカオ空港は東南アジア地域の国際線が就航する国際空港だが、韓国の金海空港よりも狭かった。空港の建物は2階建てであり滑走路はひとつであった。庁舎2階には航空会社の事務室が位置しており、出国と入国の手続は1階で同時に行われた。出入国管理事務所はあるものの荷物を検査するX線透視機は見かけなかったし、空港職員たちは乗客の荷物を検査することもなかった。荷物のなかに何を入れても見つけられる心配がなかった。

北朝鮮の高麗民航は、1996年9月16日からマカオ就航をはじめた。高麗民航は平壌〜マカオ〜バンコクを運航する。高麗航空社の事務室は2階にあるが、記者が訪問した3月2日には事務室のドアが閉まっていた。高麗民航が非定期的に運航しているせいだった。

高麗航空社の職員は北朝鮮人3人とマカオ現地人1人の合計4名だ。支社長の崔チャンド(1952年生)、空港所長のシン・ヒョンテク(1950年生)、営業担当の金シムチョル(1961年生は)すべて北朝鮮官用旅券所持者だ。マカオ警察は彼らが人民武力部所属の軍人と言った。

北朝鮮同胞のために一銭でも使っていたなら……

現代商船のお金が渡っていったマカオに、現代グループの旗が翻っていた。現代建設が2年前の2001年3月、マカオに進出、火力発電所とマカオの名物マカオタワーを建てた。マカオタワーの工事は昨年12月に終わり、火力発電所は今年3月末に終わる。

マカオ現地で会った現代建設のある幹部は「火力発電所は9500万ドルで受注して、マカオタワーは中国と合資して建設したのに、1年予定の工事に2年かかったために損害をこうむっている」と言った。現代建設のマカオ進出と現代商船の朝光貿易送金は関係がないことがわかった。

月曜日の午前10時なのに勤める職員が一名もおらず、貿易業務と関連した備品が一つもなく、薄暗い対南テロ基地の前で恐怖を体験し、明け方0時に香港発ソウル行の飛行機に搭乗した記者は寝ることができなかった。記者は取材手帳にこのように書いた。

「金大中政府が直接でも、さもなければ現代を通じて間接的に渡したにせよ、北朝鮮に送ったドルが北朝鮮住民たちのためは一銭も使われていないことは、マカオ現地で確認した。金正日個人のポケットだけがいっそう膨らむようになり、対南工作事業費だけが加えられた格好になってしまった。金大中・前大統領の過去5年間の行為は民族反逆である。この民族反逆行為によって、金正日は韓半島に戦争の暗雲をたれ込めさせ、韓国に進出した外国投資者を動搖させて韓国経済に最悪の不況をもたらした。韓国経済を生かす道は国内外の投資者を安心させることであり、北朝鮮を無力化させるところで解決の糸口を見つけることができるのだ。

国際的な協調のもと、金正日の海外秘密資金を凍結して兵器、麻薬などの密貿易ルートを封鎖するとき、北朝鮮は崩れるはずだ、真っ先にすることは金正日の秘密資金の実体を明らかにすることだ。北朝鮮に与えた5億ドルの使いどころを明らかにせよ、との国民的要求はこのために説得力がある。豪華放蕩な金正日の実体が明るみになるとき、金正日が北朝鮮住民をはじめとする全世界の指弾を受けるとき、北朝鮮の未来が新しく開かれるはずだ。

Copyright(C)2002- 「日本専門」情報機関(日本の情報の収集と保存)