Make your own free website on Tripod.com

「金正日党書記の平壌-スイス通話内容を探り出した」 西側情報機関の最高責任者が、昨年12月中旬に明らかにした盗聴?

(オーマイニュース単独報道 2000/02/22)

オ・ヨンホ記者

oyh@ohmynews.com

なぜいま、金大統領執務室に対する盗聴の可否を論ずるのか。

あなたの茶の間が誰かに盗聴されているならば、あなたは神経を尖らせざるをえないだろう。韓国の茶の間は大統領府だ。金大中大統領の執務室は果して盗聴から安全だろうか。

「ニューヨーク・タイムズ」はさる1977年に、アメリカによる大統領府の盗聴を報道しながら、盗聴の重要な理由を「南北韓間に何らかの秘密の駆け引きをする可能性があったため」だと明らかにした。駐韓米軍情報に明るい、ある予備役隊長は「第6共和国当時、盧泰愚-金日成主席首脳会談を成功させようという隠密作業が米軍諜報部隊により”摘発”され、米国の強力な圧力を受けて霧散した」と語ったことがある。

アメリカは第二時大戦時から重要な通信を盗聴するのに卓越していた。1993年8月15日、秘密扱いが解除されたアメリカ政府の文書はそれをよく見せている。「魔法の傍受」(Magic Intercept)と呼ばれる800枚のこの文書は、当時のアメリカのスパイが、敵国と友邦国を区別せず、重要な電信を横取りすることを見せている。この文書には、日本の軍部が広島への原爆投下の前から降伏を考慮しており、アメリカもこれを知っていながら投下したという、衝撃的な事実まで含まれている。

駐韓アメリカ情報機関のなかで、韓半島電子盗聴の中枢的役割をはたしている駐韓米軍501-MI旅団の正体を明らかにしてみよう。

1951年から活躍、一時は1,600名以上

駐韓米軍501旅団の正式名称は501st Military Inteligence Group(501軍事情報団)だ。通称MIとも呼ばれる。

501は朝鮮戦争が勃発してわずか100日めの、1950年10月13日、本部と本部中隊として構成されつつ誕生した。この時の正式名称は501通信偵察団(501st Communication Reconnaissance Group)。一週間後の50年10月20日、アメリカのバージニア州キャンプピケットで初めて稼働した際、501はASAに配属された。軍事安全保障局ASA(Army Security Agency)は、国家安全保障局NSA(National Security Agency)に属し、NSAの領域内で、軍関連の情報を担当してきた。

韓国へ派遣されるために、キャンプピケットで7ケ月間訓練した501は、1951年5月29日、カリフォルニアのキャンプストーンマンへ移動して、朝鮮戦争勃発1周年の1951年6月25日、いよいよ釜山港に到着した。

501がソウルのカヘ(嘉會)洞にある臨時本部に到着したのは、1951年7月13日だった。臨時本部はレンガで作られた2階建ての民家を使用していたが、まもなく現在のチョドク図書館、インファ洞のキョンギ中学校の建物へ移った。

戦争が終わると、501は韓国にまず出ていたあらゆるASA部隊を統制しながら、名実ともに駐韓米軍情報機関の代表となった。501は朝鮮戦争中、駐韓米軍の各戦術部隊へ効果的な情報を提供しながら、その組織基盤を用意した。

以後501は幾多の変遷をたどり、今日のMIとなる。1956年には501st ASA Groupとなったが、1978年1月1日を期し、501st MI Groupになったのである. 501-MIの主力はキャンプ・コインナー(Camp Coiner)にある。本部は80年代末まで南營洞龍山高等学校のそばにあったが、現在は龍山米軍基地のすぐ側の普光洞にある。

501の規模が現在どの程度なのかは知られていない。四個大隊という報道もあるが、確認することはできない。駐韓米軍関連資料によれば、1953年の戦争直後、501は3個の大隊と5中隊で構成されており、将校と士兵を合わせ1,600余名を越えたという。現在でも、その規模については戦争直後と大きくは違わないだろう。501旅団の主力大隊のひとつの751大隊はピョンテクにある。この大隊は初代司令官の名前にちなんでジュクロ大隊と呼ばれる。

