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日韓文化交流の舞台裏で起きた韓国名門大学助教授の強姦未遂

サンデー毎日(2003年10月15日号)

日本の大衆文化開放の流れを受け、日韓両国間の交流が盛んである。その牽引(けんいん)役として来日した韓国の大学助教授が、強姦未遂容疑で逮捕された。だが、事件はその後闇(やみ)に葬られようとしている。

「あの男は、女優に逃げ場のない劇場のミキサー室に案内させ、突然、ひょう変したんです。小柄な女優の服を引きは剥(は)がし、彼女が激しく抵抗すると、威圧しながら彼女の目の前で、口にできないような行為をしたのです」

あの男とは、演劇の分野では韓国で名門として知られる檀国(タングツク)大学演劇映画学科の李東逸(イ・ドンイル)助教授(40)。身長180センチを超える偉丈夫である。

「その日は、劇団の公演の打ち上げパーティーが、劇場に隣接する事務所で行われていました。李助教授は酒は飲めないのですが、女優らの労をねぎらうように、深夜まで熱心に懇談していました。そして、被害女性に『劇場施設を案内してほしい』と声をかけ、自分から進んで劇場へと行ってしまったのです」

複数の関係者の話を総合すると、助教授は酒宴の続く事務所に1人で戻ったのは20分ほどたってからだった。

「疲れた」と告げて、劇団関係者と握手してホテルへと戻った。

事務所の前で、泣いている女優の姿を劇団員が見つけたのはしばらくたってからのことだ。劇団員が尋ねると、

「私は韓国には行きません」

とだけ告げ号泣した。劇団員が問いつめると、女優は助教授から受けた屈辱的な行為を劇団員らに語り始め、酒宴の場は、一瞬にして重苦しい雰囲気につつまれた。

劇場からの通報を受けた所轄署が間もなく到着する。捜査員が女優から事情を聴き、ミキサー室のカーペットに付着した体液などの物証を押収。宿泊先のホテルで李助教授を逮捕したのは翌早朝だった。

▽レイプは「ちっちゃな問題」か

被害女性側の弁護士は、事件直後、関係者にこう語っている。「彼女が告訴を取り下げない以上、『犯人』は間違いなく起訴され、刑の確定は免れない」

ところが、自信を持って被害者と接触していたはずのその弁護士が一転、「加害者側弁護士に、やりにくい相手が出て来た」と語ったというのだ。

その相手とは、在日韓国人の間で英雄的存在の人権派弁護士、金敬得(キム・ギヨンドク)氏である。 在日外国人として史上初めて司法試験に合格し、指紋押捺拒否運動、従軍慰安婦問題、参政権運動を次々と手がけ、在日韓国・朝鮮人の権益擁護で主導的な役割を果たしてきた中心的人物である。在日大韓民国民団が主宰する委員会の代表なども兼務する。

こんな経歴の持ち主が強姦未遂の弁護を買って出たのだから、関係者は耳を疑った。レイプを経験した女性はほとんど例外なく「レイプ・トラウマ」に襲われ、精神的に不安定になる。裁判ともなれば、二度と思い出したくない場面を、法廷で繰り返し争わなければならない。被害者が二重に追いこまれるケースが多いのも事実だ。

結局、被害女性は、李助教授が強姦未遂を犯したという事実を認めることを条件に示談に応じ、本人も劇団関係者も沈黙することになった。そして、彼女は、女優の道を断念し、劇団を去っていった。

「彼女は逆に、裁判を続けられなくてゴメンネと言ってくれました」前出の柳氏は、そう語ると自分の無力さを悔い、目には涙を浮かべていた。

李助教授側の言い分も聞こう−−。

金弁護士は電話で取材を申し込むと、取り付く島もなく怒鳴りだし、一方的に電話を切られた。

更に驚くべき対応をしたのは父親の李泰柱氏である。

「これは当事者がなに一つ言わない、終わった事件です。李助教授に法的責任はない」

と流ちょうな日本語で言い切ったのである。被害女性に対し謝罪の気持ちはないのかとただすと、 「むしろ僕は、この問題をもっと大きな視点でとらえたいと思いますね。今は、日本と韓国が活発に文化交流をしようとする時期です。そもそも彼の訪日は日韓の文化交流のために始まったのですよ。それがちょっとした事故になった。こんな個人的なちっちゃな問題で、文化交流が被害を受けてはならない」ここまで言うのだ。

加害者の李助教授とは大学辞職後に一度だけ、携帯電話がつながった。図太い声で、「取材ですか」と聞き直し、「今、会議中だから、後で掛け直します」という言葉を最後に、二度と連絡がとれなくなった。

金大中政権発足以来、活発化する日韓の文化交流は歓迎されることだ。だが、それを踏みにじる行為を行った李助教授と、強姦未遂を「ちっちゃな問題」と片付ける父親が日韓の橋渡し役として失格であることは間違いない。

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