501が駐韓アメリカ情報機関で占める位置を理解しようとするなら、米情報機関の構造について把握しておかなければならない。アメリカ情報機関の二本の軸はCIAとNSAだ。CIAはアメリカのさまざまな情報機関を統合・調整する反面、NSAは特殊な領域における暗号、通信、電子情報の収集および解読を主任務とする。両機関はお互いに密接に関連している。

501は戦術情報のみならず、戦略情報まで扱うという面を見るとき、その出発がNSAの下部機関であり、それを重要業務としてCIAの領域まで包括していると見ることができる。南北が軍事的に対立しており、韓国現代史において軍がずっと第一の権力集団であったという韓半島の現実が、501の領域を自然に拡張させたのである。

501の部署構成はNSAの構成を通じて推測することができる。NSAは10の重要部署で構成されている。NSA序列1位で最大の単一部署である暗号諜報作戦部は、盗聴と暗号解読を専門に担当する。これ以外に電信コンピューター部、通信保安部、研究技術部、施設兵站部、計画政策部、計画財政部、総合顧問部、暗号学校などがある。

NSAを総体的に紹介した最初の労作はジェームズ・バンフォードが著した「謎の宮殿」(1993)だ。バンフォードが「資本主義世界で最初の単一スパイ盗聴機関」と表現したNSAは、1952年11月4日に正式に誕生した。1959年に作られたNSA法は「NSAの機能、活動、人員、職員の氏名、肩書などは明らかにする必要がない」とされている。

NSAは世界の至るところ、4,120ヵ所に24時間体制の電波傍受基地を設置した。マイクロ波と衛星という二つの革命がNSAの能力を極大化させた。5万名以上と推定される職員のなかには、世界50余ヶ国の外国語を聴取、翻訳するための、アメリカ最高の外国語専門家集団も含まれている。

通信情報把握(盗聴)が主任務の「駐韓米軍CIA」

韓国の中のNSAというべき501が、具体的にどんな活動をしているかに対する、これまでの報道はこの程度がすべてである。

(駐韓米軍の情報機関のなかで、501はおもに対北朝鮮関係の戦闘・戦略情報の収集に従事している。韓国で活動した歴史が最も長く、一時は韓国軍部と政治に関連した活動も行なってきた。(「月刊朝鮮」1988.8)

韓国軍部と政治に関連した活動は、果して「一時」的だったのか?

501は通信情報の把握だけを行なうのではない。国内外で発行される韓半島関連の日刊紙、雑誌、書籍を分析する日課「赤色分子」、亡命者に対する尋問など「情報」のあらゆる領域を担当する。

それゆえ501を駐韓米軍CIAであると理解しても良いだろう。CIA要員が外国で活動する際、米軍や米大使館、米商工会議所の職員などに偽装するということは、すでによく知られたことである。501は駐韓CIAの安全な活動空間として利用されるので、彼らにとって大変都合のいい場所であろう。ある駐韓米軍の情報関係者は、501がCIAの統制を受け、定期的にCIAに資料を渡していると語る。

501要員の中には、一定期間の勤務ののち、駐韓米大使館の情報官として移籍するものもいる。水鬼神という仇名を持つ、ある米軍下士官もそのような経路を経た。

501が現存する駐韓米軍の情報機関の代表格という時、彼の活躍像を推察させる前例を、米軍政時の駐韓米軍情報機関だったG-2からさがすことができる。パク・ソンジュ教授(翰林大アジア文化研究所)は、G-2が情報源と接触して情報を生産する方法を五つに分類した。暗号解読と通信検閲、各種刊行物の入手と分析、親米人との接触、捕虜・避難民への尋問、現地調査および世論調査である。

パク教授は特にG-2の通信検閲部隊に注目し、米軍15人未満、韓国人200名未満で構成された検閲部隊は、この頃から電話盗聴を行なっていたという。当時、米国のある韓国経済担当官は「われわれは韓国経済の骨格を知っていたが、この部隊はそこに血と肉を提供した」とこの検閲部隊の功績を評した.(『韓国現代史と米軍政』,翰林大,11ページ)

501要員たちは通信情報の把握を主要任務とするために、韓国にくる前にほどんど全員が、アメリカの特殊言語学校で1年間、韓国語教育を受ける。韓国にきても「特別な人々」は韓国女性と結婚し、言語を習得して、大学に付設された韓国語学堂に通うため、韓国語を流暢に話し、理解する。延世大・韓国語学堂は501要員たちがもっとも多く利用するところである。延世大が発行した『延世要覧』(1988,562ページ)によれば、延世語学堂は駐韓米大使館との契約により、1959年から1987年まで566名の米大使館職員を教育してきた,とされている。彼ら職員の中に501要員たちが含まれていた可能性は少なくない。

しかし、彼らがどんなに韓国語を熱心に学んだとしても、間諜と盗聴がカバーする言語の範囲は教科書言語ではないため、彼らだけで501を運用するには限界が生じる。それで韓国人の501要員は6・25戦争の時から一緒だった。当時、彼らは1ヶ月の月給でコメを40釜ぶん買えたというので、最近の相場に換算すれば520万ウォンという高額をもらっていたわけである。

ソン・ウォンイル〜レムニザーの1956年の極秘協約で、韓国軍は活用が可能

CIAと安全企画部が1962年に情報交換協定を結んだように、501も彼らの円滑な情報活動のため、韓国軍のパートナーを必要とした。その必要を構造的に解決してくれたのが1956年1月10日、韓米両国間に締結された協定だ。この協定により、国防部直轄部隊の7235部隊が創設・維持されてきた。しかしこの協定は、まだその名前さえ知られていない。協定の内容と名前は軍事一級秘密として分類されており、それを見ることができる韓国人は国防長官と7235部隊長に限定される。

名前の知られていない、この協定を締結したのはアメリカ極東軍司令官レムニザー(Lemnizer)と、韓国の国防長官ソン・ウォンイルだった。当事者がソン・ウォンイル長官であったのは偶然だったのか、アメリカの選択であったのかは確実には言えないものの、アメリカが孫長官を非常に親米的な要人として評価しつつ、鋭意注視してきたことだけは事実だ。

米国務省の定期秘密情報報告書「Intelligence Report」1960年7月14日付は、「李承晩以後の韓国の新しい指導者たち」という題名だ。ここにはホ・ジョン、チョン・イルクォン、イ・ジョンチンなど政界と軍部の実力者47人に対する評が掲載されているが、ソン・ウォンイルに対してはこのように書かれている。

「海軍中将のソン・ウォンイルは海軍総長(1948〜53)と国防長官(1953〜56)の職を卓越して遂行した。彼はイ・ギボンと親しく李承晩支持者だったが、彼らに無条件服従することはなかった。彼は李承晩政権が穏健な政策を選ぶよう影響力を発揮し、52年の政治波紋時では武力鎮圧に反対した。国防長官から退いたのは、彼が金融不正にかかわったという確認されない主張が出てきたあとのことであった。彼は理性的で知的で分別のある人と呼ばれる。健康状態の不安定(腎臓炎?)さえなければ、彼は今後の駐米韓国大使に適任である。彼はアメリカに非常に友好的で(very friendly to US)、強烈な反共主義者だ」。

ともかく、この歴史的で、しかも知らされてもいないし今後も当分知らされそうにない協定を母体として、501は韓国軍を501要員として利用することができるようになった。それがまさにアメリカNSA局長と国防部7235部隊長とに締結された「韓米特殊翻訳および戦時支援協定」だ。1975年に制定され、85年に改正されたこの協定は、軍事二級秘密として管理されており、501に支援される韓国軍要員の身分管理、責任限界などに関する内容を含んでいる。

501は1975年、この協定が結ばれる前までは、自ら韓国人要員を採用した。彼らの中にはいまだに現職に残っている者が多く、CMSと呼ばれる。501がこの土地に初めて入ったときから抜擢された彼らCMSたちが、どのような手順と審査を経て501人事課により採用されたのかは、知らされないままである。

1975年の協定以後、501は必要とする韓国人要員を国防部7235部隊を通じて選ぶ。彼ら要員はMNDと呼ばれる。501がMNDを選抜しながら、7235とどんな密約協定を交わしたのかについては、最近進行中の二つの裁判を通じて、その一角が明らかになっている。MND要員だったが「解雇」されたチョン・ジェミョン氏とイ・サンギ氏が「われわれはだまされている」としながら、国防部に訴訟を提起、密約の皮を一枚二枚とはがしつつある。

米軍501要員の権威と「雇用」された韓国人の身分

彼らが確認したところによれば、協定の内容のなかには△韓国国防長官の承認のもとに、軍務院人事法によって選ぶものの△韓国軍部隊軍務院の定員に属さない場合△アメリカ側の要求により、適格者を採用し△保守はアメリカ側で負担し△アメリカ側が勤務解除与件の発生で減員を要求すれば、国防部は軍務院人事法令によって職権免職する、となっているという。

そのため、国防長官名義での公採試験(日刊紙正式公告)に受験したMNDたちは後日、自分たちは韓国軍の軍務員でもなく米軍の軍務員でもなく、公務員法と勤労基準法の保護も受けることができず、結局年金も受給されず、ただ501のMND要員という身分のみであることを確認するということである。しかし彼らは「任用に関するあらゆるものは軍事機密」、「君たちは非露出身分だ」という上官等の言葉に、これまで自分を殺してきたというのが、ふたりの主張だ。

MNDの給与はアメリカNSAから支払われる。501のために仕事をする彼らが、NSAと7235の密約により誕生し、彼らの月給がNSAから支払われているという事実は「韓国の中のNSA」と、501旅団の任務と組織とがかなり重なっていることを判明させる。

反面、CMSは501旅団から直接給与を受け、その金額はMNDの倍に近い。韓米行政協定17条で、米軍が韓国で韓国労動法に従うように規定しているため「韓国の米軍務員」のCMSたちは、MNDが受けることのできない労動法の保護も受けている。

果してそれが一般的雰囲気かは確認する術はないものの、ある前職MNDは501の中に、米軍-CMS-MND間の「階段式の追従」が固まっているという。"MND"たちは彼らの上司の役割であるCMSたちの印象を気にする。またCMSは米軍士兵や将校によく見られようと努める。国防部により正式に3,4,5級軍務員として採用されたMNDたちは、米軍にてんてこ舞いしている。例えば会食をする時も、MNDとCMSは会費を支払うものの、米軍は士兵さえ常に無料であった。米軍たちも2,3次まで当然、無料で食べることが身についている。

「1985年12月、4級軍務員の身分の私は、ある米軍下士官に懲戒を受けた。懲戒審査の主審は米軍下士官であり、彼の傍らには2名のCMSが座って、私を審査した。私はその時、相当の侮辱を感じた。数年後、その米軍は離任する際、私に”あの時は申し訳なかった”としながら”いままでCMSたちは私にたいへん追従的だった”と語った。」

501の韓国人活用方法は、MNDやCMSとして要員化することだけではない。より組織的かつ容易な方法は、501のの韓国軍パートナーである国防部7235部隊それ自体を活用することだ。7235部隊の一部の部隊員たちは現在、俸給受領時、「情報費」の名目である「乙種手当」を米軍側から受けようとする。それがどんな名目であろうと、国防部の直轄部隊が米軍側から手当てを受けるということは「特異なこと」であるに違いない。ところが7235部隊は、70年代中盤までさかのぼっても、いっそのこと部隊自体が米軍下に配属されたかのように、士兵の月給までも米軍側が負担した。

7235はイ・ヨンジュ部隊とも呼ばれた。国防警備隊3期のイ・ヨンジュ将軍が朴正煕時代、終始19年間のあいだ7235部隊責任者であったがゆえに付けられた名前だった。その後のキム・ヨングム、オ・ジャボク、キム・シンベ、イ・サンス、ユン・ハクリョル、チェ・ジョンシク、将軍などがこの部隊を預かる。501要員でパイプラインの太い米軍高位層の中には、7235部隊の「顧問」として雇用」されるものもいる。

501の盗聴の手並みと大統領府を貫く電波

朴正煕時代に大統領府を盗聴したのはNSAかCIAか、ということに対して一時、韓国のメディアが関心を持ったことがある。しかし、駐韓米国情報機関は有機的に関連しているために、それは愚問でしかない。同様に、501の盗聴技術がどの程度かということも、CIAの盗聴能力を取り扱った既存の文書と特別に違うものではない。

501取材で再確認したことは、韓半島から出てくる、あらゆる会話は盗聴できるという事実だ。1993年10月、国政監査でイ・ユンソ議員は、安全企画部が韓国通信の電話故障実験回線を転用し、南山の安全企画部の部屋で、全国のあらゆる電話を盗み聞きすることができて、実際に加入者の通話内容を盗み聞きしている、と暴露した。

しかしこのような方式は、501の盗聴の世界から見れば極めて手工業的なことだ。501は陸(アンテナ群)、海(艦隊)、空(衛星と偵察機)から立体的に照準し、マイクロ波で韓半島内の無線はもちろん、有線通話の内容まで盗聴できるという。501要員の中には、一日中盗聴された情報を整理、分析する業務だけを行なうものもいる。彼らの一日の報告書は五部作成されて、駐韓米軍の高位層に伝達される。

501かCIAか安全企画部(現国家情報院)か。盗聴能力を論ずる際に最も気になることは、有線も無線でもないそのまま声の対話を、いかなる内部装置もなく、電波を発射することだけで盗聴することができるのか、である。ところが501はそのような能力を持っている。

「ニューヨークタイムズ」(1977.6.20)は、駐韓米国情報機関がすでにそのような方法で、75年に大統領府を盗聴した、と報道したことがある。「電子盗聴技術がどんなものであったのか、正確な内容は明るみにならなかったものの、消息筋は、電子盗聴工作は外交的冒険であるため、きわめて用心深く遂行されたと語った。電子装置技術者によれば、この盗聴方法は大統領府を保護している保安網に進入するという難しい問題を克服し、また韓国人を雇用し、大統領執務室に進入する危険と必要のない方法による、指向性電波探知方式だったようだ。

ある専門家によれば、この方法は盗聴対象の事務室の中にいかなる装置をもちこむ必要もなく、電波が盗聴対象の事務室の方向へ発射されれば、この電波は目標対象を探して移動するらしい。電波は目標と衝突し、この振動で返送波が発射され、事務室の騷音とともに目標対象の肉声を伝達する。この方法は電波が壁とガラスを通過するため、送信機と目標対象物がおたがい識別されようが、識別されなかろうが関係なく利用できる」。

現在、501はこのような指向性電波探知方法で、韓半島全域に対する盗聴を行なっている。そのために、これに対抗する盗聴防止装置を揃えないかぎり、大統領府はいまだに駐韓米国情報機関の盗聴から安全ではあり得ないであろう。

501盗聴要員の告白「韓国師団長の通話も盗聴」

501で直接、盗聴業務を担当した経験があるK某氏に会ってみた。「501は大統領府を盗聴しているのか」という問いに、彼は「その気になれば、いつでも可能だ」と区切って話した。彼が話す盗聴方法はこういうものだ。

「501の盗聴要員は、ヘッドホンをかぶってモニターの前に座りながら任務を始める。有線か無線か、電話通話を盗聴するとしよう。彼はモニターと連結したチャンネルをまわしながら、彼が盗聴する必要のある特定の通話があるのかを、ヘッドホンを通じてスクリーンする。かりにその特定通話を捕捉した場合、その通話が進行中である電波(有線の場合にもラインに電波が発生する)の周波数を自動的に探り出す。

モニターには、通話地域とその地点の座標が表示される。すなわちどことどこで、どの周波数で通話が進行中であるかを、その便利な装備は報せてくれるのだ。受信要員は自分の受信機のチャンネルを、通話が進行中の周波数と全く同じ周波数にあわせる。通話内容は自動的に録音される」。最近、市販されている電話機の中には三者通話が可能な電話機もある。501の盗聴機器は、そのような機能を無限に拡張したものと理解すればよい。この機器の名前はアルファベットでPから始まる。

有線、無線通話の盗聴時、501盗聴要員は二通話者間に加わってこれを聞き、三者通話も可能であり、二通話者の通話を妨害することもできる。K氏はひま潰しに電波妨害のいたずらをしてみたことがある。チームスピリット訓練時、ヨンジュ付近で現場作戦を指揮する韓国軍の師団長どうしが通話していた。「私は○○○であるが、われわれは西方を奇襲するから、貴方は東方を攻撃せよ」。

K氏は電波妨害キーを押した。501が発射した電波が二人の師団長が通話している電波を途切れがちにした。「また感度が悪くなった」ずっと電波を妨害したので、その師団長が感づいたのか、このように神経質的に叫んだという。「おいガキ、私が誰なのか知ってて妨害しているのか!とっととやめろ!」

K氏はこの例を上げながら、韓国軍のあらゆる部隊移動は501により毎々にチェックされているという。これを念頭に置く時、12・12と5・17時、韓国軍の移動状況をあらかじめ知らなかったと主張するアメリカ高官の話は、真実とは程遠いといわざるを得ない。

501の盗聴機器Pは、電話盗聴のみならず対話盗聴も可能だ。ただこの時対話する部屋かその周辺に発信機を設置しなければならない。しかしK氏は「発信機がなくても対話を盗聴できる機能は、私が接していたPにはなかったが、それが可能なもう一つの機器も結局はあるのだが、その存在の有無も極秘事項」だと語った。

ともかくこれほどであるなら501が「その気になれば」大統領府のあらゆる有線、無線電話は盗聴可能だという話となる。501要員たちには、特級秘密を扱うことができる「証」が発行される。しかし彼らでも許可なく立ち入ることのできない、超特級の秘密区域が、部隊内に別に存在する。8時間3交代で24時間勤めるその場所には、韓国人はただのひとりもいない。しかしここに勤めるアメリカ人たちが、韓国語会話の盗聴を行なうのに困難は感じない。彼らのみならず、あらゆる501要員の70〜80%は韓国人と同じぐらい韓国語に流暢である。韓国語が流暢であるかどうかが人事考課に反映されるため、階級が高いほどより韓国語が上手である。

この秘密区域に入ったことのない人のうち、そこでなにがなされていているかを知る人は誰もいない。この場所こそ、韓国の国内政治と関連した盗聴が行なわれているところでないかという推測も生じる。ここに501要員という身分の駐韓CIA要員たちが入っているという推測も可能だ。非露出を原則とする駐韓CIA要員たちに、501と同じ米軍基地は真に良い活動空間であろう。501要員たちは、他の駐韓米軍らが1〜3年ぶりに韓国を離れるのに比べ、10年以上勤務する者が多い。

龍山の米軍8軍基地のそばにある、普光洞501本部は私服を着たアメリカ人たちの出入りが頻繁な場所だ。彼らの中には駐韓米国高位官吏なども含まれる。この場所では駐韓米大使、米8軍司令官、501旅団長、CIA支部長4人が毎月一度私服で集まり、501要員が収集・分析した高級情報を論ずる。駐韓米国の高位官吏たちは、歴代の独裁政権に対する彼らの支援を韓国民が問題にするその都度「われわれはそのような事態の進展を知らなかった」と反復してきた。

しかし501の足跡をたどりながら慄然と浮上したのは、朴正煕大統領が1976年、パク・ジュンキュ、当時の共和党政策委議長にしたという、こういう話だ。「アメリカ人たちが盗聴しようとするなら、どんな方法でも阻止できないのだろうか」。

Copyright(C)2002- 「日本専門」情報機関(日本の情報の収集と保存)